宝石の国短編集
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今日は私たちの上には雲ひとつない青空が広がっている。草の上には、ポカポカとした柔らかな日差しが射し込んでいる。海の向こうから吹き込んでくるそよ風を受けて、小さな蝶々が手のひらから1匹飛び立った。
「…」
ぼんやりとその様子を眺めていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。思いがけない衝撃に私が思わずビクリと身体を浮かせ、すぐさま振り返ると、その犯人は楽しそうに声を震わせて微笑んでいる。
「…あら、そんなにびっくりした? なまえ。今日は良い天気ね。光も上質だわ。」
「アレキ!…もう、やめてったら…。」
私の抗議をよそに、暖かな陽の光を受けたアレキサンドライトの髪は幻想的に薄く輝いた。
自分の身体には無い、知的な光を放っている。
「こんなに天気が良いと、月人が来ちゃうかもよ?大丈夫なの、外に出て。」
「別に、ただの散歩よ。…でも、もしも月人が出たら、その時はあなたが守ってちょうだいね?」
「あはは、がんばりまーす…」
2人で、そんな他愛の無い会話をする。
楽しそうに草原を見渡す彼を横目に、私は腰に吊るした剣を指先でなぞる。首を動かして空を睨みつけて
みても、そこからはただ優しい光と風が届いてくるだけだ。
本当に本当に月人が出現したら、私はアレキサンドライトを守ることが出来るのだろうか。
晴れの日に、3日に1度。 本当に?
かつての彼のパートナーであるクリソベリルを連れ去ったのは、紛れもなく、月人なのだ。それが憎くても思うように戦うことのできない彼は、いったいどんな気持ちで空を見上げるのだろう。
「どうしたの。難しい顔しちゃって…あなたらしくないわね。」
そのまま空を見上げ続けていると、いつのまにか、手にたくさんの植物を抱えていたアレキサンドライトが、私の顔を覗き込んでそう呟く。
「…うん。ちょっと考え事してた。…あ、それ何の花?」
彼の腕の中にある一輪の黄色い花に目が留まり、蝶の薄い翅の様なそれを、指で示して私は彼に訊ねた。
「ん、これ?えーっと…採ってくるようダイヤに頼まれてるの。名前は…チョウユリよ。」
「へえ、ホントに蝶みたいだ。これをダイヤが?」
確かに彼は、花やアクセサリーといった可愛らしいものに目が無いようだ。しかし、名指しで持って来させるなんて珍しい。なにかこだわりがあるのだろうか。
「そうね、この花が良いって言っていたけど…あたしも詳しいことはよく分かんないわ。」
「ふーん…じゃあ、他のは?」
「あら、勉強熱心!今日は雪でも降るのかしら。」
なんだか興味をそそられたので、その他の植物について訊こうとすると、私の一言に、アレキサンドライトは驚いた顔で声を上げた。
「し、失礼な!私にだって勉強意欲はあるんだからね!」
「はいはい、べつに分かってるわよ。じゃあ、お望み通り、片っ端から教えてあげる。」
ニヤリと笑いそう迫ってくる彼に、私がお手柔らかに、と返そうとした瞬間。
不自然に強風が吹く。アレキサンドライトの抱えた花たちは、それに攫われる。そして、遥か遠く、私たちの頭上へ飛ばされてしまった。
それらを目で追いかけていると、澄んだ青空が、僅かに切り開かれる。
禍々しい漆黒の模様が現れる。 忌々しい、花の散る香りがする。
「アレキ!東に黒点!虚じゃない!月人だ!」
「わ、分かってるわよ…。言っとくけど、あたしには期待しないで!」
私が慌てて隣に立つ彼にそう叫ぶと、自信なさげな声が小さく返ってくる。アレキサンドライトは既に黒点に背を向け、私の後ろへと下がっていた。
黒点はどんどん広がっている。もうじき沢山の月人が姿を現わすだろう。もう判断にかける時間は無い。決めなくては。
意を決して、私は片手を俯いたままのアレキサンドライトに差し出す。
それに気付き、彼が顔を上げるより早く、
私は彼を両腕に抱え、なんとか地面を蹴って、先へ飛び出した。
「アレキっ、逃げるよ!学校は近いし、まだ間に合う、から!私に掴まってて!」
「って、もう逃げてるじゃない!非力なクセに無理しなくていいのに…!あたしはその辺に置いてってよ、赤ならなんとかなるわ!」
そんな彼の言葉を無視して、両脚に力を込めて、私は走り続ける。
君を見捨てるなんて、そんなこと、できるわけがない!
そのうちに2人分の体重を支えている両脚が、悲鳴を上げた。
ピキッ
嫌な音を立てて、踏み出した右脚に亀裂が入る。
まだ、走れる。
ピキン ペキッ パリン ごとっ
パキ パキッ がたん
学校の白い壁が目に入った頃には、私の両脚はヒビだらけになっていた。破片は落としてきてしまい、そこには辛うじて、脚の形が残っているだけだった。
学校の方から、みんなの声が聴こえてくる。
良かった。もう、大丈夫だ。
今まではなんとか避けていた月人の矢が、こちらに向かってくる。
ボロボロのふらついた脚では避けきれずに、一閃の矢は私の首を撃ち抜いた。
ぱきん
「なまえっ!」
私の頭と身体が離れていく。薄れていく意識の中で聴こえてきたのは、アレキサンドライトの声だけだった。
「…」
ぼんやりとその様子を眺めていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。思いがけない衝撃に私が思わずビクリと身体を浮かせ、すぐさま振り返ると、その犯人は楽しそうに声を震わせて微笑んでいる。
「…あら、そんなにびっくりした? なまえ。今日は良い天気ね。光も上質だわ。」
「アレキ!…もう、やめてったら…。」
私の抗議をよそに、暖かな陽の光を受けたアレキサンドライトの髪は幻想的に薄く輝いた。
自分の身体には無い、知的な光を放っている。
「こんなに天気が良いと、月人が来ちゃうかもよ?大丈夫なの、外に出て。」
「別に、ただの散歩よ。…でも、もしも月人が出たら、その時はあなたが守ってちょうだいね?」
「あはは、がんばりまーす…」
2人で、そんな他愛の無い会話をする。
楽しそうに草原を見渡す彼を横目に、私は腰に吊るした剣を指先でなぞる。首を動かして空を睨みつけて
みても、そこからはただ優しい光と風が届いてくるだけだ。
本当に本当に月人が出現したら、私はアレキサンドライトを守ることが出来るのだろうか。
晴れの日に、3日に1度。 本当に?
かつての彼のパートナーであるクリソベリルを連れ去ったのは、紛れもなく、月人なのだ。それが憎くても思うように戦うことのできない彼は、いったいどんな気持ちで空を見上げるのだろう。
「どうしたの。難しい顔しちゃって…あなたらしくないわね。」
そのまま空を見上げ続けていると、いつのまにか、手にたくさんの植物を抱えていたアレキサンドライトが、私の顔を覗き込んでそう呟く。
「…うん。ちょっと考え事してた。…あ、それ何の花?」
彼の腕の中にある一輪の黄色い花に目が留まり、蝶の薄い翅の様なそれを、指で示して私は彼に訊ねた。
「ん、これ?えーっと…採ってくるようダイヤに頼まれてるの。名前は…チョウユリよ。」
「へえ、ホントに蝶みたいだ。これをダイヤが?」
確かに彼は、花やアクセサリーといった可愛らしいものに目が無いようだ。しかし、名指しで持って来させるなんて珍しい。なにかこだわりがあるのだろうか。
「そうね、この花が良いって言っていたけど…あたしも詳しいことはよく分かんないわ。」
「ふーん…じゃあ、他のは?」
「あら、勉強熱心!今日は雪でも降るのかしら。」
なんだか興味をそそられたので、その他の植物について訊こうとすると、私の一言に、アレキサンドライトは驚いた顔で声を上げた。
「し、失礼な!私にだって勉強意欲はあるんだからね!」
「はいはい、べつに分かってるわよ。じゃあ、お望み通り、片っ端から教えてあげる。」
ニヤリと笑いそう迫ってくる彼に、私がお手柔らかに、と返そうとした瞬間。
不自然に強風が吹く。アレキサンドライトの抱えた花たちは、それに攫われる。そして、遥か遠く、私たちの頭上へ飛ばされてしまった。
それらを目で追いかけていると、澄んだ青空が、僅かに切り開かれる。
禍々しい漆黒の模様が現れる。 忌々しい、花の散る香りがする。
「アレキ!東に黒点!虚じゃない!月人だ!」
「わ、分かってるわよ…。言っとくけど、あたしには期待しないで!」
私が慌てて隣に立つ彼にそう叫ぶと、自信なさげな声が小さく返ってくる。アレキサンドライトは既に黒点に背を向け、私の後ろへと下がっていた。
黒点はどんどん広がっている。もうじき沢山の月人が姿を現わすだろう。もう判断にかける時間は無い。決めなくては。
意を決して、私は片手を俯いたままのアレキサンドライトに差し出す。
それに気付き、彼が顔を上げるより早く、
私は彼を両腕に抱え、なんとか地面を蹴って、先へ飛び出した。
「アレキっ、逃げるよ!学校は近いし、まだ間に合う、から!私に掴まってて!」
「って、もう逃げてるじゃない!非力なクセに無理しなくていいのに…!あたしはその辺に置いてってよ、赤ならなんとかなるわ!」
そんな彼の言葉を無視して、両脚に力を込めて、私は走り続ける。
君を見捨てるなんて、そんなこと、できるわけがない!
そのうちに2人分の体重を支えている両脚が、悲鳴を上げた。
ピキッ
嫌な音を立てて、踏み出した右脚に亀裂が入る。
まだ、走れる。
ピキン ペキッ パリン ごとっ
パキ パキッ がたん
学校の白い壁が目に入った頃には、私の両脚はヒビだらけになっていた。破片は落としてきてしまい、そこには辛うじて、脚の形が残っているだけだった。
学校の方から、みんなの声が聴こえてくる。
良かった。もう、大丈夫だ。
今まではなんとか避けていた月人の矢が、こちらに向かってくる。
ボロボロのふらついた脚では避けきれずに、一閃の矢は私の首を撃ち抜いた。
ぱきん
「なまえっ!」
私の頭と身体が離れていく。薄れていく意識の中で聴こえてきたのは、アレキサンドライトの声だけだった。