宝石の国短編集
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ただの仲間だと思っていた。確かに話す機会は多かったが、そうとしか思っていなかった。
「なまえ。君は古代生物に興味があるんだったね。」
図書室の中、地質学の文献を見返そうとして、私が本棚に手を伸ばしたその時。凛として、落ち着いた声が後方から聞こえてきた。
「ラピス…アレキのレポートの整理は?」
振り返った先には、予想通りの人物が立っている。先ほどの問いかけには、「もう終わった」とだけ答えて、ラピスラズリは脚立に登っている私を見上げて、話を続ける。
「それで、古代生物についてなんだけれど、先日、興味深い文献を見つけたんだ。」
彼は得意げにそう言うと、私に向かって手招きをする。
「その実物は、こことは別の場所に保管してある。君が見たいのなら、歓迎するよ。」
「いいの?…ぜひ、私も見てみたいな。ラピスがそう言うくらいだもの。きっと驚くような情報なのね。」
せっかくなので、彼の誘いに乗ることにした。私は脚立を静かに降りて、手を伸ばしていたレポートの束だけを本棚から引っ張り出し、小脇に抱えて歩き出した背中について行く。
別の場所。図書室以外に、本や資料を安置できそうな場所なんてあっただろうか。
「ここだよ。ほら、この部分だけ床が取り外せるようになっているだろう。皆には内緒で僕が作ったんだ。」
図書室の奥。大きな本棚の影に隠れていた白い床は、よく見ると薄く切り抜かれた痕跡がある。注意して観察すれば見つけるのは容易だろう。しかし、図書室の隅の場所だ。ここならば、管理担当のラピスラズリだけが知っている秘密の部屋として、充分に役割を果たしているのだろう。
「じゃあ、私に教えちゃっていいの?」
「真実を求める者同士としてさ。…特別だよ。」
「そんな大げさな…でも、ありがとう。」
四角く切り抜かれた床が、ラピスラズリの手によって外される。本来ならば、その下には外の草や土が露出するはずなのだが、床の下は空洞になっている。空洞の真下、秘密の部屋の床や壁に当たる部分には、木材の板が敷かれているようだった。
「わあ、ちゃんとした部屋だ!降りてもいい?」
「もちろん。でも、気を付けてね。学校で使われている材質ほど丈夫じゃないから。」
「分かってるわよ、そのくらい。……よっ、と。」
ラピスの忠告は特に気にせずに、私は秘密の部屋に降り立った。
「おおー…本格的ね。ちょっと見てみてもいい?」
「お好きにどうぞ。」
間近で観察して分かったが、この部屋は造られてからそれなりに時間が経っているようだ。木の板には、少しだけ劣化が見受けられる。
「あ、そうだ。ラピス、例の文献っていうのは…」
未知の部屋の観察に暫し気を取られていたが、一通り観察を終えたところで、本来の目的を思い出した私は、観察の間も、忙しなく動く私をよそに、隣で一冊の本を眺めていたラピスラズリに向かって声をかける。
「ああ、この本がそうだよ。読んでみるかい。」
彼は読書を中断し、手に持っていた一冊を私に手渡してきた。それを受け取り、さっきまで開かれていたページに目を通す。
(…ほにゅうるい、の…生殖行動…に、ついて…)
真っ先に私の目に留まったのは、その一文だ。「生殖行動」古代生物や、現存している虫や花、海の生物たちに必須である、子孫を残すための行動を指す言葉だったはずだ。これだけならば、別に目新しい情報では無い。けれど、その前の言葉は見たことが無い。「哺乳類」…ほにゅうるいとは、一体なんなのか。
「ラピス、哺乳類って…」
「恐らく、古代生物の分類名称のひとつだろうね。そのページに特徴が記されているけれど、ここに存在するどの生物にも当てはまらない。現在まで生き残れずに滅んだ種…ということになる。」
「…それって、もしかして…海に逃げ込んだ古代生物のこと?」
「うん、言い伝えに過ぎないが、僕らの祖先となった種族である可能性はあるだろうね。」
「先生には、見せたの?」
「まだだよ、君に最初に見てもらいたかったからね。」
彼はそう言って、長い蒼色の髪をさらりと掻き上げた。光の届かない地下でも、その知的な輝きは鈍らないようだ。
「あはは、そう。じゃあ…要件はこれで終わりかな?私はもう戻っていい?」
「いや、もうひとつだけ。」
私は足元に置いたままの紙束と、塞がれた天井に視線を泳がせて、戻りたいと意思表示をしたが、そうはいかないらしい。仕方がないと、ため息を吐いて私が木の床に座り直すと、ラピスラズリがパラパラと本のページをめくり、ひとつの挿絵を指で指した。
「君はこの図をどう思う?」
彼の指が指したのは、動物…少なくとも、虫やウミウシでは無いような、見たことのない種類の生物が、2匹描かれている。その2匹が身体を重ね合わせている。これが、いわゆる「生殖行動」なのだろうか。
「な、どう思うって…言われても…」
多くの生物が、交尾と繁殖を重ねて命を繋ぐことは知識として知ってはいるが、不死故にその必要がない自分たちとは違う世界だと思う。感想を求められても、困るのだが…。
「うーん…なんというか、えっと…でも、少しだけ…どんな感じなのかは、気になる…かなぁ。」
「なるほど。僕らには縁の無い行為だからね。君の気持ちも分かるよ。」
「…ラピスも、気になるの?」
「ああ、まあ…単なる知的好奇心の延長だけどね。」
そう言ってまた、ラピスラズリはその瑠璃の長髪を、片手で宙に泳がせた。彼とは長い付き合いになるのだが、その間、この空間に、今までに体験したことのない、奇妙な沈黙が流れたような気がした。
ラピスラズリがいつも覗かせる、知的好奇心を孕んだ視線とは違うものが、蒼い瞳の中に潜んでいるように感じた。彼が言ったそれとは、確実に異なる種類の感情が。
私が何か答えようとする前に、身体が宙に浮く感覚があった。間髪入れずに、背中への衝撃となってそれは返ってきた。反応するより先に、彼は私の腹部に跨り、私の顎を指で持ち上げる。そして、相変わらず、凛とした声で囁いた。
「…僕と君で、再現してみるのはどうだろう。何か、新しい発見があるかもしれない。」
信頼できる仲間のはずなのに、彼の言葉に、私は言いようのない恐怖を感じた。それなのに、彼を力ずくで押し退けようだとか、突き飛ばそうとか、そんな気が起きないのは、果たして本当に私の「生殖行動」への単なる好奇心の現れなのだろうか。
「なまえ。君は古代生物に興味があるんだったね。」
図書室の中、地質学の文献を見返そうとして、私が本棚に手を伸ばしたその時。凛として、落ち着いた声が後方から聞こえてきた。
「ラピス…アレキのレポートの整理は?」
振り返った先には、予想通りの人物が立っている。先ほどの問いかけには、「もう終わった」とだけ答えて、ラピスラズリは脚立に登っている私を見上げて、話を続ける。
「それで、古代生物についてなんだけれど、先日、興味深い文献を見つけたんだ。」
彼は得意げにそう言うと、私に向かって手招きをする。
「その実物は、こことは別の場所に保管してある。君が見たいのなら、歓迎するよ。」
「いいの?…ぜひ、私も見てみたいな。ラピスがそう言うくらいだもの。きっと驚くような情報なのね。」
せっかくなので、彼の誘いに乗ることにした。私は脚立を静かに降りて、手を伸ばしていたレポートの束だけを本棚から引っ張り出し、小脇に抱えて歩き出した背中について行く。
別の場所。図書室以外に、本や資料を安置できそうな場所なんてあっただろうか。
「ここだよ。ほら、この部分だけ床が取り外せるようになっているだろう。皆には内緒で僕が作ったんだ。」
図書室の奥。大きな本棚の影に隠れていた白い床は、よく見ると薄く切り抜かれた痕跡がある。注意して観察すれば見つけるのは容易だろう。しかし、図書室の隅の場所だ。ここならば、管理担当のラピスラズリだけが知っている秘密の部屋として、充分に役割を果たしているのだろう。
「じゃあ、私に教えちゃっていいの?」
「真実を求める者同士としてさ。…特別だよ。」
「そんな大げさな…でも、ありがとう。」
四角く切り抜かれた床が、ラピスラズリの手によって外される。本来ならば、その下には外の草や土が露出するはずなのだが、床の下は空洞になっている。空洞の真下、秘密の部屋の床や壁に当たる部分には、木材の板が敷かれているようだった。
「わあ、ちゃんとした部屋だ!降りてもいい?」
「もちろん。でも、気を付けてね。学校で使われている材質ほど丈夫じゃないから。」
「分かってるわよ、そのくらい。……よっ、と。」
ラピスの忠告は特に気にせずに、私は秘密の部屋に降り立った。
「おおー…本格的ね。ちょっと見てみてもいい?」
「お好きにどうぞ。」
間近で観察して分かったが、この部屋は造られてからそれなりに時間が経っているようだ。木の板には、少しだけ劣化が見受けられる。
「あ、そうだ。ラピス、例の文献っていうのは…」
未知の部屋の観察に暫し気を取られていたが、一通り観察を終えたところで、本来の目的を思い出した私は、観察の間も、忙しなく動く私をよそに、隣で一冊の本を眺めていたラピスラズリに向かって声をかける。
「ああ、この本がそうだよ。読んでみるかい。」
彼は読書を中断し、手に持っていた一冊を私に手渡してきた。それを受け取り、さっきまで開かれていたページに目を通す。
(…ほにゅうるい、の…生殖行動…に、ついて…)
真っ先に私の目に留まったのは、その一文だ。「生殖行動」古代生物や、現存している虫や花、海の生物たちに必須である、子孫を残すための行動を指す言葉だったはずだ。これだけならば、別に目新しい情報では無い。けれど、その前の言葉は見たことが無い。「哺乳類」…ほにゅうるいとは、一体なんなのか。
「ラピス、哺乳類って…」
「恐らく、古代生物の分類名称のひとつだろうね。そのページに特徴が記されているけれど、ここに存在するどの生物にも当てはまらない。現在まで生き残れずに滅んだ種…ということになる。」
「…それって、もしかして…海に逃げ込んだ古代生物のこと?」
「うん、言い伝えに過ぎないが、僕らの祖先となった種族である可能性はあるだろうね。」
「先生には、見せたの?」
「まだだよ、君に最初に見てもらいたかったからね。」
彼はそう言って、長い蒼色の髪をさらりと掻き上げた。光の届かない地下でも、その知的な輝きは鈍らないようだ。
「あはは、そう。じゃあ…要件はこれで終わりかな?私はもう戻っていい?」
「いや、もうひとつだけ。」
私は足元に置いたままの紙束と、塞がれた天井に視線を泳がせて、戻りたいと意思表示をしたが、そうはいかないらしい。仕方がないと、ため息を吐いて私が木の床に座り直すと、ラピスラズリがパラパラと本のページをめくり、ひとつの挿絵を指で指した。
「君はこの図をどう思う?」
彼の指が指したのは、動物…少なくとも、虫やウミウシでは無いような、見たことのない種類の生物が、2匹描かれている。その2匹が身体を重ね合わせている。これが、いわゆる「生殖行動」なのだろうか。
「な、どう思うって…言われても…」
多くの生物が、交尾と繁殖を重ねて命を繋ぐことは知識として知ってはいるが、不死故にその必要がない自分たちとは違う世界だと思う。感想を求められても、困るのだが…。
「うーん…なんというか、えっと…でも、少しだけ…どんな感じなのかは、気になる…かなぁ。」
「なるほど。僕らには縁の無い行為だからね。君の気持ちも分かるよ。」
「…ラピスも、気になるの?」
「ああ、まあ…単なる知的好奇心の延長だけどね。」
そう言ってまた、ラピスラズリはその瑠璃の長髪を、片手で宙に泳がせた。彼とは長い付き合いになるのだが、その間、この空間に、今までに体験したことのない、奇妙な沈黙が流れたような気がした。
ラピスラズリがいつも覗かせる、知的好奇心を孕んだ視線とは違うものが、蒼い瞳の中に潜んでいるように感じた。彼が言ったそれとは、確実に異なる種類の感情が。
私が何か答えようとする前に、身体が宙に浮く感覚があった。間髪入れずに、背中への衝撃となってそれは返ってきた。反応するより先に、彼は私の腹部に跨り、私の顎を指で持ち上げる。そして、相変わらず、凛とした声で囁いた。
「…僕と君で、再現してみるのはどうだろう。何か、新しい発見があるかもしれない。」
信頼できる仲間のはずなのに、彼の言葉に、私は言いようのない恐怖を感じた。それなのに、彼を力ずくで押し退けようだとか、突き飛ばそうとか、そんな気が起きないのは、果たして本当に私の「生殖行動」への単なる好奇心の現れなのだろうか。
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