宝石の国短編集
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「アンタークは、月にいる」
冬眠が終わって、春が来た。私はいつも通りに目を開けて、身体を起こす。けれども、毎年起こしに来るはずのアンタークは居なかった。代わりに、見たことのない、フォスがいた。彼は、どこかを見ているようで、見ていない、そんな感じの悲しそうで、とても重いものを背負っているみたいな表情をしていた。
私は、そんな彼を見た最初に、とても、苦しそうだと思った。いちばん末っ子の彼は、変わってしまった。彼が冬の間に体験したことが、フォスフォフィライトを変えてしまったんだと、そう思った。
「ねえ、フォス。今日も寝ないの?」
春が来てから少し経ったくらい。相変わらずフォスは、連日連夜眠らずに仕事をし続けていた。そして今夜も、私と同室になっている彼は、寝るでもなくベッドに腰掛けたまま、私を眺めている。
「うーん、うとうとはするけど…眠くないや。」
声をかけてみても、いつものようにそう言って、彼は寝ようとしなかった。 少し申しわけなさそうに、笑うだけ。
「でも、フォス…あなた、冬からずっと寝てないんでしょう?眠くないなんて、ウソよ。」
少し前のあなたは、もっともっと正直で、ワガママな人だった。自分にも、他人にも嘘をつくことだって出来ない、不器用な人。もっと、ゆっくりと変わっていけば良いのに、どうしてそんなに急いでいるの?
「……分かってる。本当は、悔しくて眠れないんだ。アンタークを助けられなかった自分が許せない。…だから、僕は…」
待って、言わないで。あなたはそんなこと、言っちゃ駄目よ。
「償おうとしているの?」
フォスの目をまっすぐ見て、私は静かにそう言った。口を閉じても私がそのままでいると、彼は先に目を逸らした。
「……うん」
力の無い、弱々しい声だった。けれどその音は、縋りつくものを、助けを求める悲鳴に近かった。
「目を閉じれば、そのうち眠れるわ。ひとりで眠るのが嫌なら、私と一緒のベッドでもいいわ。……お願いよ、フォス。あなたが心配なの。」
あなたが仕事熱心になってくれたのは、正直、とても嬉しいのだけれど。でも、あなた自身をすり潰してまで、そうすることを、私たちは望んでいないの。押し付けるようでごめんなさい。それでも、あなたには笑っていて欲しいのよ。
「…そんなことしたら、僕の方が割れちゃうよ。」
「あら、平気よ。ふたりとも布団にくるまって寝ればいいのよ。…こんな風に。」
寝間着を身に付けた上に、ベッドから引っ張り出した布をぐるぐると巻きつける。腕も、脚も、頭だけを残して全てを布で覆い隠す。
「じゃーん」
「わあ、虫みたい…」
「こら」
「ごめんなさい」
私がその不本意な発言に対して抗議すると、すぐにフォスは頭を下げて謝ってくれた。前より短くなった西の浅瀬色の髪が、しゃらりと揺れた。
「ほんとに、寝なくていいの?」
その後、体から布を外して、これをちゃんと本来の用途で使ってあげようとベッドに体を預けてから私は彼にそう尋ねた。
「うん。……でも、あの、夜の間だけ、手とか…繋いでても良い?」
ちょっとだけ、恥ずかしそうに顔を俯かせて、フォスはそう答えた。ほんの少しだけだけれど、彼の表情が、明るくなった気がした。
「もちろん、いいわよ。…はい。」
そのまま彼の前に右手を差し出すと、彼は慌てたように体を後ろに反らせた。
「…手袋、しないの?」
「その腕なら、大丈夫じゃないかしら。ブニブニしてるもの。」
「そーお?…うーん、じゃあ…お言葉に甘えて、失礼します。」
そのまま、フォスの合金の感触が私に伝わってきた。正確には、これはフォスフォフィライトではないのだけれど、素手で誰かに触れるなんて、今までの彼では決して出来なかったことだろう。
「おやすみなさい、フォス。」
「うん、おやすみ。」
ああ、1日でも早く、あなたがぐっすり眠れる日が来ればいいのになあ。
冬眠が終わって、春が来た。私はいつも通りに目を開けて、身体を起こす。けれども、毎年起こしに来るはずのアンタークは居なかった。代わりに、見たことのない、フォスがいた。彼は、どこかを見ているようで、見ていない、そんな感じの悲しそうで、とても重いものを背負っているみたいな表情をしていた。
私は、そんな彼を見た最初に、とても、苦しそうだと思った。いちばん末っ子の彼は、変わってしまった。彼が冬の間に体験したことが、フォスフォフィライトを変えてしまったんだと、そう思った。
「ねえ、フォス。今日も寝ないの?」
春が来てから少し経ったくらい。相変わらずフォスは、連日連夜眠らずに仕事をし続けていた。そして今夜も、私と同室になっている彼は、寝るでもなくベッドに腰掛けたまま、私を眺めている。
「うーん、うとうとはするけど…眠くないや。」
声をかけてみても、いつものようにそう言って、彼は寝ようとしなかった。 少し申しわけなさそうに、笑うだけ。
「でも、フォス…あなた、冬からずっと寝てないんでしょう?眠くないなんて、ウソよ。」
少し前のあなたは、もっともっと正直で、ワガママな人だった。自分にも、他人にも嘘をつくことだって出来ない、不器用な人。もっと、ゆっくりと変わっていけば良いのに、どうしてそんなに急いでいるの?
「……分かってる。本当は、悔しくて眠れないんだ。アンタークを助けられなかった自分が許せない。…だから、僕は…」
待って、言わないで。あなたはそんなこと、言っちゃ駄目よ。
「償おうとしているの?」
フォスの目をまっすぐ見て、私は静かにそう言った。口を閉じても私がそのままでいると、彼は先に目を逸らした。
「……うん」
力の無い、弱々しい声だった。けれどその音は、縋りつくものを、助けを求める悲鳴に近かった。
「目を閉じれば、そのうち眠れるわ。ひとりで眠るのが嫌なら、私と一緒のベッドでもいいわ。……お願いよ、フォス。あなたが心配なの。」
あなたが仕事熱心になってくれたのは、正直、とても嬉しいのだけれど。でも、あなた自身をすり潰してまで、そうすることを、私たちは望んでいないの。押し付けるようでごめんなさい。それでも、あなたには笑っていて欲しいのよ。
「…そんなことしたら、僕の方が割れちゃうよ。」
「あら、平気よ。ふたりとも布団にくるまって寝ればいいのよ。…こんな風に。」
寝間着を身に付けた上に、ベッドから引っ張り出した布をぐるぐると巻きつける。腕も、脚も、頭だけを残して全てを布で覆い隠す。
「じゃーん」
「わあ、虫みたい…」
「こら」
「ごめんなさい」
私がその不本意な発言に対して抗議すると、すぐにフォスは頭を下げて謝ってくれた。前より短くなった西の浅瀬色の髪が、しゃらりと揺れた。
「ほんとに、寝なくていいの?」
その後、体から布を外して、これをちゃんと本来の用途で使ってあげようとベッドに体を預けてから私は彼にそう尋ねた。
「うん。……でも、あの、夜の間だけ、手とか…繋いでても良い?」
ちょっとだけ、恥ずかしそうに顔を俯かせて、フォスはそう答えた。ほんの少しだけだけれど、彼の表情が、明るくなった気がした。
「もちろん、いいわよ。…はい。」
そのまま彼の前に右手を差し出すと、彼は慌てたように体を後ろに反らせた。
「…手袋、しないの?」
「その腕なら、大丈夫じゃないかしら。ブニブニしてるもの。」
「そーお?…うーん、じゃあ…お言葉に甘えて、失礼します。」
そのまま、フォスの合金の感触が私に伝わってきた。正確には、これはフォスフォフィライトではないのだけれど、素手で誰かに触れるなんて、今までの彼では決して出来なかったことだろう。
「おやすみなさい、フォス。」
「うん、おやすみ。」
ああ、1日でも早く、あなたがぐっすり眠れる日が来ればいいのになあ。