宝石の国短編集
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「僕、ラピスを守れなかった……ごめんなさい、本当に…ごめんなさい。全部、僕のせいだわ。僕が悪いの…」
そう言って、私の部屋を訪ねて来たとたんに、ゴーストは何度も何度も、私に頭を下げて謝った。彼が腕に抱えているのは、頭だけになったラピスラズリだ。お前を慕っていたゴーストを放っておいて、しかも目の前で月に行ってしまうなんて、なんてひどいやつなんだ。
「いいんだよ、ゴースト。どうか謝らないで欲しい。第一、ラピスが連れていかれたのは君のせいじゃないし、みんなも私も、君を責めるようなことはしない。」
「でも……」
そう弱々しく呟いて、ゴーストは俯いてしまう。ラピスラズリと数回会話して、くだらない約束を交わしていただけの私よりも、パートナーとして長い間行動を共にし、誰よりもラピスラズリを信頼していた彼の方が、ずっと辛いに決まっている。
「…ラピスと話している時のあなたは、とても…楽しそうだったから。…昨日の約束も、大切なものだったんでしょう?」
俯いたまま、ゴーストは小さな声でそう私に伝えた。その間も、頭だけのラピスラズリは、他人事みたいに瞼を閉じたままだ。そんな彼を抱えるゴーストの両腕は、微かに震えている。
「いいや、別に大したことないよ。またトランプしようって、それだけさ。…ほら、ゴースト。顔を上げて。ラピスを長期休養所に連れていかないと。」
「…ええ、そうね。それが僕の仕事だものね。急に押しかけて、ごめんなさい。」
顔を上げたゴーストは、眉を下げて、視線はどこか遠くを見つめていた。やはりとても辛そうだった。普段はあまり感情を出して行動することのない彼が、あんな表情を見せたのは初めてだろう。
「構わないよ。私はここにいるから、なにか私に手伝えることがあれば言ってくれ。図書館の管理も…ゴーストが任されたんだろう?」
「ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいわ…。中のコも喜んでる。」
「ああ、また後で…ゴースト。」
会釈してから、ゴーストは私の部屋を出て、ラピスラズリを抱えて慎重に歩き出していく。自分のほうが悲しいはずなのに、1番に他人の心配をするなんて、彼はなんて優しいのだろう。
「おやすみなさい、ラピス。」
ゴーストは、細やかな装飾が施された木箱の蓋をゆっくりと閉める。ぴたりとはまった蓋からは、カチリと音が鳴った。今までに、長期休養所から出られた仲間は、ひとりもいない。彼は、とても永い眠りにつくことになるだろう。
ラピスラズリは幸い頭部だけは助かった。しかし、頭を無くした、なんて者がこれから先現れない限りは、もう彼の顔を見ることも無いかもしれない。
「ねぇ、ラピス。僕は…おかしくなってしまったのかしら?君がここで眠ってしまうのは、とても悲しいことなのに……なぜかしら。少し、嬉しいの。」
そう言って、ゴーストは純白の布の中にその小さな木箱を仕舞う。
長期休養所の中、純白の仕切りの前に佇むゴーストの頭には、いつの日か、図書室でラピスラズリとした、ある会話が浮かんでいた。
「恋…というものを知っているかい、ゴースト。」
「うーん…なんとなく。僕はよく知らないけれど、ダイヤは興味があるみたいね。」
「確かに、彼はそういった類の話が好きだったね。話を戻すけれど、僕の考察では、恋愛というものは、知性のある生命体特有の…欠陥であるとも言えるし、美点であるとも捉えられる。」
「そうね、花や虫は恋をしないものね…。でも、僕も美点なのは分かるけれど…なぜ、ラピスは恋を欠陥だとも思うの?」
「僕らと違って、古代生物たちは代を重ねる必要があったのは知っているだろう。心、という不確定要素しかないもので惹かれ合った個体としか繁殖をしたがらないのは、無駄とも言えるのではないかな?」
「うーん…。ラピスの話は、僕もたまについていけなくなるわね。…でも、恋愛っていうのは、効率とか、利益とか…そういうものとは切り離されたものなんじゃないかしら。…君は、どう思う?」
(知らねーよ。そういう話を俺に振られても、肯定も否定もできねぇよ。)
「…ただ、君の意見が聞きたいだけよ?…あら、黙っちゃった。」
「おや、君の中のもうひとりは、どうやらこの手の話は苦手らしい。」
結局、その日の2人の意見はまとまることが無かった。もう彼に訊ねることも出来ないが、ラピスの中では、恋に対する結論はもう出ていたのだろうか。
でも、答えを聞くことが出来なくとも、こうやって彼が眠っていてくれたほうが、今の自分たちには良いのだと、ゴーストは気付いている。あの人と彼が、少しでも言葉を交わすだけで、あんなにも心が苦しくなるなんて。決して、ラピスラズリのことを嫌っている訳ではなかったのに。
「…きっと、古代生物もこんな気持ちで、誰かを愛していたのね。不思議だわ。…ねぇ、僕の中の君。君は…あの人のこと、好き?」
(好きだと言ったら、どうするんだ。)
「どうもしないわ。でも、君ってば乱暴だし、勝手だし…君のせいであの人に嫌われるのだけは勘弁してね?」
(そんなヘマしねぇよ。)
「あはは、冗談よ。君と一緒なら心強いわ。」
自分の中のもうひとりと、意見が合致するなんて何年ぶりだろう。相棒が月に行ってしまったのに、こんなに心を暖かくしてしまうなんて。恋とはなんて恐ろしいものなのだろう。
でも、愛しい君への感情で溺れられるのなら、それはなによりも幸せなことに違いない。
そう言って、私の部屋を訪ねて来たとたんに、ゴーストは何度も何度も、私に頭を下げて謝った。彼が腕に抱えているのは、頭だけになったラピスラズリだ。お前を慕っていたゴーストを放っておいて、しかも目の前で月に行ってしまうなんて、なんてひどいやつなんだ。
「いいんだよ、ゴースト。どうか謝らないで欲しい。第一、ラピスが連れていかれたのは君のせいじゃないし、みんなも私も、君を責めるようなことはしない。」
「でも……」
そう弱々しく呟いて、ゴーストは俯いてしまう。ラピスラズリと数回会話して、くだらない約束を交わしていただけの私よりも、パートナーとして長い間行動を共にし、誰よりもラピスラズリを信頼していた彼の方が、ずっと辛いに決まっている。
「…ラピスと話している時のあなたは、とても…楽しそうだったから。…昨日の約束も、大切なものだったんでしょう?」
俯いたまま、ゴーストは小さな声でそう私に伝えた。その間も、頭だけのラピスラズリは、他人事みたいに瞼を閉じたままだ。そんな彼を抱えるゴーストの両腕は、微かに震えている。
「いいや、別に大したことないよ。またトランプしようって、それだけさ。…ほら、ゴースト。顔を上げて。ラピスを長期休養所に連れていかないと。」
「…ええ、そうね。それが僕の仕事だものね。急に押しかけて、ごめんなさい。」
顔を上げたゴーストは、眉を下げて、視線はどこか遠くを見つめていた。やはりとても辛そうだった。普段はあまり感情を出して行動することのない彼が、あんな表情を見せたのは初めてだろう。
「構わないよ。私はここにいるから、なにか私に手伝えることがあれば言ってくれ。図書館の管理も…ゴーストが任されたんだろう?」
「ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいわ…。中のコも喜んでる。」
「ああ、また後で…ゴースト。」
会釈してから、ゴーストは私の部屋を出て、ラピスラズリを抱えて慎重に歩き出していく。自分のほうが悲しいはずなのに、1番に他人の心配をするなんて、彼はなんて優しいのだろう。
「おやすみなさい、ラピス。」
ゴーストは、細やかな装飾が施された木箱の蓋をゆっくりと閉める。ぴたりとはまった蓋からは、カチリと音が鳴った。今までに、長期休養所から出られた仲間は、ひとりもいない。彼は、とても永い眠りにつくことになるだろう。
ラピスラズリは幸い頭部だけは助かった。しかし、頭を無くした、なんて者がこれから先現れない限りは、もう彼の顔を見ることも無いかもしれない。
「ねぇ、ラピス。僕は…おかしくなってしまったのかしら?君がここで眠ってしまうのは、とても悲しいことなのに……なぜかしら。少し、嬉しいの。」
そう言って、ゴーストは純白の布の中にその小さな木箱を仕舞う。
長期休養所の中、純白の仕切りの前に佇むゴーストの頭には、いつの日か、図書室でラピスラズリとした、ある会話が浮かんでいた。
「恋…というものを知っているかい、ゴースト。」
「うーん…なんとなく。僕はよく知らないけれど、ダイヤは興味があるみたいね。」
「確かに、彼はそういった類の話が好きだったね。話を戻すけれど、僕の考察では、恋愛というものは、知性のある生命体特有の…欠陥であるとも言えるし、美点であるとも捉えられる。」
「そうね、花や虫は恋をしないものね…。でも、僕も美点なのは分かるけれど…なぜ、ラピスは恋を欠陥だとも思うの?」
「僕らと違って、古代生物たちは代を重ねる必要があったのは知っているだろう。心、という不確定要素しかないもので惹かれ合った個体としか繁殖をしたがらないのは、無駄とも言えるのではないかな?」
「うーん…。ラピスの話は、僕もたまについていけなくなるわね。…でも、恋愛っていうのは、効率とか、利益とか…そういうものとは切り離されたものなんじゃないかしら。…君は、どう思う?」
(知らねーよ。そういう話を俺に振られても、肯定も否定もできねぇよ。)
「…ただ、君の意見が聞きたいだけよ?…あら、黙っちゃった。」
「おや、君の中のもうひとりは、どうやらこの手の話は苦手らしい。」
結局、その日の2人の意見はまとまることが無かった。もう彼に訊ねることも出来ないが、ラピスの中では、恋に対する結論はもう出ていたのだろうか。
でも、答えを聞くことが出来なくとも、こうやって彼が眠っていてくれたほうが、今の自分たちには良いのだと、ゴーストは気付いている。あの人と彼が、少しでも言葉を交わすだけで、あんなにも心が苦しくなるなんて。決して、ラピスラズリのことを嫌っている訳ではなかったのに。
「…きっと、古代生物もこんな気持ちで、誰かを愛していたのね。不思議だわ。…ねぇ、僕の中の君。君は…あの人のこと、好き?」
(好きだと言ったら、どうするんだ。)
「どうもしないわ。でも、君ってば乱暴だし、勝手だし…君のせいであの人に嫌われるのだけは勘弁してね?」
(そんなヘマしねぇよ。)
「あはは、冗談よ。君と一緒なら心強いわ。」
自分の中のもうひとりと、意見が合致するなんて何年ぶりだろう。相棒が月に行ってしまったのに、こんなに心を暖かくしてしまうなんて。恋とはなんて恐ろしいものなのだろう。
でも、愛しい君への感情で溺れられるのなら、それはなによりも幸せなことに違いない。