宝石の国短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月で何があったのか、と皆口を揃えてそう言った。すぐに彼を捕まえると、何もかも変わった彼を不思議そうな目で、誰もが見つめるのだ。
初めて見る、滑らかで薄い膜のような白い服。
海に入っても取れなかったという、加工されたらしい白粉の肌。
凛とした深い青のラピスラズリの瞳は、右側だけになっている。
代わりに左眼を埋めているのは、見たところ真珠かなにかだろうか。
フォスフォフィライトが月からの帰還を果たしてから、数日が過ぎた。それからと言うもの、学校中が月の話題で持ちきりだ。そして、内勤組の何人かは、フォスの身につけていた月の品をこれでもかと調べ上げているようだ。
「オブシディアン。フォスの剣を貸してくれないか。」
例に漏れず、熱心にフォスと一緒に落ちてきた白い柄の大剣をぶんぶん振り回すオブシディアンに私はそう声を掛ける。
「あ、なまえ! いいよ〜、はい。」
「ありがとう、おっと…結構、重いなぁ…」
快く引き受けてくれた彼の手から、恐る恐る剣を手に取る。おそらくこちらでは採れない素材で作られたであろうそれは、抱えてみれば、身体に沈み込むようにずしりとした重さを感じた。
「でしょ〜?びっくりだよね!しかも、あのフォスがこんなの使ってるなんて…ダイヤ属のなまえでもずっしり来るんでしょ〜?」
真っ黒な刀身を抱えて、急な重量にふらついていると、オブシディアンがそう笑いかけてくる。確かに、腕を失う前のフォスフォフィライトではとても扱えないような重さの武器だ。最近ますますイレギュラーさに磨きがかかっている彼だが、やはり身体の構成が大きく変われば身体能力にも影響が出るらしい。まず、全く異なる種類の素材で身体を補えること自体がかなり稀なケースではあるのだが。
「…あいつ、変わったなあ…」
「そうだねぇ…あ、フォスで思い出したんだけど、さっきフォスがなまえのこと呼んでたよ!まだ図書室にいるかも…」
思い出したように、隣でオブシディアンが手を叩く。自分に何か用があるのか。特に今の彼に呼び出されるような心当たりは無いが、なにかしてしまったのだろうか。
図書室を目指して廊下を歩く途中、アレキサンドライトの部屋が目に入る。後ろ姿から察するに、いつも通りに彼は机に向かってレポートの紙束をチェックしているようだったが、いつもとは違う点がひとつだけあった。
「……点滅、してる」
普段ならすっきりとした空色のはずの彼の髪が、深く暗い赤色になったと思えば、まだ一瞬で元の空色に戻る。それを何回も、チカチカと繰り返しているのだ。
ハッキリ言えば、目の前のアレキサンドライトは、明らかに異常な状態に違いない。今居る宝石の中でも、かなり長い時間を過ごしてきた自分が初めてこの現象を確認したのだから、恐らく最近になって現れたものだ。
(アレキも、フォスから何か聞いたのか…?)
相棒が月人に攫われ、月人に関してはかなりの執着を見せる彼にとっては、フォスフォフィライトが掴んで持って来た、僅かで朧げな月の情報でさえも、月人を目にしたのと同等の、かなりの刺激になってしまっているのかもしれない。…あまり良いとは言えない状態だ。彼については今はそっとしておくしかないが、件のフォスフォフィライトには、きちんと言って聞かせるべきだろう。
(そうだ。呼び出されついでに私もあいつに話をしよう。)
コツコツと、白い廊下に自分の靴底の音だけが響く。その音が吸い込まれていく先に目を向けると、図書室への入り口と沢山の本棚が視界に映り込んでくる。目的地だ。
「フォス、居るか?」
「あ、なまえ!来てくれたんだね、ありがとう。やっぱりオブシディアンに伝言を頼んでおいて、正解だったみたいだ。」
室内に一歩踏み出して、呼び出し主の名前を呼べば、どこか懐かしい音を含んではいるものの、確かにフォスフォフィライトのものである声が代わりに戻ってくる。
少し嬉しそうにしてこちらへ駆け寄ってくるその姿は、実に「元」最年少の彼らしい。しかし、その上で揺れる知の青色に、同じような輝きを持つ右目をこの視界に捉えた瞬間、ぞわりと内側で何かが震えて、視界がぐらりと歪んだ気がした。端的に言えば、フォスフォフィライトを見た瞬間、軽い目眩を覚えたのだ。
(…う、情報量が多すぎる…)
「ど、どうしたの?大丈夫?こっちに座っていいよ?」
思わず眉間を指で押さえると、すぐにフォスフォフィライトが慌てた様子でそんな気遣いを見せてくれる。そんな彼の行動に私の喉から小さな笑い声が漏れ出した。優しいところは変わっていないのだ、と不覚にも安心してしまった。
「ふふ、そんなに心配しないでくれよ。大丈夫だから。」
私の返答にそう?と彼は納得したような、していないような声を上げる。それがなんだか可笑しくて、私がまた思わずクスリと声を漏らすと、彼は少し恥ずかしそうにこほん、とひとつ咳払いをする。そして、私に向き直ると、彼は一転して真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
途端に、辺り一面が暗くなる。クラゲたちが眠ってしまったのだろうか。2人の間を照らすのは、青白い月の光だけになった。
「…実は、なまえ。君に頼みたいことがあるんだ。」
そう言う彼の表情 を見て、正直驚いた。
もちろん、明るいうちは気付けなかった、やり過ぎなほど怪しく発光する左眼もそうなのだが、
彼 に彼 が重なって見えたのだ。
普通に考えれば、実に不謹慎でタチの悪い冗談みたいなことである。
「…月に来てくれって、言うつもりか?」
彼が次に言うであろう内容を、私は先んじて、彼に向かって呟いた。
根は優しい彼のことだ。学校の皆に危害を加えるつもりはないのだろう。まさか、記憶喪失が事実であるとも考えずらい。そうなれば、アレキサンドライトの例があるように、少しずつ皆に月の情報を与えていく目的として考えられるのは、彼以外の宝石を月へと勧誘することだ。私以外の何人かも、きっと薄々彼の真意に気付き始めているはず。
フォスフォフィライトは、驚いたみたいに色の違う両目を見開くと、すぐにその目を伏せる。そして、困ったように眉をひそめ、乾いた苦笑いを浮かべた。
「…流石だね。君のその鋭さと勇敢さは、本当に頼りになる。そして、実に厄介だ。」
「フォス、お前は…月でなにを見てきたんだ。なぜ、私達が月に行く必要がある? 話してくれ。それを聞いてからじゃないと、判断は出来ない。」
出来る限りの強い言い方で、私は彼を問い正す。目の前のフォスフォフィライトもまた、強い意志を含んだ表情で、私の言葉に頷いた。
真っ直ぐにこちらを捉えるその瞳には、知性と月が宿っていた。
「僕が月で得た情報は、まず…先生についてだ。先生は…金剛は、かつてこの星に住んでいたにんげんの作り出した道具らしい。月人は金剛の修理を目的に、ここへ来ている。つまりは…」
「…全ての原因は、先生だと?」
彼から伝えられた情報を元に、私は考えたくない推測をひとつ口にした。それを聞いて、フォスフォフィライトも苦い顔でため息を吐く。
「うん。協力の意思がある僕に、月人が嘘をついているとは考えにくい。…信じがたいことだけど、現状をどうにかするには、先生にとって予想外の行動を僕らがとるしかない。」
「…なるほど。だから、月へ行くメンバーを探しているんだな。まさに、先生には予想外の行動ってわけだ。」
「…他にも、月には僕らの知らない技術があった。………月に攫われた宝石は、みんな砂になっていると伝えられた。月人の願いを叶えて交渉すれば、元に戻して貰えるかもしれない。」
不意に、フォスフォフィライトがそんなことを言った。月の、砂。攫われた仲間たちの行方だ。
言葉を紡ぐ彼の喉元には、小さな亀裂が何本も浮かんでいた。青色の粒と、薄荷色の粒が、肩に落ちて、白い膜の上で混ざり合う。そこには、私の知らない色があった。
「なまえ。僕と一緒に月へ来てくれないか。君は、ダイヤモンドだ。
君の確かな実力と、豊富な知識が、僕には必要なんだ。」
無機質な白の眼差しで射抜かれたとたんに、私の時間が止まった気がした。ああ、フォスフォフィライト。
今そこに立つおまえは、一体何になったのだろう。
彼の言葉に従い、月の真実をこの目で確かめるべきか、はたまた、ここに残り、せめてフォスフォフィライトへは怒りが向かないようにと、皆を説得して回るべきだろうか。
唇を開こうとすると、喉が震えた。傷には強いはずの、傷付かないだけが取り柄のダイヤモンドの身体に、なぜだかヒビが入るのだ。
応えよう、フォスフォフィライト。終わりにしよう、ラピスラズリ。
「 」
私が彼にした返答は、自身の身体から響く悲鳴と重なり、掻き消された。崩れる視界の中に見える君は、果たして微笑んでいるのだろうか。それとも、どこか残念そうに俯いているのだろうか。
(次に目が覚めたときは、月かもな)
なまえは、胸の奥にそんな期待を隠して、喉元から頭、そして爪先まで、それは見事で綺麗な断面を残し、図書室の床へと崩れ落ちた。
初めて見る、滑らかで薄い膜のような白い服。
海に入っても取れなかったという、加工されたらしい白粉の肌。
凛とした深い青のラピスラズリの瞳は、右側だけになっている。
代わりに左眼を埋めているのは、見たところ真珠かなにかだろうか。
フォスフォフィライトが月からの帰還を果たしてから、数日が過ぎた。それからと言うもの、学校中が月の話題で持ちきりだ。そして、内勤組の何人かは、フォスの身につけていた月の品をこれでもかと調べ上げているようだ。
「オブシディアン。フォスの剣を貸してくれないか。」
例に漏れず、熱心にフォスと一緒に落ちてきた白い柄の大剣をぶんぶん振り回すオブシディアンに私はそう声を掛ける。
「あ、なまえ! いいよ〜、はい。」
「ありがとう、おっと…結構、重いなぁ…」
快く引き受けてくれた彼の手から、恐る恐る剣を手に取る。おそらくこちらでは採れない素材で作られたであろうそれは、抱えてみれば、身体に沈み込むようにずしりとした重さを感じた。
「でしょ〜?びっくりだよね!しかも、あのフォスがこんなの使ってるなんて…ダイヤ属のなまえでもずっしり来るんでしょ〜?」
真っ黒な刀身を抱えて、急な重量にふらついていると、オブシディアンがそう笑いかけてくる。確かに、腕を失う前のフォスフォフィライトではとても扱えないような重さの武器だ。最近ますますイレギュラーさに磨きがかかっている彼だが、やはり身体の構成が大きく変われば身体能力にも影響が出るらしい。まず、全く異なる種類の素材で身体を補えること自体がかなり稀なケースではあるのだが。
「…あいつ、変わったなあ…」
「そうだねぇ…あ、フォスで思い出したんだけど、さっきフォスがなまえのこと呼んでたよ!まだ図書室にいるかも…」
思い出したように、隣でオブシディアンが手を叩く。自分に何か用があるのか。特に今の彼に呼び出されるような心当たりは無いが、なにかしてしまったのだろうか。
図書室を目指して廊下を歩く途中、アレキサンドライトの部屋が目に入る。後ろ姿から察するに、いつも通りに彼は机に向かってレポートの紙束をチェックしているようだったが、いつもとは違う点がひとつだけあった。
「……点滅、してる」
普段ならすっきりとした空色のはずの彼の髪が、深く暗い赤色になったと思えば、まだ一瞬で元の空色に戻る。それを何回も、チカチカと繰り返しているのだ。
ハッキリ言えば、目の前のアレキサンドライトは、明らかに異常な状態に違いない。今居る宝石の中でも、かなり長い時間を過ごしてきた自分が初めてこの現象を確認したのだから、恐らく最近になって現れたものだ。
(アレキも、フォスから何か聞いたのか…?)
相棒が月人に攫われ、月人に関してはかなりの執着を見せる彼にとっては、フォスフォフィライトが掴んで持って来た、僅かで朧げな月の情報でさえも、月人を目にしたのと同等の、かなりの刺激になってしまっているのかもしれない。…あまり良いとは言えない状態だ。彼については今はそっとしておくしかないが、件のフォスフォフィライトには、きちんと言って聞かせるべきだろう。
(そうだ。呼び出されついでに私もあいつに話をしよう。)
コツコツと、白い廊下に自分の靴底の音だけが響く。その音が吸い込まれていく先に目を向けると、図書室への入り口と沢山の本棚が視界に映り込んでくる。目的地だ。
「フォス、居るか?」
「あ、なまえ!来てくれたんだね、ありがとう。やっぱりオブシディアンに伝言を頼んでおいて、正解だったみたいだ。」
室内に一歩踏み出して、呼び出し主の名前を呼べば、どこか懐かしい音を含んではいるものの、確かにフォスフォフィライトのものである声が代わりに戻ってくる。
少し嬉しそうにしてこちらへ駆け寄ってくるその姿は、実に「元」最年少の彼らしい。しかし、その上で揺れる知の青色に、同じような輝きを持つ右目をこの視界に捉えた瞬間、ぞわりと内側で何かが震えて、視界がぐらりと歪んだ気がした。端的に言えば、フォスフォフィライトを見た瞬間、軽い目眩を覚えたのだ。
(…う、情報量が多すぎる…)
「ど、どうしたの?大丈夫?こっちに座っていいよ?」
思わず眉間を指で押さえると、すぐにフォスフォフィライトが慌てた様子でそんな気遣いを見せてくれる。そんな彼の行動に私の喉から小さな笑い声が漏れ出した。優しいところは変わっていないのだ、と不覚にも安心してしまった。
「ふふ、そんなに心配しないでくれよ。大丈夫だから。」
私の返答にそう?と彼は納得したような、していないような声を上げる。それがなんだか可笑しくて、私がまた思わずクスリと声を漏らすと、彼は少し恥ずかしそうにこほん、とひとつ咳払いをする。そして、私に向き直ると、彼は一転して真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
途端に、辺り一面が暗くなる。クラゲたちが眠ってしまったのだろうか。2人の間を照らすのは、青白い月の光だけになった。
「…実は、なまえ。君に頼みたいことがあるんだ。」
そう言う彼の
もちろん、明るいうちは気付けなかった、やり過ぎなほど怪しく発光する左眼もそうなのだが、
普通に考えれば、実に不謹慎でタチの悪い冗談みたいなことである。
「…月に来てくれって、言うつもりか?」
彼が次に言うであろう内容を、私は先んじて、彼に向かって呟いた。
根は優しい彼のことだ。学校の皆に危害を加えるつもりはないのだろう。まさか、記憶喪失が事実であるとも考えずらい。そうなれば、アレキサンドライトの例があるように、少しずつ皆に月の情報を与えていく目的として考えられるのは、彼以外の宝石を月へと勧誘することだ。私以外の何人かも、きっと薄々彼の真意に気付き始めているはず。
フォスフォフィライトは、驚いたみたいに色の違う両目を見開くと、すぐにその目を伏せる。そして、困ったように眉をひそめ、乾いた苦笑いを浮かべた。
「…流石だね。君のその鋭さと勇敢さは、本当に頼りになる。そして、実に厄介だ。」
「フォス、お前は…月でなにを見てきたんだ。なぜ、私達が月に行く必要がある? 話してくれ。それを聞いてからじゃないと、判断は出来ない。」
出来る限りの強い言い方で、私は彼を問い正す。目の前のフォスフォフィライトもまた、強い意志を含んだ表情で、私の言葉に頷いた。
真っ直ぐにこちらを捉えるその瞳には、知性と月が宿っていた。
「僕が月で得た情報は、まず…先生についてだ。先生は…金剛は、かつてこの星に住んでいたにんげんの作り出した道具らしい。月人は金剛の修理を目的に、ここへ来ている。つまりは…」
「…全ての原因は、先生だと?」
彼から伝えられた情報を元に、私は考えたくない推測をひとつ口にした。それを聞いて、フォスフォフィライトも苦い顔でため息を吐く。
「うん。協力の意思がある僕に、月人が嘘をついているとは考えにくい。…信じがたいことだけど、現状をどうにかするには、先生にとって予想外の行動を僕らがとるしかない。」
「…なるほど。だから、月へ行くメンバーを探しているんだな。まさに、先生には予想外の行動ってわけだ。」
「…他にも、月には僕らの知らない技術があった。………月に攫われた宝石は、みんな砂になっていると伝えられた。月人の願いを叶えて交渉すれば、元に戻して貰えるかもしれない。」
不意に、フォスフォフィライトがそんなことを言った。月の、砂。攫われた仲間たちの行方だ。
言葉を紡ぐ彼の喉元には、小さな亀裂が何本も浮かんでいた。青色の粒と、薄荷色の粒が、肩に落ちて、白い膜の上で混ざり合う。そこには、私の知らない色があった。
「なまえ。僕と一緒に月へ来てくれないか。君は、ダイヤモンドだ。
君の確かな実力と、豊富な知識が、僕には必要なんだ。」
無機質な白の眼差しで射抜かれたとたんに、私の時間が止まった気がした。ああ、フォスフォフィライト。
今そこに立つおまえは、一体何になったのだろう。
彼の言葉に従い、月の真実をこの目で確かめるべきか、はたまた、ここに残り、せめてフォスフォフィライトへは怒りが向かないようにと、皆を説得して回るべきだろうか。
唇を開こうとすると、喉が震えた。傷には強いはずの、傷付かないだけが取り柄のダイヤモンドの身体に、なぜだかヒビが入るのだ。
応えよう、フォスフォフィライト。終わりにしよう、ラピスラズリ。
「 」
私が彼にした返答は、自身の身体から響く悲鳴と重なり、掻き消された。崩れる視界の中に見える君は、果たして微笑んでいるのだろうか。それとも、どこか残念そうに俯いているのだろうか。
(次に目が覚めたときは、月かもな)
なまえは、胸の奥にそんな期待を隠して、喉元から頭、そして爪先まで、それは見事で綺麗な断面を残し、図書室の床へと崩れ落ちた。