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宝石の国短編集

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とある春の日のこと。HRホームルームが終わり、教師が扉を開けて、廊下に出るのを見送った生徒たちは次々と席を立ち、彼らのくだらない話で満たされた教室は騒がしさを増している。

そして、私は次の授業に備えようと机の中を弄っているところである。1時限目は数学だったか。あのラピスとかいう先生怖いんだよなあ。何考えてるか分からないし。

必要なものを全て机上に用意し、授業中に指名されるか否かの確認も済ませた。日付と出席番号の関連付けで、恐らく今日は自分の番は来ないはずだ。

壁に掛かる時計を見れば、授業開始の5分前。短いようで意外と長いこの数分を持て余して、退屈しのぎに私は隣の席に目を向ける。
目に入ったのは、自分と同じ様に退屈そうに頬杖をつき、窓の外を眺めている青年だ。
しかし、生憎今日は1時限目を屋外で行うクラスも無いし、空もパッとしない、どんよりとした曇りだ。数週間前の、花の舞う様な春の陽気はどこにも無い。

「…今日も曇りだね。」

私は、そう隣の席の彼カンゴームくんに声をかけた。
学年が上がって、隣の席になってから1ヶ月、大した会話もしてこなかったが、せっかくだから彼との会話を試みてみよう。

「…それ、俺に言ってんの?」

数秒空けてから、彼はゆっくりこちらを振り向いて、気怠げな声でそう返してきた。彼の雪みたいに白い髪が、蛍光灯の光を浴びてちらりと反射光を返している。

自分の記憶の限りでは素行は問題無し、先輩たちにも気に入られている彼に、私もちょっと興味をそそられたので会話を続けることにする。コミュニケーションの定石通りにいくなら、やはり最初は天気の話が良いだろう。

「うん。…ところで、天気なら何がいちばん好き?」

「はあ?」

私の質問を受けて、何を言っているんだ、という感じで彼は眉をひそめたが、ため息を吐いてから少し考えるような素振りを見せて、口を開いた。

「……曇りだな。特に今日みたいなのが一番いい。」

「なんで?」

「なんでって……その方が練習が楽だからだ。」

いかにも面倒そうには振る舞うが、素直に質問に答えるところを見るに、彼は案外お人好しなのかもしれない。

彼が言う練習というのは、部活の練習のことだろう。1年の頃からバスケ部に所属していたはずだ。何度かバスケ部の練習風景を見たことがあるが、うちの高校のどの部活よりもキツそうに見えた。夏場、炎天下の中の走り込みなんて想像したくも無いし、私もそう言われると彼の意見には頷かざるを得ない。

「なるほどね。…私なら雨が良いかなあ。」

「ふーん…」

私の意見には特に興味は無いらしい。つまらなそうな声を零して、彼はまた灰色の空に向き直ってしまった。

「あ」

2人の間には、何事も無かったようにまた静寂が訪れるのかと思いきや、私が何も書かれていない黒板に視線を移すより早く、隣の席カンゴームくんから何やら小さく声があがった。

「やべぇ、数学の教科書忘れたんだった…」

どうやら彼はとんだ危機に直面しているらしい。しかも、自分の記憶が正しければ、例の「ラピス先生」は彼がかなり慕っている教師だったはず。大好きな先生の授業でこんな失敗をしていいのだろうか。

「…貸そうか?私ので良ければ。」

今までこんな事無かったと思うのだが、今日は天が自分に隣人との仲を深めよ、と言っているのだろうか。ならば、遠慮なく深めても良いのかもしれない。

「じゃあ、アンタはどうすんだよ。1冊しかないだろ。」

あくまでも個人の問題だと考えているのか、彼は私の提案にあまり乗り気ではないようで、私の机の上にある教科書をチラリと見てから、そう言った。


だが、その心配は無用である。

私は机の中から得意げにもう1冊、数学の教科書を取り出した。そして、予想外の展開に戸惑う彼に向かってそれを差し出した。

「はい。私は隣のクラスの子から借りてるヤツ使うから。カンゴームくんは私の使っていいよ。」

「お、おう。…ありがとな。」

ぎこちない動きで差し出された教科書を受け取ると、彼は控えめにこちらへ礼をしてから、恥ずかしそうにそう言った。

今までは、彼の退屈そうな横顔しか見たことが無かったが、彼のその言葉と、少し笑った口元を見て、私の心には、何とも言えない穏やかで、暖かいものがこみ上げた。

この曇り空もこの新たな友人を祝福してか、穏やかな桜色に染まっている気すらした。

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