心残りは春の空
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あの日、空条くんが登校してきてから、何事もなく1週間が過ぎた。隣の席では毎日質問の嵐が吹き荒れるものの、相変わらず、彼は何も答えようとしない。そろそろクラスメイトやファンの生徒も追及を諦める頃だろう。
「あ、みょうじさん、ついでにこのプリントを皆に配ってもらってもいい?」
「はい、分かりました。戻ったら配っておきます。」
そして、今日は8日目の朝だ。私は日直として連絡事項の確認のために、職員室を訪れていた。担任の小野先生に予定を訊くと、戻るついでに生徒へ配るようにと、彼からプリントの束を渡された。何の変哲も無い、ただの予定表だ。
「では、小野先生、私はこれで…」
「あ、みょうじさん。ちょっと待って。」
仕事を任されたのでさっさと教室へ向おうと、一礼してから職員室の扉に手を掛けたが、先生の声にすぐに止められてしまう。
「えっと、まだ何か…?」
思っていたより面倒くさそうな声が出てしまったが、気にせずにまた小野先生に向き直る。そんな私の様子を見てか、申し訳なさそうに眉を下げ、苦笑いで彼は話し出す。
「はは、別に用事とかじゃあ無いんだけどね。その…承太郎のことなんだけど…彼、元気かい?」
「承太郎…空条くんですか?はい、私の見ている範囲内では、特に以前と変わりは無いですよ。…まあ、皆からの質問攻撃には参っているかもしれませんが。」
先生からの問いかけに、件の彼のことを思い浮かべて、そう返す。恋人なわけでも無いし、単に学級委員として、訳ありな気がしている空条くんのことをこの1週間それとなく気にかけてはきたが、不良ぶってこそいるものの、(前から無銭飲食やら飲酒やらの噂もあるが、それは置いておく)授業にはそれなりに出席しているし、他校やらチンピラとの喧嘩以外で無意味な暴力なんかも振るっていない。そこは以前と変わらずだ。
「うん、なら良かった。いやぁ、先生達も彼に何があったのかは全く知らないんだけどね…。困った奴だが、悪い奴じゃあないのは知ってるだろう?みょうじさんも気にかけてやってくれて助かるよ。今後ともよろしく!」
「…え、ええ、良いですけど…じゃあ、失礼しました。」
それだけ話して、小野先生はひらひらと手を振るので、私は再び職員室の扉に手を掛ける。そのままガラリと開けて、廊下に一歩踏み出した。今度は制止する声は聴こえなかった。
にこやかな笑顔でああ言われたものだから、悪い気はしないのだが、面倒を押し付けられた気がするのはなぜだろう。
問題児としてなにかと教師間でも話題だった彼だが、先生たちもそれなりに心配はしているらしい。
少なくとも、あの担任教師はそうだろう。
(でも、やっぱり誰も欠席の理由は知らないのね…)
1人欠けた状態から元のクラスに戻って、このまま何事もなく卒業していく。それに越した事は無いし、私もそう望んでいるのだけれど、どうしてもこの事だけが私の心に引っ掛かった。
なぜ、高校の教師すらも空条くんが登校して来るまでの50日の空白の真実を知らないのだろう。
きっと、誰にも言えない理由があるからに違いない。
もし理由を知られたくないのだとしたら、それはやはり、部外者である私の知るところでは無い、という事である。それでも、私の隣に座る彼が何者か分からないまま卒業してしまう、というのは私の心に良くないものが残る気がするのだ。
「訊かないと」
相手にされないかもしれない。何を訊いても答えてくれないかもしれない。
それでも、私は彼を得体のしれないものにしたくない。隣の席の無愛想な男子生徒でいて欲しい。ただ、それだけだ。
少しだけ開いていた窓から、冷たい隙間風が吹く。静かな冬の匂いがした。
私はプリントを腕の中に抱え直し、教室への階段を一歩踏み出した。
「あ、みょうじさん、ついでにこのプリントを皆に配ってもらってもいい?」
「はい、分かりました。戻ったら配っておきます。」
そして、今日は8日目の朝だ。私は日直として連絡事項の確認のために、職員室を訪れていた。担任の小野先生に予定を訊くと、戻るついでに生徒へ配るようにと、彼からプリントの束を渡された。何の変哲も無い、ただの予定表だ。
「では、小野先生、私はこれで…」
「あ、みょうじさん。ちょっと待って。」
仕事を任されたのでさっさと教室へ向おうと、一礼してから職員室の扉に手を掛けたが、先生の声にすぐに止められてしまう。
「えっと、まだ何か…?」
思っていたより面倒くさそうな声が出てしまったが、気にせずにまた小野先生に向き直る。そんな私の様子を見てか、申し訳なさそうに眉を下げ、苦笑いで彼は話し出す。
「はは、別に用事とかじゃあ無いんだけどね。その…承太郎のことなんだけど…彼、元気かい?」
「承太郎…空条くんですか?はい、私の見ている範囲内では、特に以前と変わりは無いですよ。…まあ、皆からの質問攻撃には参っているかもしれませんが。」
先生からの問いかけに、件の彼のことを思い浮かべて、そう返す。恋人なわけでも無いし、単に学級委員として、訳ありな気がしている空条くんのことをこの1週間それとなく気にかけてはきたが、不良ぶってこそいるものの、(前から無銭飲食やら飲酒やらの噂もあるが、それは置いておく)授業にはそれなりに出席しているし、他校やらチンピラとの喧嘩以外で無意味な暴力なんかも振るっていない。そこは以前と変わらずだ。
「うん、なら良かった。いやぁ、先生達も彼に何があったのかは全く知らないんだけどね…。困った奴だが、悪い奴じゃあないのは知ってるだろう?みょうじさんも気にかけてやってくれて助かるよ。今後ともよろしく!」
「…え、ええ、良いですけど…じゃあ、失礼しました。」
それだけ話して、小野先生はひらひらと手を振るので、私は再び職員室の扉に手を掛ける。そのままガラリと開けて、廊下に一歩踏み出した。今度は制止する声は聴こえなかった。
にこやかな笑顔でああ言われたものだから、悪い気はしないのだが、面倒を押し付けられた気がするのはなぜだろう。
問題児としてなにかと教師間でも話題だった彼だが、先生たちもそれなりに心配はしているらしい。
少なくとも、あの担任教師はそうだろう。
(でも、やっぱり誰も欠席の理由は知らないのね…)
1人欠けた状態から元のクラスに戻って、このまま何事もなく卒業していく。それに越した事は無いし、私もそう望んでいるのだけれど、どうしてもこの事だけが私の心に引っ掛かった。
なぜ、高校の教師すらも空条くんが登校して来るまでの50日の空白の真実を知らないのだろう。
きっと、誰にも言えない理由があるからに違いない。
もし理由を知られたくないのだとしたら、それはやはり、部外者である私の知るところでは無い、という事である。それでも、私の隣に座る彼が何者か分からないまま卒業してしまう、というのは私の心に良くないものが残る気がするのだ。
「訊かないと」
相手にされないかもしれない。何を訊いても答えてくれないかもしれない。
それでも、私は彼を得体のしれないものにしたくない。隣の席の無愛想な男子生徒でいて欲しい。ただ、それだけだ。
少しだけ開いていた窓から、冷たい隙間風が吹く。静かな冬の匂いがした。
私はプリントを腕の中に抱え直し、教室への階段を一歩踏み出した。
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