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ー こんなことなら、出会わない方がずっとずっとマシだったわ!あんな男のコト、好きになるんじゃあなかったッ!!
心の中で、何度もその言葉を吐き続けながらなまえは、一面銀世界となった夜のネアポリスを、胸の内をぶちまける様に力いっぱい靴の踵を鳴らして歩いていた。お馴染みの天気予報士によると、今年は例年よりいくらか冷え込むと予想されていたが、なまえは気にも留めていなかった。むしろ、寒くなってもらう方が恋人の家に理由をつけて遊びに行けるのだからありがたかった。(まあ、それもさっきまでの話なのだが。)
くだらないことで、彼氏と大喧嘩した。しかも、別れ話まで切り出されたとなってはとてもとても、冷静になんかなれっこない。
「もういいよ…お前みたいなオンナ、こっちから願い下げだ!」
あの時のあいつの顔が、すっかり自分の脳裏に焼き付いてしまったみたいだ。
「……あんなに言わなくてもいいじゃあないのよ。…少なくとも私は好きだったのに。」
とにかく、あんなヤツのことは一刻も早く忘れてしまいたい。こんな寒空の下に、女性をひとりで家から締め出すような男なんだから。結婚なんかを申し込む前に、それが分かって心底安心できたじゃあないの。ああ、早く家に帰りたい!
いつもの数倍早足で、なまえは帰路についた。身に染みるようなこの寒さも、住宅街から漏れる光も、路地裏の暗闇も、どんどん早まっていく足音も、全てが自分の盛大で惨めな失恋を笑っているみたいで、とにかく気分は最悪だった。
ー とにかく、家に帰れば解決すると思っていたのに。
「…ない、ないないないッ!……無いッ!?」
ー 鞄の中にあるはずの家の鍵が、無かった。
大方、落としてきたか忘れてきたかのどちらかなのは分かっている。鍵の在り処も検討は付いているが、なまえにとってはそれこそ最悪の選択に他ならないだろう。「元」彼氏の自宅だ。鍵はそこにある。だが、絶対に行きたくは無い。なにせ口論の勢いに任せて、一発顔に平手打ちをかましてしまったものだから、なおさら今戻ったらどんな顔されるか分かったものじゃない。スペアキーも生憎、自宅の戸棚の中にしまってある。鍵のかかったドアや窓以外に通れる場所といったら、もう場所も手段も限られている。
(もういっそ、庭の石で窓割って入ろうかしら。)
あんな場所に行くくらいなら、真夜中の騒音騒ぎで隣人夫婦に通報されるほうが何倍もマシだ。そう思ったなまえが、手に取った石を自宅の窓を目掛けて振り下ろそうとしたその瞬間。
「…オイオイ、強盗か?住人が寝てるにしたって、その位置からじゃあ一瞬でバレるぜ。」
なまえの背後から聞き覚えのない若い男の声が響いた。…仮に自分がそうだったとして、そんな危ない女に堂々と声をかけられるなんてどう考えてもマトモな奴なワケがない。その、どこか心配すらしているような声色がなまえの''絶賛脳内土砂降り中''の神経を余計に逆立たせる。
「ンなワケないでしょ…!ココは私の家よぉッ!…誰だか知りませんけど、放っておいてください!」
とにかく家に入って、今すぐ誰かに泣きつきたい気分ではあるが、電話出来ても頼もしい友人たちは夢の中だろうし、全く知らない人間の前で泣き出すのも恥ずかしい。でもやっぱり泣きそうになりながらなまえは精一杯の強がりと共に後ろを振り返った。
後ろに立っていたのは、真っ黒な髪で白いスーツを着た、予想通りの若い男だ。なまえの、今にも泣き出しそうな表情に気付いたのか、男は小さくため息を吐いてから口を開いた。
「…じゃあ、なんでアンタはこんなとこで泣いてるんだ?今夜は冷えるんだぜ。さっさと上がればいいんじゃあないか。自分ちなんだろ?」
この男の言う通り、さっさと家に上がれたらどんなに楽だっただろうか。こんな時間に出歩く女性への親切のつもりなのか知らないが、とにかく放っておいて欲しい。…それとも、本気で自分のことを心配しているつもりなのだろうか。
「……家の鍵が無いんです。ついさっき別れた男の家に落としてきたみたいで…だから、この窓から入ろうとしてたんです。」
(笑いたきゃ笑えばいいわ。どうせ、これ以外に方法は無いんだから。)
この現状を口に出して説明すると、更に惨めな気持ちが加速していく。自分はなんて馬鹿なことをしているのだろう。
「なるほどな、じゃあ…俺がアンタをこの家に入れれば解決って訳か。いいぜ、なんとかしてやるよ。」
その話を黙って聞いていた男はそう言うと、真っ直ぐになまえの家に近付いていく。
(まさか、あんたこそこの家をどうにかするつもりじゃあ無いでしょうね。)
なまえがそう疑わしげな視線を向けると、男はそっとこちらを振り返ってニヤリと口角を上げた。
「おっと、もちろんこの家を傷付けるような事はしない。…ただ、ほんの少しの間、目を瞑ってもらうだけでいいんだ。」
「…分かったわ、貴方を信用する。目を開けなければいいのね。」
なまえには男の真意は分からなかったが、少しも泳ぐことなくこちらを捉える視線から少なくとも騙すつもりは無い、ということだけは伝わってきた。
(でも、変な人ね。どうしてそこまでするのかしら。)
心の中でそう首を傾げつつもなまえは言われた通り、目を閉じて視界を閉ざす。…これで本当に家に帰れるといいな。何も問題が起こらないことを願うばかりだ。
「よし、もういいぞ。目を開けてくれ。」
背後からの男の声の通りになまえは目をそっと開けた。
最初に視界へ入ったのは、いつもの自宅の玄関だ。今朝と変わらず棚のそばには「元」彼氏から送られた薔薇が一輪飾られている。一体何が起きたというのだろう。自分はどこから中に入ったのだろうか。どんな手段を使ったのか男に尋ねようと、なまえは声のした場所、つまり家の外に顔を向けた。
ー しかし、そこに例の男の姿は無かった。
(…あら、もう行っちゃったのかしら。)
どうせなら、名前くらい訊いておけば良かった、と少し残念には思いはするが、偶然にも家の前を通りかかったのが、あのお人好し男であったことを別段信心深い訳でも無いが、今は神に感謝しよう。今夜はゆっくり眠って、この深い深い失恋の傷を癒すことをなまえは決意したのだった。
心の中で、何度もその言葉を吐き続けながらなまえは、一面銀世界となった夜のネアポリスを、胸の内をぶちまける様に力いっぱい靴の踵を鳴らして歩いていた。お馴染みの天気予報士によると、今年は例年よりいくらか冷え込むと予想されていたが、なまえは気にも留めていなかった。むしろ、寒くなってもらう方が恋人の家に理由をつけて遊びに行けるのだからありがたかった。(まあ、それもさっきまでの話なのだが。)
くだらないことで、彼氏と大喧嘩した。しかも、別れ話まで切り出されたとなってはとてもとても、冷静になんかなれっこない。
「もういいよ…お前みたいなオンナ、こっちから願い下げだ!」
あの時のあいつの顔が、すっかり自分の脳裏に焼き付いてしまったみたいだ。
「……あんなに言わなくてもいいじゃあないのよ。…少なくとも私は好きだったのに。」
とにかく、あんなヤツのことは一刻も早く忘れてしまいたい。こんな寒空の下に、女性をひとりで家から締め出すような男なんだから。結婚なんかを申し込む前に、それが分かって心底安心できたじゃあないの。ああ、早く家に帰りたい!
いつもの数倍早足で、なまえは帰路についた。身に染みるようなこの寒さも、住宅街から漏れる光も、路地裏の暗闇も、どんどん早まっていく足音も、全てが自分の盛大で惨めな失恋を笑っているみたいで、とにかく気分は最悪だった。
ー とにかく、家に帰れば解決すると思っていたのに。
「…ない、ないないないッ!……無いッ!?」
ー 鞄の中にあるはずの家の鍵が、無かった。
大方、落としてきたか忘れてきたかのどちらかなのは分かっている。鍵の在り処も検討は付いているが、なまえにとってはそれこそ最悪の選択に他ならないだろう。「元」彼氏の自宅だ。鍵はそこにある。だが、絶対に行きたくは無い。なにせ口論の勢いに任せて、一発顔に平手打ちをかましてしまったものだから、なおさら今戻ったらどんな顔されるか分かったものじゃない。スペアキーも生憎、自宅の戸棚の中にしまってある。鍵のかかったドアや窓以外に通れる場所といったら、もう場所も手段も限られている。
(もういっそ、庭の石で窓割って入ろうかしら。)
あんな場所に行くくらいなら、真夜中の騒音騒ぎで隣人夫婦に通報されるほうが何倍もマシだ。そう思ったなまえが、手に取った石を自宅の窓を目掛けて振り下ろそうとしたその瞬間。
「…オイオイ、強盗か?住人が寝てるにしたって、その位置からじゃあ一瞬でバレるぜ。」
なまえの背後から聞き覚えのない若い男の声が響いた。…仮に自分がそうだったとして、そんな危ない女に堂々と声をかけられるなんてどう考えてもマトモな奴なワケがない。その、どこか心配すらしているような声色がなまえの''絶賛脳内土砂降り中''の神経を余計に逆立たせる。
「ンなワケないでしょ…!ココは私の家よぉッ!…誰だか知りませんけど、放っておいてください!」
とにかく家に入って、今すぐ誰かに泣きつきたい気分ではあるが、電話出来ても頼もしい友人たちは夢の中だろうし、全く知らない人間の前で泣き出すのも恥ずかしい。でもやっぱり泣きそうになりながらなまえは精一杯の強がりと共に後ろを振り返った。
後ろに立っていたのは、真っ黒な髪で白いスーツを着た、予想通りの若い男だ。なまえの、今にも泣き出しそうな表情に気付いたのか、男は小さくため息を吐いてから口を開いた。
「…じゃあ、なんでアンタはこんなとこで泣いてるんだ?今夜は冷えるんだぜ。さっさと上がればいいんじゃあないか。自分ちなんだろ?」
この男の言う通り、さっさと家に上がれたらどんなに楽だっただろうか。こんな時間に出歩く女性への親切のつもりなのか知らないが、とにかく放っておいて欲しい。…それとも、本気で自分のことを心配しているつもりなのだろうか。
「……家の鍵が無いんです。ついさっき別れた男の家に落としてきたみたいで…だから、この窓から入ろうとしてたんです。」
(笑いたきゃ笑えばいいわ。どうせ、これ以外に方法は無いんだから。)
この現状を口に出して説明すると、更に惨めな気持ちが加速していく。自分はなんて馬鹿なことをしているのだろう。
「なるほどな、じゃあ…俺がアンタをこの家に入れれば解決って訳か。いいぜ、なんとかしてやるよ。」
その話を黙って聞いていた男はそう言うと、真っ直ぐになまえの家に近付いていく。
(まさか、あんたこそこの家をどうにかするつもりじゃあ無いでしょうね。)
なまえがそう疑わしげな視線を向けると、男はそっとこちらを振り返ってニヤリと口角を上げた。
「おっと、もちろんこの家を傷付けるような事はしない。…ただ、ほんの少しの間、目を瞑ってもらうだけでいいんだ。」
「…分かったわ、貴方を信用する。目を開けなければいいのね。」
なまえには男の真意は分からなかったが、少しも泳ぐことなくこちらを捉える視線から少なくとも騙すつもりは無い、ということだけは伝わってきた。
(でも、変な人ね。どうしてそこまでするのかしら。)
心の中でそう首を傾げつつもなまえは言われた通り、目を閉じて視界を閉ざす。…これで本当に家に帰れるといいな。何も問題が起こらないことを願うばかりだ。
「よし、もういいぞ。目を開けてくれ。」
背後からの男の声の通りになまえは目をそっと開けた。
最初に視界へ入ったのは、いつもの自宅の玄関だ。今朝と変わらず棚のそばには「元」彼氏から送られた薔薇が一輪飾られている。一体何が起きたというのだろう。自分はどこから中に入ったのだろうか。どんな手段を使ったのか男に尋ねようと、なまえは声のした場所、つまり家の外に顔を向けた。
ー しかし、そこに例の男の姿は無かった。
(…あら、もう行っちゃったのかしら。)
どうせなら、名前くらい訊いておけば良かった、と少し残念には思いはするが、偶然にも家の前を通りかかったのが、あのお人好し男であったことを別段信心深い訳でも無いが、今は神に感謝しよう。今夜はゆっくり眠って、この深い深い失恋の傷を癒すことをなまえは決意したのだった。
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