夕暮れに笑う刃

茜色に染まる空の下、柳はいつも通りの帰り道を歩いていた。人気の少ない通りに差し掛かったとき、背後に人の気配を感じる。振り返ると、あの男が立っていた。

ゆるくウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、軽薄な笑みを浮かべた青年。目が合うと、彼はにっこりと笑った。

「やあ、また会ったね」

***

二週間前、柳は「超能力者になれる」と噂される薬物の正体を追い、製造者のアジトに潜入した。だが、そこで目にしたのは首を切られて絶命した男と、目の前にいるこの殺し屋だけだった。その後、薬の流通は途絶えたが、真相は闇の中に消えた。

「警戒しなくていいよ。危害を加えるつもりはないからさ」
気付けば殺し屋はすぐ隣にいた。仕方ないので、そのまま並んで歩く。

「そうでしょうね。あなたがその気なら、僕はもっと早く殺されていたはずです。」
そしてにこやかな表情を作り、まるで親しい友を相手にするような調子で問いかけた。

「それで、何の用でしょう?」

「知りたい事があるのさ。君はこの街の都市伝説を知っているかな?」

「……都市伝説?」

「そう、路地裏で囁かれる"姿なき処刑人"の話。この街で悪事を働いた者は何者かに消される。でも、誰もそいつの顔を見た事がない……それって君のことだろ?」

柳の表情に困惑の色が浮かぶ。

「人違いでは?僕は噂になるようなことは何もしてませんよ。」

「そりゃそうだろう。だって不良達の噂話を盛りまくってばら撒いたのはこの僕なんだから!」

殺し屋は楽しげに笑う。

「実際、君は薬の出所を追いながら服用者を何人も粛清していた。火のないところに煙は立たず、ってね」

「そういうことですか」

柳はため息をついた。

「噂が広まれば売上が落ちる。それを恐れたドラッグの卸元が僕を始末しようとして貴方を雇った。しかし貴方は既に別の勢力に雇われていた、自分たちの縄張りで勝手に商売する不届者を排除するために」

「大正解!」殺し屋は頷いた。

そして得意げにピースサインを作ってみせる。

「僕はうまいこと標的の懐に入り込んで、ミッションコンプリート!」

「…あの、勝手に人を都市伝説にしないで下さい。困ります。」

「えー、かっこよくない?」

殺し屋は肩をすくめると、足を止めた。

「話が逸れたな。僕が知りたいのは、動機だよ。ただの高校生の君がどうしてこんなことを?」

夕暮れの中に2人の視線が交差する。
柳は静かに答えた。

「放っておけなかったからです。あの薬は確かに能力を目覚めさせたかもしれません。しかし不完全な力は暴走し、無関係な人々を傷つける。それが許せなかった」

殺し屋は拍子抜けしたように目を見開く。

「え、それだけ? もっとこう… 密かに思いを寄せていた幼馴染が誘拐されたとか、愛する家族を殺され復讐を誓ったとか…そういう面白エピソードはないの?」

「ありません。放っておけないから行動する、それが僕の性分です。」

人気のない住宅街に笑い声が響く。
殺し屋は腹を抱えて笑っていた。

「あははっ、君ってやっぱり面白いな! うん、我慢できなくなってきた。やろうぜ、この間の続き」

軽口とは裏腹に、その瞳には猛禽の鋭さが宿っていた。今、逃げれば追われる。自分はともかく、祖母を巻き込むわけにはいかない。

……ならば。

「その誘い、お受けしましょう」

柳の言葉に殺し屋の目が輝いた。
「いいねぇ! じゃあ、場所を変えようか」

逃げ道はない。柳は覚悟を決めた。
しかし同時に、胸の奥で否定できない高揚を感じていた。

事件が解決し、街には平穏が戻った。正直言って少し、退屈していたのだ——。

***

人気のない廃ビルに着くと、殺し屋は愉快そうに口笛を吹きながら内部へと足を踏み入れた。崩れかけた階段を登り、適当な広間で足を止めた。

「ここなら誰にも邪魔されないな」

 そう言いながら、殺し屋はポケットからカランビットナイフを取り出し、指先で回して見せる。
 
柳も袖口に仕込んでいた特殊警棒を構えた。
瞬間、体が自然と戦闘態勢へと切り替わる。

「さあ、続きをやろうか、ヒーローくん」

 殺し屋の笑みがより一層深まった。

(一瞬で終わらせる…)

柳は能力で光を歪ませながら、影のように音もなく懐へと踏み込む。警棒でナイフを叩き落とそうとした——だが、その攻撃は殺し屋の刃に弾かれる。

「む?目の前にいるのに違う方向から攻撃が来るとは面妖な。やっぱり君って能力者?」

柳は後方に跳躍して殺し屋と距離を取る。

「あなたこそ、その動物じみた反射神経…本当に非能力者ですか?」

「勘はいい方なんだ」

そこからは一進一退の攻防が続いた。
柳の警棒はリーチに優れるが、殺し屋の動きは円、間合いに入っても絡め取られるだけだ。

「ほらほら、どうした?」

殺し屋の動きには一切の迷いがない。隙を見せれば即、命を奪われる。
そう、これは殺し合いなのだ。
アドレナリンが全身を駆け巡る。柳は、自分がこの緊張感に酔っていることに気づいた。

「いい殺意だ、好きだぜ少年!」

殺し屋が嗤う。

守勢に回るのは趣味じゃない。しかし無計画に突っ込むのは愚策。
卑怯だろうと、あらゆる手を行使して隙を作るのが柳のやり方だ。
ガラスが外された廃ビルの窓からは強い西日が差し込んでいる。
柳はその光を『曲げ』て開の視界に反射させた。

「うわ、眩しっ!」

強烈な光に殺し屋の注意が逸れる。その一瞬をついて、柳は一気に距離を詰め、殺し屋の右腕を掴んだ。

「捕まえた」

「捕まえたのは、こっちもだよ♪」

殺し屋の左袖が僅かに揺れたその刹那、柳の喉元に細身のナイフが当てられていた。
硬く冷たい刃の先端に、死の感触があった。

「二刀流…だったんですね」

「僕だって隠し武器くらいは持ってるさ。まさか使うとは思わなかったけど。少年ってば、まぁまぁ強いから本気出しちゃった。」

殺し屋はナイフをゆっくりと喉元から離した。

「殺さないんですか?」

「だーかーらー、僕は君と遊びたいだけなんだって。今日はデートの予定だったんだけど、ドタキャンされちゃってさぁ、暇だったんだよね。おかげで楽しい休日になったよ。ありがと」

こちらは命懸けだったのに、向こうにとってはただの暇つぶしだったらしい。
やはりこの男とは、決定的に価値観が異なる。柳は内心ため息を吐いた。

「でも、これで分かったでしょう?僕は弱いんです。あなたが興味を持つような存在ではありません」

柳は呟くように言った。

そう、柳は弱い。生まれつき体格に恵まれているわけでも、運動神経にすぐれているわけでもない。叔父のように強大な能力も持っていない。
強さを追い求めて必死に努力してきたが、まだまだ未熟な自分だ。

「大丈夫、君はもっと強くなるさ」
殺し屋の声が、ふいに優しげになる。

「だからまた、遊ぼうぜ!」

「それはお断りします」

「ええ〜、そんなこと言わないでよぉ」

「いい大人が高校生と遊びたいなんて、恥ずかしくないんですか?」

「グハッ、厳しい!」

——また来るから覚悟しててね。
最後まで人の話を聞かないまま、殺し屋はひらひらと手を振り、去って行った。


誰もいなくなった空間を睨みながら、柳は心に誓った。

次こそ、勝つ。

1/1ページ