青天白日奇跡を晒せ

 しんとした部屋に響く、秒針の音と二つの機械の稼働音。飾られたバラを挟んで腰掛けるVOCALOIDたち。

「そのままではちょっと可哀想だから」と花瓶やら水やらを用意したKAITOは、咲き誇るそれを愛おしげに眺めている。一方の神威がくぽは、壁に架けられた時計をちらちらと気にしていた。


 マスターが家を飛び出してから二時間と十一分四秒。少し前に一件のテキストメッセージが届いた、のはいいのだが。

「……マスターは何を考えているのだろうな」
「まさか、造花探しに隣町の雑貨屋まで行くとはね……」

 理想の一品を見つけられなかったマスターは、勝手にささやかな旅路を延長してしまったようで。

「歌の練習とかしてみる?」
「必要なかろう。未熟なのも成長するのも結局は人間である故な」

 取り残された彼らはただただ無為に宙やインターネットや花瓶の柄を交互に眺めている。白い陶器に点々と色付けられた水玉は計六三。何度数え直しても変わることはない。


「KAITO、やけにその花を気に入っているな」

 数分の沈黙の後、ふと神威がくぽが話の糸口を探り出す。視線の先には相変わらずバラに眺めふけるKAITO。

「だってほら、『青』だからね。僕のイメージカラーと同じ色の花なんて素敵じゃない?」
「それはそうなのだがな」

 当人とその手のものを何度か見比べて。暫し逡巡した挙句、遠慮がちに神威がくぽはその言葉を口にした。

「…………紫、ではないか?」
「青だよ!?」

 愕然とするKAITOは悲しげに、しかし優しく花瓶を引き寄せる。渡さないぞと威圧を込めて抱え込み。

「これをキーアイテムにするのはあくまで僕なんだからね、いくら君のイメージカラーの紫が青に近いからって譲らないからね」
「否、よく見たまえ。これは青ではなく紫だ」
「違うよ、青だよ、どこからどう見ても青だよ」
「お前は青信号も本当に青色をしていると考えるタイプのVOCALOIDか?」

 もっと心の目でよく見てよ、と今度は逆に花瓶を押し付けてきたKAITOに、どうせVOCALOIDに心なんて無いだろうと神威がくぽは内心眉を顰め。それを言ったら人間だって本当に心に目があるわけじゃないし、と反論を喰らう。

「要はね、気持ちの問題だから。人間が描いた青写真に向けて積み重ねてきた努力の結晶なんだよ? もう紛うことなき青そのものだよ……!」
「だがその気持ちとやらは果たして本物と言えるのか?」
「あのさ〜〜!」

 何やら面倒なスイッチを押してしまったようだと思いつつ、当分は暇を潰せるかもしれない、と神威がくぽは余計なことを考え始めるのだった。





 が、彼の熱弁も永久に続くわけではなく。一頻りの議論を終えてしまった後は元の手持ち無沙汰に逆戻り。相変わらずマスターが帰宅する気配は皆無で、二者はとうとう雑学披露会に勤しみ始めた。

 そう、雑学披露会である。一周回ってもうなんでも面白く感じる状態に至ってしまった彼らが笑顔を絶やすことはない。彼らを止めるものもない。

「バラの異名を聞いたことは?」
「そうび、だよね」
「それもだが、『ゆききさほ花』なるものもある」
「なにそれ〜」

 けらけらと笑い合って、攻守交代。

「あ、じゃあさ、知ってる? 青バラの花言葉」
「『不可能』ではなかったか」
「実現しちゃって変わったらしいよ。『夢かなう』『奇跡』だってさ」
「奇跡、なぁ」

 にこにこと微笑むKAITOをぼんやり見ていた神威がくぽが、ふと何かを思い出したように端末を取り出す。動画サイトを開き、表示されたのは数日前に彼らが歌唱したとある一曲。初投稿の頃と比べれば上達を見せる動画には、近頃好意的なコメントも寄せられるようになってきた。

「見たまえ、『ここで現代の奇跡が起きてる』だとさ。光栄ではないか」
「ほんとだ、嬉しいね」

 ありがとう、とコメントの高評価ボタンを押して。でも、とKAITOは苦笑いとともにぽつり。

「僕は『奇跡』って言葉、あまり好きじゃないんだけどね」
「おや、そうなのか」

 やや意外そうに反応した神威がくぽに、彼はオフレコでと念押しして話を始める。


「なんて言うかさ。マスターと、動画に関わってくれた人達と、あと一応僕らの努力の結果ではあるわけだし。それをこう、超自然的な、ラッキーみたいに言われるのって微妙な気がしない?」
「否、特には」
「神威ってそういうとこあるよね〜!」

 突っ伏したKAITOは不満げにぐちぐちと呟いている。神って言われるのも気にならないタイプだよね、君。実際そうであるからな、と事も無げに言い放たれて、名前だけじゃんと言い返す。

「素直に喜んでおきたまえよ。人間は己が理解し得ぬものを、人智を超えた存在と見做すほかない生物なのだから」
「いや、そんなに嫌ってほどでもないんだけどさ……言わんとしてることはわかるし」

 マスターも『よくわからないけどなんかいい感じに出来た』とか時々言ってるし、と微妙に外れたフォローを入れて。

「ま、そういうのってきっと皆それぞれにあるだろうね。神威もあれでしょ、『頑張ったから褒めて』って言えないタイプでしょ」
「努力と結果が比例しているとは限らんだろう」
「普通は頑張ったねって褒められたら喜ぶものだよ」

 マスターはどうであろうな、と神威がくぽはもう一人の同居人に思いを馳せる。多分だけどね、とKAITOは前置きして。
「……褒められるなら何でもいいタイプじゃないかなぁ」
「ああ……」

 目を閉じて、しみじみ頷いたところで。


 かちゃ、がちゃり。
「ただいまー」
 ばたん。

 ようやく、不在の札が裏返る。





「見てくださいこれ。片道二時間半かけて辿り着いた雑貨屋にて発見した、完璧で究極の青バラです」

 流石に百円では無理でしたが、とマスターが机に置いたのは、なるほど確かに美しい造花であった。一見本物の花のようにも見えるが、なにより鮮やかな深い青が目を惹く。これならば小道具としてもうってつけだろう。
 しげしげと眺めていたKAITOが、なんだかさ、とふいに神威がくぽに話を振る。

「……本物じゃない、だからこそ、本物以上の『完璧』を求められる。造花って、まるでVOCALOIDぼくらみたいじゃない?」
「成程な。それに永遠に枯れることはなく、あくまで人間のために造られたものである」
「確かにね。ま、そのうち埃被って色褪せたり風化したりはするかもだけど」

 彼らが興じている会話の内容が気になったらしく、鞄を片付けたマスターが寄って来た。端末に表示されたままであった動画に目を留め、慌てて二度見する。
「……え、ちょっとこれ、凄くないですか」

 指差した先には数字の羅列。再生回数七七七七回、高評価数七七件、コメント七件。
 これは、中々に類稀な。


「「「奇跡だ……」」」


 揃った言葉に、思わずハッピーアイスクリームと呟いて。流石に古いんじゃないかと追随した二つの笑い声に、KAITOはマフラーで照れ臭そうに口元を覆った。
2/2ページ
スキ