青天白日奇跡を晒せ

「——だ、」


 騙された。と、うっすら青みがかったバラを手に嘆くマスターを眺めながら。KAITOは親身になって慰めてやるべきか、それとも笑って励ましてやるべきか決めあぐねていた。


 状況判断に困っているのではない。KAITOは優秀なVOCALOIDであり、同時に優秀なアンドロイドでもある。故に、彼の有する記憶——記録装置も同様に優秀であり、必要な情報は全て理解していた。

 マスターが次曲のMV撮影のために、青いバラを欲しがっていたこと。先日、インターネットで造花を注文したと嬉し気に報告してきたこと。注文履歴には遺伝子組み換えで作られた、生花の青バラの名があったこと。そして悲しき予定調和、現在マスターが棘を避けつつ摘んでいるのは、瑞々しくも淡い色合いの紛うことなき本物の花であること。

 そう、つまりは詐欺でも何でもなく、単なる自業自得。ご愁傷様。


——などと、そっくりそのまま伝える訳にもいかず。かと言って、これを放置するほどの勇気も持ち合わせていない。兎にも角にも気遣いの欠片くらいは示しておこう、とKAITOは歩み寄り口を開き、

「あの、マスター。その……残念だけど、今回のことは、」
「マスター! また大ポカをやらかしたらしいな! 全く、何処まで哀れな存在なんだ貴様は!」

 長い髪を揺らして駆けつけてきた壮絶な笑みの神威がくぽに、全て台無しにされた。





「いや、気付いてたなら言ってくれても良かったのでは……?」

 あれからやいのやいのやんややんや、口論を繰り広げて宥めて煽って再燃して七分と二十三秒。ようやく落ち着いたらしきマスターが改めて恨み言を零したその口元から、KAITOはそっと目を逸らす。そのまま声量を下げて、人間で言うところの小声で。

「……造花より本物の注文サイト探す方がよっぽど難しそうだし、敢えてなのかな、って」
「そんな訳ないでしょう。生花なんてすぐ枯れるし、色のインパクト弱いし、しかも棘まで刺さるんですよ」
「我らには刺さりも痛みもしないがな」
人間こっちは痛いんです、あと塗装剥げても困りますし」

 繰り返すようだが彼らはとても優秀な存在であるため、植物の棘ごときで傷つくようなことはない。とは言え、それはそれだしこれはこれ。


「あ、でもマスター。ちょっと見てほしいものが」

 マスターの心を癒すべく有力な情報を探していたKAITOの端末に、一つの情報がヒットする。どれどれ、と覗き込む三者。

「ほら。百均にね、似たような造花があるんだって」
「なるほど? こちらの方がコスパも断然良いではないか」
「……先に知りたかったですね、これ……」

 頭を抱えたマスターは、しかし迅速に近所の百円ショップの場所を調べ始める。どうやらここから徒歩十数分のデパート、その六階に組み込まれているらしい。これぞ都会住みの特権と胸を撫で下ろし、早速財布を放り込んだ鞄を用意して。さっと上着を羽織り、靴の踵を鳴らし。


「それじゃ、留守番頼みましたよ」
「あ、でもマスター……」


 ばたん、がちゃり。戸締まり確認。軽快に遠ざかっていく足音に、KAITOは切なくも伸ばしかけた手を引っ込めた。仕方なく隣の神威がくぽに目で訴えかけ、視線に気が付きこちらを向いた彼に先程とは別の画面を見せる。

「……ねぇ神威。これ、さっきの造花の口コミなんだけどさ」
「なになに……『写真と実物の色合いがかなり違います、青というより紫に近いかも』」
「マスターに教えてあげた方がいいかな」

 間に合うと良いんだけど、とそのまま画面を操作して電話をかけ始める。虚しく響くコール音、三十五回目で諦めて通話終了。再びのアイコンタクト、やはり諦観の込もった青い瞳が四つ。

「別に構わんだろう。奴が勝手に飛び出したのだ、放っておきたまえ」
「本当に大丈夫かなぁ……」

 青息吐息、何度目かの溜め息が机上に残された青いバラに届いた。
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