神か霊か妖か

「不毛すぎる、さっさと終えたまえ」
「いいえ、これを聞いたらあなたの考えも百八十度変わるでしょう。そう、八尺様の口癖をね……!」

 威光ある印籠のようにスマホを掲げ、マスターは勝ち誇った笑みを浮かべる。渋々ながらにそれを目で追って、考え込んだのも束の間、

「……いくら名前に含まれているからと言えども、我が『ぽ』と連呼することはないぞ」
「そ、そんなぁー!」

 無事勝利を収めた神威がくぽであった。





「だって『ぽ』ですよ『ぽ』、こんな特異な文字が被ることって滅多にないですよ」
「ではマスターは暇さえあればたぁたぁたぁたぁと口走るのか?」
「ちょっと待ってください、『マスター』が本名だと思ってるんですか?」

 およそソフトウェアとは思えぬほど生温い笑みを見せた神威がくぽだが、ふと怪訝そうな顔立ちに切り替わる。

「なぁ、マスター。何か聞こえぬか」
「その手には乗らな……本当ですね、何やら声みたいなもの、が……?」

 徐々に迫り来る奇怪な物音に、耳を澄ませる二者。生身の人間の声と考えるには、少なからず不自然な響きを含むような——。

『……』
『……ぽ、』
『ぽぽぽ』
『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』

 壁向こうからちらりと覗く、白い袖。





「うわーーー!?」
「?!」

 どんがらがっしゃん、椅子から転げ落ちたマスターは、横でフリーズに陥った神威がくぽを気に掛けつつ、けれどもなんとかその声の主を判別しようとして振り返り、


「ままままますたたたたたー、だだだだいじょじょうぶですかかかかか」
「……レイ、さん?」

 何やら異常に振動している足立レイと目が合った。







「どうやら道で転んだ拍子に誤作動が起きてしまったようでして。取り敢えず帰宅したところで、人工存在仲間のがくぽさんに助けを求めようと呼び掛けたのですが」
「ああ、それであんなことに」

 エラーを解消してすっかり落ち着いた足立レイの説明に、恐怖の余韻でまだ少し震えているマスターはようやく納得の表情を浮かべる。同じくエラーを吐いていた神威がくぽのCPUも、どうやら正常な動作を再開したらしい。

「ま、元より人ならざる妖など居らぬとは思っていたさ」
「がくぽさん、その割には随分驚いていたようですが」
「あなた方も人ではないくせにー?」
「我、そこまで責められるような事を言ったか……?」

 冗談ですよと慰めたマスターは、次いで瞳に悪戯っぽい光を湛え。

「ここには神威レイも居るんですから、妖異の一匹や二匹怖くないでしょう?」



「……全く、合成音声に何を期待しているのですか」
「やはり神社の位置は把握しておくに限るな」

 呆れたような眼差しの嵐に晒されて、ただの人間は誤魔化すようにへらりと笑った。
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