神か霊か妖か

「神威がくぽって、八尺様なのではないかと思うのですよ」
「マスター、お祓いに行きたまえ」

 なにやらスマートフォンを眺めていたマスターが唐突に顔を上げたと思えば、この発言であった。日夜終わらぬ作業に疲れたか、はたまた怪しげなものに憑かれたか。天を仰いでは近場の神社を検索し始めた神威がくぽを、当の発言者が慌てて止める。

「妄言じゃないんです、真剣に言っているんです」
「尚更問題であろうが」
「まあまあ、聞いてくださいよ」

 とにかく話だけでもと言いくるめられる形で、彼はマスターが指し示す画面を覗き込んだ。都市伝説についての、いわばまとめサイトのようなそのページには、八尺様の特徴がいくつか挙げられている。

「まずはなんと言ってもこの高身長ですね!」
「MMDモデルやアクリルスタンドのことを言っておられる?」
「イラストでも割と高めで描かれること多くないですか」
「あれはポニーテールも含めての高さであってなぁ、それに公式な設定でもなかろう」

 いまだ腑に落ちない表情の神威がくぽ、だがマスターも単にこれだけの理由で先の主張を立てたのではない。畳み掛けるように第二第三の要素を告げていく。

「でも、ほら、見てください。『人間とも機械ともつかぬ声』、『声色を自由に変える能力』で人々を魅了すると。まさしく合成音声そのものでは?」
「完全に否定もできぬが、それは他の合成音声われらの前では言わぬが吉だぞ」

 妖異なぞと並べられるのも何やら癪でな、と不満げに零す。その声を、マスターが勝手にパラメータを弄りケロケロと変化させていく。無言で睨まれているのに気付いたようで。

「……とまあ、こんな風にですね」
「ナニカイイノコスコトハ?」
「VOCALOIDごときが人間様の調声に文句つけようだなんて百年早いんですよー!」
「ヨロシイ、ソノクビモライウケル」

 片やマウスを握りしめて離さないマスター、片や腰に佩いた美振をすらりと抜き放つ神威がくぽ。両者構えて、いざ。





——という訳にもいかず、閑話休題。

「しかしな、マスター。八尺様とやら、白いワンピースの大女であるらしいが。どうも我には似合わぬのでは?」

 元の声に戻って疑問を投げかける彼に、しかしマスターはめげないしょげない諦めない。

「性別なんてそれこそ声を弄ればどうにでもなるでしょう、亜種だって居ることですし。あと髪長いから誤魔化せそうだし」
「亜種というからには神威がくぽと異なる存在ではないのか」
「細かいことは置いておきましょう。白ワンピだって……ほら、なんか白くてひらひらしてるという点では、袴だって同じに見えなくもないような……」
「流石に無理があるだろう」

 つれないなぁと嘆くマスター、訳のわからぬ物言いに付き合わされて嘆きたいのはこちらの方だと言いたげな神威がくぽ。そろそろ同居人の足立レイも帰って来る頃だろうから、と席を立ちかけて、しかしまたも引き留められる。


「待ってください、まだ話は終わっていませんよ」
1/2ページ
スキ