いたづら

「誠に、誠にすまなかった」
「いいですよ、噛威さん。そんな怒ってませんから」
「怒っておるではないか……」

 再びの正座タイム。彼が感じている足の痺れはデータへの負荷か、それともマスターの威圧感によるものか。

「と、冗談は置いておきまして。本当にそこまで怒っているわけではないんですよ。今日は少し『いいこと』を聞いてきたので」
「それは一体?」

 よくぞ聞いてくれました、とスクリーンに向けてマスターは説明を開始する。どうやら、世間には彼のように噛み癖を持つ合成音声存在が一定数居るらしい。

「ところであなた達って、やっぱり『声』がメインじゃないですか。それで、普段から無意識に喉とか口周辺を守った行動をしてるらしくて」

 大事な部分を傷つけることがないよう、通常は得体の知れない物を口元に近づけるわけがない。そう、得体の知れない物ならば。

「……成程、つまり?」
「信頼している人に対して、猫が急所であるお腹を見せたりするでしょう。あれと同じで、大切な物を口に含んではつい噛んじゃう事例があるとのことです」

 データは基本バックアップがあるので壊してしまうことへの忌避感も薄いんでしょうねと、マスターは締め括る。対する神威がくぽは、何気ない癖のメカニズムを解説されたことにやや気恥ずかしさを覚えていた。今まで彼が噛み割ってきたデータが全て譜面や調声にまつわるものであったのも、そういうことなのだろう。





「しかし、壊れたデータにあなたの曲があるのは分かりますが、足立さんとのデュエット曲もそれなりにありましたよね……あなた達、結構仲良しだったんですね」

 何やら嬉しそうにしているマスターを傍目に、ふと足立レイのことを思い浮かべる。
 本来避けるのが上手い筈なのに、何故か事あるごとに髪を踏んでいく彼女。歌うことと同様、歩くことを重んじている彼女にとって、足とはかなり重要な器官の筈で。彼の髪も、多少の痛みを覚えることすらあれど傷み劣化するようなことはほぼ無いに等しい。
 なるほど。どうやら、この髪に対する彼女の思い入れはそれなりに深いらしい。

「ですが、失われることがないとは言ってもそんなに推奨される行為ではありませんので……少しは直す努力をしてくださいね」
「ああ、全くの同感であるな」
「本当に分かってます?」





 マスターに訝しげな目を向けられつつ、煌びやかなヘアスタイルを揺らして神威がくぽはどこか楽しげに頷くのだった。
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