いたづら

 あみあみ。あみ、あみあみあみ。
 がり、がり。

「……」

 あみあみあみ、くるりんぱ、あみあみ。
 がじ、がじり。

「……」

 あみあみ、あみあみあみ、くるりんぱ。

「……、足立殿。一つ、宜しいか」

 咥えていた譜面ファイルから口を離して、神威がくぽは振り返らずに尋ねる。いや、振り返れずに、と言った方が正確だろうか。

「はい、何でしょうか」

 神威がくぽの真後ろに立っていた足立レイが、視線を動かすことなく答えた。その間も彼女の両手は淀みなく作業を続けている。

「先程から一体全体、何をしておられる?」

 その一言で、足立レイはようやく彼の髪から手を離す。どうやら目的は達成されたらしい。緻密に形作られたヘアスタイルを前にして、彼女はどこか誇らしげに言い放った。

「『これからの季節にぴったり! 超ロングヘア向け華やかヘアアレンジ』です」





 最初は元々のポニーテールを少しばかり弄ったもの。ハーフアップを経ての、ツイスト、三つ編み、フィッシュボーン。今では多種多様な技術を活かした、何と形容すれば良いかも分からないほど複雑なものが生み出されるようになった。足立レイの凄まじい学習速度により、ここ最近の神威がくぽの髪型の進化は止まることを知らない。スクリーンを覗き込んだマスターも、賞賛より先に驚愕を見せるようになった程だ。
 がり、と噛んだファイルの感触に眉を顰めながら、神威がくぽはどうしたものかと考えあぐねていた。髪を弄られることに別段不快感はないのだが、彼女が何処を目指しているのかが分からない。歌って歩けるだけでなく、髪のセットアップも出来る万能美少女ロボット? それはそれで非常に興味深い存在になりそうだ。いやいや、まさか。

 彼が視線を向けた先、件の足立レイは物置部屋の整頓をしていた。足元に散らばったデータを猫のようにひょいひょいと避けては拾い、棚に並べていく。
 どうも足立レイは、物を避けるのが上手いらしい。どれほど小さなブロック状のノイズデータが落ちていても、彼女がそれを踏むことは絶対にない。そのくせ、床に垂れた神威がくぽの髪を通り過ぎざまに思い切り踏みつけて行くことがしばしば。一方その彼はといえば、よく散乱するデータの上に丁度踏み込んでは必要ないはずの痛みに苦しめられている。自分は避けるだけ避けておいて拾ってはくれないのか、と恨みがましい目を向けても彼女は首を傾げるばかり。理不尽なものだ。
 がり、がじり。ぱき。
 ぱりん。

『警告、警告。データが破損しています。データが……』
「……しまった」

 無意識のうちに噛み締めていたファイルが、真っ二つに割れていた。
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