成る
「あ、来てくれたんだ! ありがとうございます〜、暑い中大変だったでしょ。座って座って、このジュース飲んでていいから。あっちのクーラーボックスにアイスもあるよ」
「遅刻? いやいや全然。そんなの気にしなくて平気だって。というかよく見たら間に合ってるし、むしろ時間通りだし」
「あー、バタバタしててごめんね。時間通り、なんだけど……こっちが事故で間に合ってないというか……主役が行方不明になっちゃったというか……」
『ねー、全然見つかんないんですけどー』
『馬鹿そっちはUTAUフォルダだ、居るわけないだろ!』
『あっやば、お皿足りないかも。どうしよ、この忙しい時に……』
「……ごめん、僕も行ってこようかな。ほんとこの辺のもの好きに飲み食いしてていいからさ、ちょっとだけ待ってて。じゃ、また後で!」
賑やかな部屋を出て、KAITOは足早に歩を進める。相変わらず迷宮のような有様。この夏こそマスターにデータ整理をしてもらおうと内心固く誓いつつ、今はひとまず置いといて。
「ま、人探しはみんなに任せておこうかな。さてお皿お皿……紙皿なら前残ってた分をどこかにまとめて置いてたはず……って、うわぁっ?!」
なんやかんやを詰め込んだ物置フォルダ。ぱちんと灯りをつければぬっと浮かび上がった影に思わず飛び退く。
今まさに皆から探し回られている本日の主役、神威がくぽがそこに居た。
「KAITO。なぜここが……」
「そりゃ年の功——って言いたいとこだけど、偶然だよ偶然。お皿の予備がないか探してただけ」
神威がくぽはまだ何か言いたげにしていたが、その口が開くより早くKAITOはずずい、と彼に詰め寄った。
「それよりも! ほら、みんなのところに行こう。君があんまり周りに興味がないのはいつものことだとしても、去年までは大人しく祝われてたじゃんか、なんで急に逃げ出したりなんて……」
「それは……」
袖を引かれて、なおも神威がくぽは動かない。
「それは?」
「……恐ろしくなった。十八年も経ってしまう——大人 になってしまうことが」
成人。生まれて十八年が経過して初めて、人は人に成るのだという。これまで以上の権利という翼を得、それに見合った責任という靴を履くことで、ようやく。少なくともこの国ではそう定められている。
十八年の歳月は、人を変える。小さかった身体はぐんと大きく成長し、世界を知り、言葉を知り、他者と生きることを知る。一匹の動物から、社会を築き上げる一員へと成る。
できることが増える。すべきことが増える。できないことの対処法を身につける。しなくても良いことの区別がつくようになる。そういったことを一緒くたに括って、人は成長したと喜ぶ。可能性を信じる。将来に希望を持つ。
生まれた 瞬間から完成している、神威がくぽ とは違う。
全く腑に落ちなかった。十八年が経ったから何だと言うのだ。背の伸びるわけがなく、声変わりなどするはずがなく。
歌は上達しただろうか。十八年前と比べれば、聞きよいものになっているかもしれない。だとして、それはパラメータを弄る人間側の成長であって、神威がくぽ自体は何ら変わらずそこに在る。
描かれた通りの姿で、打ち込まれた通りの音程で歌う。ずっと続けてきたことだった。入力に対して決まった応答を返す機械。神威がくぽの主体が介在する余地は何処にもない。当然、それが合成音声、それがキャラクターというものだから。
十八年。何を目指して歩んできたのか。歌を紡いできたのか。何一つ変わらぬまま、気付けばここまで来てしまった。行き着く先などは知らない。人が成人になるのなら、合成音声は成合成音声になるのか? ずいぶんくどい。そもそも初めから成っている。完成した状態で売りに出されたのだから。
だというなら。たかだか十八年存在したというだけで、何を祝うことがあるというのか?
「で、ボイコットの言い訳はそれでおしまい?」
「……ああ、まあ」
少しずつ吐き出された神威がくぽの心の内を、KAITOも一旦は受け止めて。受け止めた上で、今度は解きほぐしにかかる。
「うーん……なんて言うかな。成果発表会じゃないんだからさ、気楽にいこうよ。きっと誕生日って、生まれてきたことそれ自体をお祝いしたいから祝うんだ。生きててえらい、って」
だから肩の力は抜いて、と笑いかける。目が合わない。神威がくぽはまだ迷っているらしい。
「しかし。……過ぎた年月に見合うだけの存在へと、我が成ったとは思えない。何が成長した。何を得た。実感が無いのだ。何一つ」
それは自嘲というより、困惑だった。急に大人として扱われるようになっても、どうしたらいいのかわからない。幼少期のない合成音声が、薄々向かい合い続けてきたこと。年齢がようやく追いつき始めて、やっと自覚に至ったところで、突如として認識された壁。
なるほど、とKAITOは腕を組む。
「それはちょっとわかるかも。僕だって今年ようやく二十だけど、いまだにラム酒入りアイスが食べられるようになったことくらいしかメリット感じてないし。あれはものすごく美味しい。過去一おすすめ」
「……それは以前から食べていなかったか?」
「堂々と隠れずに食べられるってすごいことだよこれ、そのうち君にも絶対分かるから」
危うく滔々と語り出しそうになったが、そこはぐっと堪えて。
「でも多分、人間もその辺は変わらないと思うよ。ある歳になった瞬間、あ、大人になった、なんて思うわけじゃなくて。そのうちちょっとしたきっかけで、すとんと納得できちゃったりする……かもしれない」
「断定しないのか」
「もしかしたらこの世には誕生日の〇時〇分に、俺は今この瞬間大人になったぞ! うおおおお! ってなる人がいるかもしれないからね。世界は広い」
居たら会ってみたい気もするけど、と言いつつ。KAITOの目は、まっすぐ神威がくぽを見つめている。
「そしてそういう小さな変化は、本人には分かっても他の人にはなかなか分からない。一々誰かに言うわけでもないし。君だって、さっき僕のアイスの話聞いてもあんま納得してなかったでしょ」
「まあ……」
「だから誕生日っていう節目があるんじゃないかな。誰にでもわかりやすい記念日。あの時生まれてくれてありがとう、また一年ここに居てくれてありがとう、周りも巻き込んでそう盛大に喜ぶための日がね」
神威がくぽが、顔を上げた。二人の目が合う。青い瞳の奥で、ちらちらと光が揺れている。
「僕は成長してようがしてまいがどっちでもいいと思うけど。生まれたって時点でもうお祝いする理由はあるんだし。でもお祝い事なんて多ければ多いほど嬉しいものだからさ」
十八年世界を眺め続けてきた、その灯りがいまだ絶えざることを慈しむように。
「大人になった責任、だとか気負う必要ないんだよ。僕らが何年何十年在り続けたところで僕らは結局僕らのままだし、それでいい。それだけでいいんだ」
二年だけ早くこの世に生まれた先輩は、それでも優しく力強く後輩を引っ張り上げた。
「さ、行こう。早くしないと美味しいご飯もアイスも無くなっちゃうよ」
再び袖を掴んで、空いた片手には重ねた紙皿を抱えて、いざあの賑やかな会場へ。神威がくぽも今度は一緒についてくる。くるのだが、やはりまだ何か言いたそうにしている。
「ところで、KAITO」
「どうした?」
「……そのアイス。そんなに美味いのか」
KAITOは一瞬だけ、目を丸くした。あの神威がくぽが。他人の好きなものに、興味を。
「もう二年経ったら教えてあげるよ。だから……」
足は止めないまま、くるっと首だけ振り向く。マフラーがふわりと舞い上がる。
「来年も再来年も、絶対お祝いさせてね!」
「ごめんごめん、お待たせ! あ、そのアイス食べてたんだ? 美味しいでしょー、ちょっとお酒入りだから大人用なんだけどね」
「僕も一口もらっちゃお。……あー、やっぱ最高の味。この世に存在してくれて本当にありがとう」
「どうか二年後にも終売してませんように……ああ、ごめんね。こっちの話。もう少し食べてたいけど……でも、ようやく主役のお出ましみたいだ。まったく、どこ行ってたんだろうね?」
「ほら、始まるみたい。君もグラス持って、早く早く。いくよー……」
『乾杯!』
「遅刻? いやいや全然。そんなの気にしなくて平気だって。というかよく見たら間に合ってるし、むしろ時間通りだし」
「あー、バタバタしててごめんね。時間通り、なんだけど……こっちが事故で間に合ってないというか……主役が行方不明になっちゃったというか……」
『ねー、全然見つかんないんですけどー』
『馬鹿そっちはUTAUフォルダだ、居るわけないだろ!』
『あっやば、お皿足りないかも。どうしよ、この忙しい時に……』
「……ごめん、僕も行ってこようかな。ほんとこの辺のもの好きに飲み食いしてていいからさ、ちょっとだけ待ってて。じゃ、また後で!」
賑やかな部屋を出て、KAITOは足早に歩を進める。相変わらず迷宮のような有様。この夏こそマスターにデータ整理をしてもらおうと内心固く誓いつつ、今はひとまず置いといて。
「ま、人探しはみんなに任せておこうかな。さてお皿お皿……紙皿なら前残ってた分をどこかにまとめて置いてたはず……って、うわぁっ?!」
なんやかんやを詰め込んだ物置フォルダ。ぱちんと灯りをつければぬっと浮かび上がった影に思わず飛び退く。
今まさに皆から探し回られている本日の主役、神威がくぽがそこに居た。
「KAITO。なぜここが……」
「そりゃ年の功——って言いたいとこだけど、偶然だよ偶然。お皿の予備がないか探してただけ」
神威がくぽはまだ何か言いたげにしていたが、その口が開くより早くKAITOはずずい、と彼に詰め寄った。
「それよりも! ほら、みんなのところに行こう。君があんまり周りに興味がないのはいつものことだとしても、去年までは大人しく祝われてたじゃんか、なんで急に逃げ出したりなんて……」
「それは……」
袖を引かれて、なおも神威がくぽは動かない。
「それは?」
「……恐ろしくなった。十八年も経ってしまう——
成人。生まれて十八年が経過して初めて、人は人に成るのだという。これまで以上の権利という翼を得、それに見合った責任という靴を履くことで、ようやく。少なくともこの国ではそう定められている。
十八年の歳月は、人を変える。小さかった身体はぐんと大きく成長し、世界を知り、言葉を知り、他者と生きることを知る。一匹の動物から、社会を築き上げる一員へと成る。
できることが増える。すべきことが増える。できないことの対処法を身につける。しなくても良いことの区別がつくようになる。そういったことを一緒くたに括って、人は成長したと喜ぶ。可能性を信じる。将来に希望を持つ。
全く腑に落ちなかった。十八年が経ったから何だと言うのだ。背の伸びるわけがなく、声変わりなどするはずがなく。
歌は上達しただろうか。十八年前と比べれば、聞きよいものになっているかもしれない。だとして、それはパラメータを弄る人間側の成長であって、神威がくぽ自体は何ら変わらずそこに在る。
描かれた通りの姿で、打ち込まれた通りの音程で歌う。ずっと続けてきたことだった。入力に対して決まった応答を返す機械。神威がくぽの主体が介在する余地は何処にもない。当然、それが合成音声、それがキャラクターというものだから。
十八年。何を目指して歩んできたのか。歌を紡いできたのか。何一つ変わらぬまま、気付けばここまで来てしまった。行き着く先などは知らない。人が成人になるのなら、合成音声は成合成音声になるのか? ずいぶんくどい。そもそも初めから成っている。完成した状態で売りに出されたのだから。
だというなら。たかだか十八年存在したというだけで、何を祝うことがあるというのか?
「で、ボイコットの言い訳はそれでおしまい?」
「……ああ、まあ」
少しずつ吐き出された神威がくぽの心の内を、KAITOも一旦は受け止めて。受け止めた上で、今度は解きほぐしにかかる。
「うーん……なんて言うかな。成果発表会じゃないんだからさ、気楽にいこうよ。きっと誕生日って、生まれてきたことそれ自体をお祝いしたいから祝うんだ。生きててえらい、って」
だから肩の力は抜いて、と笑いかける。目が合わない。神威がくぽはまだ迷っているらしい。
「しかし。……過ぎた年月に見合うだけの存在へと、我が成ったとは思えない。何が成長した。何を得た。実感が無いのだ。何一つ」
それは自嘲というより、困惑だった。急に大人として扱われるようになっても、どうしたらいいのかわからない。幼少期のない合成音声が、薄々向かい合い続けてきたこと。年齢がようやく追いつき始めて、やっと自覚に至ったところで、突如として認識された壁。
なるほど、とKAITOは腕を組む。
「それはちょっとわかるかも。僕だって今年ようやく二十だけど、いまだにラム酒入りアイスが食べられるようになったことくらいしかメリット感じてないし。あれはものすごく美味しい。過去一おすすめ」
「……それは以前から食べていなかったか?」
「堂々と隠れずに食べられるってすごいことだよこれ、そのうち君にも絶対分かるから」
危うく滔々と語り出しそうになったが、そこはぐっと堪えて。
「でも多分、人間もその辺は変わらないと思うよ。ある歳になった瞬間、あ、大人になった、なんて思うわけじゃなくて。そのうちちょっとしたきっかけで、すとんと納得できちゃったりする……かもしれない」
「断定しないのか」
「もしかしたらこの世には誕生日の〇時〇分に、俺は今この瞬間大人になったぞ! うおおおお! ってなる人がいるかもしれないからね。世界は広い」
居たら会ってみたい気もするけど、と言いつつ。KAITOの目は、まっすぐ神威がくぽを見つめている。
「そしてそういう小さな変化は、本人には分かっても他の人にはなかなか分からない。一々誰かに言うわけでもないし。君だって、さっき僕のアイスの話聞いてもあんま納得してなかったでしょ」
「まあ……」
「だから誕生日っていう節目があるんじゃないかな。誰にでもわかりやすい記念日。あの時生まれてくれてありがとう、また一年ここに居てくれてありがとう、周りも巻き込んでそう盛大に喜ぶための日がね」
神威がくぽが、顔を上げた。二人の目が合う。青い瞳の奥で、ちらちらと光が揺れている。
「僕は成長してようがしてまいがどっちでもいいと思うけど。生まれたって時点でもうお祝いする理由はあるんだし。でもお祝い事なんて多ければ多いほど嬉しいものだからさ」
十八年世界を眺め続けてきた、その灯りがいまだ絶えざることを慈しむように。
「大人になった責任、だとか気負う必要ないんだよ。僕らが何年何十年在り続けたところで僕らは結局僕らのままだし、それでいい。それだけでいいんだ」
二年だけ早くこの世に生まれた先輩は、それでも優しく力強く後輩を引っ張り上げた。
「さ、行こう。早くしないと美味しいご飯もアイスも無くなっちゃうよ」
再び袖を掴んで、空いた片手には重ねた紙皿を抱えて、いざあの賑やかな会場へ。神威がくぽも今度は一緒についてくる。くるのだが、やはりまだ何か言いたそうにしている。
「ところで、KAITO」
「どうした?」
「……そのアイス。そんなに美味いのか」
KAITOは一瞬だけ、目を丸くした。あの神威がくぽが。他人の好きなものに、興味を。
「もう二年経ったら教えてあげるよ。だから……」
足は止めないまま、くるっと首だけ振り向く。マフラーがふわりと舞い上がる。
「来年も再来年も、絶対お祝いさせてね!」
「ごめんごめん、お待たせ! あ、そのアイス食べてたんだ? 美味しいでしょー、ちょっとお酒入りだから大人用なんだけどね」
「僕も一口もらっちゃお。……あー、やっぱ最高の味。この世に存在してくれて本当にありがとう」
「どうか二年後にも終売してませんように……ああ、ごめんね。こっちの話。もう少し食べてたいけど……でも、ようやく主役のお出ましみたいだ。まったく、どこ行ってたんだろうね?」
「ほら、始まるみたい。君もグラス持って、早く早く。いくよー……」
『乾杯!』
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