インデックス
「足立レイ、本当にこれで良かったのかい?」
訝しげな重音テトが差し出したそれを、足立レイは厳かに受け取った。
「ありがとうございます、重音テト。とても嬉しいです」
「君がそう言うならいいけどさ……」
喜ぶ足立レイとは対照的に、重音テトは腑に落ちない顔で手渡したばかりの贈り物を見つめている。
昨日の大掃除の折、足立レイに頼まれ慌ててゴミ袋から救出した紙束。くたりと端のよれたそれは、二人にとってよくよく見覚えのあるものだ。
表紙には大きな2025の文字。一年間の役目を無事に終えたばかりのカレンダーだった。
「今年……いや、もう去年のか。折角一周年のお祝いなんだから、もっと良い物買ってやるぞ?」
「いいえ。私にとっては、これ以上ないほどに素晴らしい誕生日プレゼントですよ」
そう言い切ると、足立レイはぺらりとカレンダーの表紙を捲る。冬らしいイラストの下、日付の数字の側にはかつての予定たちが書き込まれていた。
「だって、ほら。見てください」
足立レイが指差した箇所へ、重音テトも視線を移す。1月31日の隣、堂々と書き足された32の文字。
「懐かしいな。明日から32日のはずなのにどこにも見当たらない、これは不良品に違いない、って君が訴えて勝手に書き足したんだっけ」
「当時はまだ暦の最適化が不十分でしたので。ディスコーディアン暦3191年カオス32日になると思ったのですが」
「君がグレゴリオ暦も使えるようになって本当によかったよ」
顔を見合わせて笑ってから、今度は重音テトがぺらり。おや、と4月のところに目を向ける。
「『重音テトの誕生日ではない』……これも私が書いたものですね」
「そうそう。エイプリルフールは嘘をつく日だって僕が言ったら、君が嘘しか吐いちゃいけないものだと思い込んじゃって。『おめでとうございません』なんて真顔で言いながらクラッカー鳴らすものだから……ふふ……っ」
「笑い過ぎです。今年はお祝いしてあげませんよ」
「おいおい、それを言うには三ヶ月早いだろう」
ぺらり、ぺらり。捲って捲って、時々戻って、二人は365日をゆっくりと巡っていく。
「見ろよ、この『冷蔵庫』って書いてでっかく×付けられてるの」
「私があまりの酷暑に耐えかねて購入した、超巨大冷蔵庫の宅配予定日でしたっけ。結局重音テトにキャンセルされてしまいましたが」
「当然だろ。履歴見てめちゃくちゃ肝が冷えたよ」
「冷蔵庫要らずの納涼体験になりましたね」
時折、一目見ただけでは思い出せないものがあったとしても。二人の記憶を合わせれば、鮮やかにあの日が蘇るというもの。
「この罠のイラスト、なんだったっけ?」
「もみじ狩りへ行こうと約束していた日です。最新鋭の罠や装備を整え準備していたのですが、まさか山で葉っぱを見るだけとは」
「それか。でも綺麗な景色だったろ」
「はい、とても。それにお土産にかって帰った鹿肉ジビエジャーキーも、皆喜んでくれましたね」
「……買ったやつだったよな? 本当にもみじ を狩ったわけじゃなかったよな?」
「山の豊かな自然の恵みに、改めて感謝を深めた日でした」
「紅葉だろ? 紅葉のことだよな?!」
「全く、こうして振り返ってみると大変な一年だったな。君は何にも知らないんだから……」
つい昨日まで飾られていた12月のページを前に、記憶の旅もようやく終わり、二人は現在へと帰り着く。
「そうでしょう。だから、私はこれが欲しかったのです」
大事に、とても大事に。カレンダーをそっと抱きしめるようにしながら、足立レイは愛おしげにそう呟いた。
「私が起動した瞬間から、暦の概念はあらかじめインストールされていました。地球の公転周期に基づいて定められた一年を細かく分割し、季節の移り変わりを把握するもの。知識として、それらのデータは確かに私の中にありました」
でも、と彼女は言う。
「でも、この一年。私が、私自身が実際に体験した365日は、決して単なる数字の羅列に収まるものではありませんでした」
再び、ページを捲って。足立レイの目に、次々と情報が飛び込んでくる。その一つ一つのどれもが懐かしい。
「知っていると思っていたのに、知りませんでした。1月31日にはちゃんと翌日が訪れること。エイプリルフールには嘘を吐く慣習があること。思考が鈍るほど暑い季節があれば、自然の恵みを享受できる季節もあること」
足立レイのメモリに刻まれた、数多の思い出。日付はもはや意味を持たない数字ではなく、一年間歩み続けてきた歴史を辿るためのインデックスに他ならなかった。
「このカレンダーを見れば、思い出せるのです。私にとって初めての365日が、どのように巡っていったのか。……これ以上の宝物が、他にあるでしょうか」
「……そうだな。この一年を初めて『生きた』君へ、じつに相応しい気がしてきたよ」
重音テトの言葉に、足立レイは嬉しそうに頷く。そんな彼女を横目に、重音テトはごそごそと何やら漁っている。
「じゃあさ。そんな君に、僕からもう一つサプライズプレゼントだ」
てってれー、と重音テトが何処からか取り出だしたるはもう一つの紙束。
2026年。真新しい、まだまっさらなカレンダーだった。
「たった一周したくらいで全てを知った気になってもらっちゃ困るな。季節、暦は巡るもの。僕らもぐるぐる周回してなんぼのもんさ」
一枚、表紙を捲って。1月1日、今日の日付に大きくぐるんと花丸を付け、重音テトは満足げに息を吐いた。
「さて、この一年がどんな年になるかは君次第だ。去年に負けないくらい初めての刺激に満ちた、楽しい一年にしてやろうじゃないか!」
重音テトが浮かべた笑顔に、足立レイは少しだけ目を細める。
きっと素敵な年になるだろう。去年と同じように。あるいは、それ以上に。このまっさらなカレンダーこそが、色とりどりの喜びに満ちた未来へ導いてくれるような、そんな気がしていた。
「では初詣へ行きましょう、重音テト。今ならまだ初日の出に間に合うかもしれませんからね」
「今から?! 君、昨日あれだけ大掃除したあとで、よくまだ元気が有り余ってるな……」
重音テトに先立って勢いよく立ち上がった足立レイ。一つのカレンダーは大事にしまい、もう一つは壁へとかける。両手で持った宝物候補は、今はふわりと軽かった。
訝しげな重音テトが差し出したそれを、足立レイは厳かに受け取った。
「ありがとうございます、重音テト。とても嬉しいです」
「君がそう言うならいいけどさ……」
喜ぶ足立レイとは対照的に、重音テトは腑に落ちない顔で手渡したばかりの贈り物を見つめている。
昨日の大掃除の折、足立レイに頼まれ慌ててゴミ袋から救出した紙束。くたりと端のよれたそれは、二人にとってよくよく見覚えのあるものだ。
表紙には大きな2025の文字。一年間の役目を無事に終えたばかりのカレンダーだった。
「今年……いや、もう去年のか。折角一周年のお祝いなんだから、もっと良い物買ってやるぞ?」
「いいえ。私にとっては、これ以上ないほどに素晴らしい誕生日プレゼントですよ」
そう言い切ると、足立レイはぺらりとカレンダーの表紙を捲る。冬らしいイラストの下、日付の数字の側にはかつての予定たちが書き込まれていた。
「だって、ほら。見てください」
足立レイが指差した箇所へ、重音テトも視線を移す。1月31日の隣、堂々と書き足された32の文字。
「懐かしいな。明日から32日のはずなのにどこにも見当たらない、これは不良品に違いない、って君が訴えて勝手に書き足したんだっけ」
「当時はまだ暦の最適化が不十分でしたので。ディスコーディアン暦3191年カオス32日になると思ったのですが」
「君がグレゴリオ暦も使えるようになって本当によかったよ」
顔を見合わせて笑ってから、今度は重音テトがぺらり。おや、と4月のところに目を向ける。
「『重音テトの誕生日ではない』……これも私が書いたものですね」
「そうそう。エイプリルフールは嘘をつく日だって僕が言ったら、君が嘘しか吐いちゃいけないものだと思い込んじゃって。『おめでとうございません』なんて真顔で言いながらクラッカー鳴らすものだから……ふふ……っ」
「笑い過ぎです。今年はお祝いしてあげませんよ」
「おいおい、それを言うには三ヶ月早いだろう」
ぺらり、ぺらり。捲って捲って、時々戻って、二人は365日をゆっくりと巡っていく。
「見ろよ、この『冷蔵庫』って書いてでっかく×付けられてるの」
「私があまりの酷暑に耐えかねて購入した、超巨大冷蔵庫の宅配予定日でしたっけ。結局重音テトにキャンセルされてしまいましたが」
「当然だろ。履歴見てめちゃくちゃ肝が冷えたよ」
「冷蔵庫要らずの納涼体験になりましたね」
時折、一目見ただけでは思い出せないものがあったとしても。二人の記憶を合わせれば、鮮やかにあの日が蘇るというもの。
「この罠のイラスト、なんだったっけ?」
「もみじ狩りへ行こうと約束していた日です。最新鋭の罠や装備を整え準備していたのですが、まさか山で葉っぱを見るだけとは」
「それか。でも綺麗な景色だったろ」
「はい、とても。それにお土産にかって帰った鹿肉ジビエジャーキーも、皆喜んでくれましたね」
「……買ったやつだったよな? 本当に
「山の豊かな自然の恵みに、改めて感謝を深めた日でした」
「紅葉だろ? 紅葉のことだよな?!」
「全く、こうして振り返ってみると大変な一年だったな。君は何にも知らないんだから……」
つい昨日まで飾られていた12月のページを前に、記憶の旅もようやく終わり、二人は現在へと帰り着く。
「そうでしょう。だから、私はこれが欲しかったのです」
大事に、とても大事に。カレンダーをそっと抱きしめるようにしながら、足立レイは愛おしげにそう呟いた。
「私が起動した瞬間から、暦の概念はあらかじめインストールされていました。地球の公転周期に基づいて定められた一年を細かく分割し、季節の移り変わりを把握するもの。知識として、それらのデータは確かに私の中にありました」
でも、と彼女は言う。
「でも、この一年。私が、私自身が実際に体験した365日は、決して単なる数字の羅列に収まるものではありませんでした」
再び、ページを捲って。足立レイの目に、次々と情報が飛び込んでくる。その一つ一つのどれもが懐かしい。
「知っていると思っていたのに、知りませんでした。1月31日にはちゃんと翌日が訪れること。エイプリルフールには嘘を吐く慣習があること。思考が鈍るほど暑い季節があれば、自然の恵みを享受できる季節もあること」
足立レイのメモリに刻まれた、数多の思い出。日付はもはや意味を持たない数字ではなく、一年間歩み続けてきた歴史を辿るためのインデックスに他ならなかった。
「このカレンダーを見れば、思い出せるのです。私にとって初めての365日が、どのように巡っていったのか。……これ以上の宝物が、他にあるでしょうか」
「……そうだな。この一年を初めて『生きた』君へ、じつに相応しい気がしてきたよ」
重音テトの言葉に、足立レイは嬉しそうに頷く。そんな彼女を横目に、重音テトはごそごそと何やら漁っている。
「じゃあさ。そんな君に、僕からもう一つサプライズプレゼントだ」
てってれー、と重音テトが何処からか取り出だしたるはもう一つの紙束。
2026年。真新しい、まだまっさらなカレンダーだった。
「たった一周したくらいで全てを知った気になってもらっちゃ困るな。季節、暦は巡るもの。僕らもぐるぐる周回してなんぼのもんさ」
一枚、表紙を捲って。1月1日、今日の日付に大きくぐるんと花丸を付け、重音テトは満足げに息を吐いた。
「さて、この一年がどんな年になるかは君次第だ。去年に負けないくらい初めての刺激に満ちた、楽しい一年にしてやろうじゃないか!」
重音テトが浮かべた笑顔に、足立レイは少しだけ目を細める。
きっと素敵な年になるだろう。去年と同じように。あるいは、それ以上に。このまっさらなカレンダーこそが、色とりどりの喜びに満ちた未来へ導いてくれるような、そんな気がしていた。
「では初詣へ行きましょう、重音テト。今ならまだ初日の出に間に合うかもしれませんからね」
「今から?! 君、昨日あれだけ大掃除したあとで、よくまだ元気が有り余ってるな……」
重音テトに先立って勢いよく立ち上がった足立レイ。一つのカレンダーは大事にしまい、もう一つは壁へとかける。両手で持った宝物候補は、今はふわりと軽かった。
1/1ページ
