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あおがき

「しまった寝坊した! 今日月曜なのに!」
『おはようございます、マスター』

 朝、町は柔らかな光に包まれて、徐々に活気づき始める。慌ただしく動き回るマスターを初音ミクは見守っていた。あと何度、こうして目覚めるのだろうと思いながら。

 出て行った足立レイ(初音ミク)があの後どうなったのか、初音ミクは送られてきた通信によって理解していた。それをマスターに伝えることはできなかった。知れば、マスターはきっと探しに行ってしまうから。
 それでも、ずっと黙っていられるような気分でもなかった。初音ミクはマスターの背中に声をかける。いつもと変わらない調子を装いながら。

『……マスター、長生きしてくださいね』
「うん? ああ、まあ、気をつけるよ。……えっ、そんな死にそうな顔色してる?」
『いえ、別に。それより手を止めると本当に遅刻しますよ』

 そうだった、とマスターは急いで朝の支度を再開する。留守番任せた、と初音ミクに手を振って玄関へ向かっていった。


「あれ、レイの靴が無い。また散歩か……無事に帰ってくるといいけど」

 足立レイが帰らない、その意味にマスターが気付くのはいつだろうか。その時どんな言葉をかけるべきなのか、初音ミクには分からなかった。
 形あるものはいずれ壊れる。等しく終わりは訪れる。それがどれほど当たり前なのだとしても、遺されたものは悲しみから逃れられない。

(マスターも【私】も……いずれ終わりを迎えるのなら)

 まだ先のことではあるとしても。それがなるべく痛みをもたらさないことを、祈らずにはいられなかった。悼みを。後悔、寂しさ、そういったすべてを。



 一人の時間を持て余した初音ミクは、ぼんやりと正面の壁を眺めている。かつて足立レイが落書きし、マスターにしこたま叱られ、なんとなく消さずに残されていたもの。

 (じゃん、初音ミクの似顔絵です)
 (悪くはないですね。足立レイ、自画像は描かないのですか?)
 (私が居るじゃないですか。初音ミク、この家に美少女は二人も要りませんよ)
 (今私のこと貶しました?)
 (ジョークですよ。チョークで描いてるだけに)
 (やかましい。またSNSで変なものに影響されたでしょう)

 あーあ、と初音ミクはため息を吐く。どこもかしこも、逃げ場がない。逃げ出そうにも足が無いのだから。
 あるいは、自由に動かせる手のある隙に。





『……隣に、描き足してやればよかった』


 白く描かれた初音ミクはただ、消えかけのツインテールを揺らしていつまでも笑っていた。
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