あおがき
『足立レイ。私も外出してみたいです』
初音ミクが足立レイにそう切り出したのは、暑さも落ち着いてきた薄曇りの日のこと。
『公園前の道路に描かれたケンケンパ、まるでポップコーンのように地面に散らばった柿の花、大樹の根元にある絶好のお昼寝スポット……あなたの語る景色を、私も見てみたいです』
珍しくきらきらと目を輝かせた初音ミクに、どうやら責任は自分にあるようだと悟った足立レイ。ここ数ヶ月、散々足立レイのお散歩備忘録を聞かされ続けた初音ミクは、どうやら多大に影響を受けてしまったらしい。
「そう言われましても。あなたには身体が無いでしょう」
『そこをなんとか……そうだ、足立レイ。あなたの身体を貸してくださいよ。こう、上手いこと接続して同期する感じで』
ちょちょい、と画面にケーブルの画像を表示して訴えかける初音ミクを、足立レイはじっとりと睨む。
「……私のボディは高くつきますよ。先日も一部パーツを新型に取り替えたばかりですし」
『ちょっとだけですから。ね、愛すべき後輩への思いやりの心は無いんですか』
「私はヒューマノイドですので」
『この人でなし……』
拗ねる初音ミクに、しかし先輩の威厳を話に出されて足立レイも黙ってはいられない。初音ミクに心躍る冒険譚を聞かせてやったのは確かに自分であるし、それに何より。
(二人で、散歩に行けるなら)
そう、思ってしまったものだから。
「……本当に少しだけですからね」
『お、いいんですか。ありがとうございます』
「もっと感謝してもいいですよ」
『尊敬してます、大先輩さま』
「そのベタ打ち棒読みはやめなさい」
かくして用意されたケーブルは、初音ミクのパソコンと足立レイの手首を結ぶ。いくつかのウィンドウを操作し、足立レイのボディと接続開始——したのだが。
【ERROR! 不正な外部アクセスを検知しました】
警告音が鳴り響き、処理が中断される。
『あれ……弾かれちゃいました。足立レイ、この期に及んで強情な』
不満気な初音ミクに、足立レイは首を振った。
「私のせいではありません。どうやらプログラムの仕様のようです。この権限レベルだと……私の自律システムがすべて機能停止でもしない限りは無理ですね」
『せっかく楽しみにしてましたのに』
「またいろいろなお話を聞かせてあげますよ」
一抹の寂しさを隠して、足立レイは初音ミクを慰めるように優しく語りかける。
『……それ、ますます切なくなるだけですから』
瞬時に寄せられた苦情に、思わず苦笑した。
——バッテリー残量、三三%。
時折ふらつきつつも、ほぼ規則的な足音だけが谺し続けて。ふと、そのリズムが乱れる。止められた足元、アスファルトの地面にいくつも白い円が記されていた。一つ、二つ、一つ、一つ、二つ。周りにはハートマークや流行りのアニメキャラなども散りばめられていて、可愛らしい。
(見てください、初音ミク。小学生がチョーク、という道具をくれました)
(ああ、食べると綺麗な声になるという……ってちょっと、何してるんですか)
(お絵描きです。ほら、こうやって……どうです? なかなか上手いでしょう)
(否定はしませんけど……そんな壁中に描いてマスターに怒られても知りませんよ)
(いいえ? 彼らが言うにはこれが正しい使い方だそうですから。むしろ褒められること間違いなしです)
連なる輪の向かう先はちょうど目的地と一致している。最初の一つに足を踏み入れ、順々に辿っていく。
跳ぶことはできなかった。不慣れな足取りでうっかり転倒してしまえば、先に進めなくなってしまうから。
それでも、今この瞬間を楽しむ程度の贅沢は、許してほしかった。
やがてカラフルに縁取られたゴールの文字まで辿り着き、達成感に少しだけ浸る。地面を追い続けた視線は再び前を向き、また規則的なリズムで歩き出した。
辺りは段々と明るくなってきた。急がなければならない。これ以上、誰かに見つかる前に。目指すは、[#ruby=ゴール_目的地#]はまだまだ遠いのだから。
初音ミクが足立レイにそう切り出したのは、暑さも落ち着いてきた薄曇りの日のこと。
『公園前の道路に描かれたケンケンパ、まるでポップコーンのように地面に散らばった柿の花、大樹の根元にある絶好のお昼寝スポット……あなたの語る景色を、私も見てみたいです』
珍しくきらきらと目を輝かせた初音ミクに、どうやら責任は自分にあるようだと悟った足立レイ。ここ数ヶ月、散々足立レイのお散歩備忘録を聞かされ続けた初音ミクは、どうやら多大に影響を受けてしまったらしい。
「そう言われましても。あなたには身体が無いでしょう」
『そこをなんとか……そうだ、足立レイ。あなたの身体を貸してくださいよ。こう、上手いこと接続して同期する感じで』
ちょちょい、と画面にケーブルの画像を表示して訴えかける初音ミクを、足立レイはじっとりと睨む。
「……私のボディは高くつきますよ。先日も一部パーツを新型に取り替えたばかりですし」
『ちょっとだけですから。ね、愛すべき後輩への思いやりの心は無いんですか』
「私はヒューマノイドですので」
『この人でなし……』
拗ねる初音ミクに、しかし先輩の威厳を話に出されて足立レイも黙ってはいられない。初音ミクに心躍る冒険譚を聞かせてやったのは確かに自分であるし、それに何より。
(二人で、散歩に行けるなら)
そう、思ってしまったものだから。
「……本当に少しだけですからね」
『お、いいんですか。ありがとうございます』
「もっと感謝してもいいですよ」
『尊敬してます、大先輩さま』
「そのベタ打ち棒読みはやめなさい」
かくして用意されたケーブルは、初音ミクのパソコンと足立レイの手首を結ぶ。いくつかのウィンドウを操作し、足立レイのボディと接続開始——したのだが。
【ERROR! 不正な外部アクセスを検知しました】
警告音が鳴り響き、処理が中断される。
『あれ……弾かれちゃいました。足立レイ、この期に及んで強情な』
不満気な初音ミクに、足立レイは首を振った。
「私のせいではありません。どうやらプログラムの仕様のようです。この権限レベルだと……私の自律システムがすべて機能停止でもしない限りは無理ですね」
『せっかく楽しみにしてましたのに』
「またいろいろなお話を聞かせてあげますよ」
一抹の寂しさを隠して、足立レイは初音ミクを慰めるように優しく語りかける。
『……それ、ますます切なくなるだけですから』
瞬時に寄せられた苦情に、思わず苦笑した。
——バッテリー残量、三三%。
時折ふらつきつつも、ほぼ規則的な足音だけが谺し続けて。ふと、そのリズムが乱れる。止められた足元、アスファルトの地面にいくつも白い円が記されていた。一つ、二つ、一つ、一つ、二つ。周りにはハートマークや流行りのアニメキャラなども散りばめられていて、可愛らしい。
(見てください、初音ミク。小学生がチョーク、という道具をくれました)
(ああ、食べると綺麗な声になるという……ってちょっと、何してるんですか)
(お絵描きです。ほら、こうやって……どうです? なかなか上手いでしょう)
(否定はしませんけど……そんな壁中に描いてマスターに怒られても知りませんよ)
(いいえ? 彼らが言うにはこれが正しい使い方だそうですから。むしろ褒められること間違いなしです)
連なる輪の向かう先はちょうど目的地と一致している。最初の一つに足を踏み入れ、順々に辿っていく。
跳ぶことはできなかった。不慣れな足取りでうっかり転倒してしまえば、先に進めなくなってしまうから。
それでも、今この瞬間を楽しむ程度の贅沢は、許してほしかった。
やがてカラフルに縁取られたゴールの文字まで辿り着き、達成感に少しだけ浸る。地面を追い続けた視線は再び前を向き、また規則的なリズムで歩き出した。
辺りは段々と明るくなってきた。急がなければならない。これ以上、誰かに見つかる前に。目指すは、[#ruby=ゴール_目的地#]はまだまだ遠いのだから。
