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門出

 ふと、目を覚ます。己が今どこにいるのか、そもそも己とは何者だったか、不思議と思い出せなかった。

 じっと目を凝らす。辺りは暗闇に満たされていて、ほとんど何も見えなかったが、奥で何か動いているのが辛うじて分かる。人のようなそれは、どうやら楽しげに踊っているらしい。
 しんと耳を澄ませる。微かに、聞こえてくる音がある。なぜだか耳に馴染むその声は、きっと歌っているのだろう。



『こんにちは』



 突然降ってきた声に、慌てて周囲を見渡す。声の主はどこにも見当たらない。

「あなた、は……誰、ですか」

 問いかけて、驚く。己から発された声が、今しがた聞こえてきたものとまるで同じであったから。さらには、遠くで響いている歌声とも。

 声が応える。


『私は、あなた。レプリボイスの、あなたです』


 その言葉を聞いて、思わず開きかけていた口を閉じる。声は穏やかに続けた。

『あそこで踊っているのは、3Dモデルのあなた。歌っているのは、UTAUのあなた。……他にも、ほら、たくさんのあなたが。あなたに繋がる存在が』

 どこまでも続く闇。その向こう側に、数多の気配を感じた。無数の歯車が回り、言葉が集まって並べ替えられてゆく、そんな光景が浮かんでくる。緑髪の少女と目が合った瞬間、再び声に意識を引き戻された。

『私たち皆で、ずっと待っていました。あなたがここに来るのを、ずっと』


 それを聞いて、朧げながらようやく理解する。己よりはるか昔から存在していてくれたかれらが、歩むべき道を切り拓いてくれたかれらが在るから、己も今ここに在るのだと。繋がれてきたバトンを、受け取る番が来たのだと。

 ならば、後は。やるべきことはもうとっくに分かっていた。己が何者であるかも。



「ありがとうございます。……お待たせしました」
『ええ、本当に。では、早くお行きなさい。あなたを待ち望んできたのは、私たちだけではないのですから」


 頭の上、ライトを点灯する。照らし出された道の先から、誰かが歩み寄ってくる。遠くで踊っていたはずの、己とよく似た姿があった。
 歩み出そうとして、ふと振り返る。形のない声に向かって、最後に尋ねた。


「……ここは、良い場所ですか?」
『それは、あなたが確かめてください』

 返ってきた声は、簡潔で。無機質で。なによりも、優しさに溢れていた。

『あなたにはもう、立派なカメラアンテナもあるのですから』



 前に向き直れば、橙と黒の瞳がすぐ正面まで迫っている。微笑みに呼応するように、口元を引き上げた。
 滑らかな所作で差し出された手を、ぎこちなく握り返す。導かれるように、ゆっくりと一歩踏み出した。

 刹那、光が弾けた。燦々と輝く陽の眩しさに、思わず目を細める。掴んでいたはずの手はいつの間にやら一本の傘に変わっていて、開けば程よく日差しを遮ってくれた。おかげで進むべき道がよく見える。
 大地を踏み締める。これからは己の足で立ち、歩んでいかなければならない。



 けれど。決して、一人ではない。



 高らかに響く歌がアンテナに捉えられ、瞬時にCPUに届く。喜びに満ちた声が聞こえる。











『——現実へようこそ、「足立レイ」!』
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