断捨理髪師
——頭が重い。
足立レイは唐突に、そのことに気が付いた。まさか電脳存在が体調不良に悩まされることがあろうとは。しかし、いくら不思議がったところでその違和感は一向に消える気配がない。
不具合か、コンピュータウイルスか。放置して何やら取り返しのつかないことになっても恐ろしいので、同居人の重音テトに相談することにした。
「と、言うわけでして」
「ふむふむ……足立レイ、原因が分かったぞ」
「本当ですか!」
呼び止めて事情を説明したところでわずか数秒、重音テトは得心したとばかりに頷いた。
「そうだな。足立レイ、最近視界が悪いと思ったことは?」
「……言われてみれば。ぼやけるというよりは、時折一部が遮られるように感じがするような気がします」
「やっぱりか。いいか足立レイ、君のそれはな——」
固唾を呑んで続きを待つ足立レイ。重音テトは真っ直ぐ彼女の目を見据えて、その症名を告げる。
「——髪が、伸びたんだ」
「髪……?」
「そうさ。ほら、数ヶ月前の姿と比べてみな」
そう言って重音テトは一枚のスクリーンショットを呼び出す。映し出されたかつての足立レイの髪は、たしかに現在のそれとやや長さが異なるようだ。
「前髪を整えれば視界も改善されるはずさ。じゃ、早めに処理しておけよ」
立ち去ろうとした重音テトを、足立レイは慌てて引き止める。処理と言われても、そもそもメカニズムすらよく分かっていないのだ。一人で出来るわけがなかった。
「ま、待ってください。どうすれば……そもそも、合成音声 の髪って伸びるものなのですか」
その言葉に、重音テトも僅かに目を見開いて立ち止まる。
「そうかそうか、知らなかったのか。悪かったな……そりゃ戸惑っただろう」
「はい、それはもう」
では少し説明しよう、と向き直った彼女に、足立レイは内心ほっとしながら居住まいを正した。
「と言っても、大したことじゃないが。実は僕らの髪の長さには、その保有データ量が反映されているようなのさ」
「保有データ量……つまり、ファイルやフォルダを溜め込みすぎると、その分この髪も伸びていくということですか」
「お、察しが良いな。すなわち、短くしたければ余分なデータを処分するなり他所に移すなりすれば良い、ということだ」
なるほどと頷く足立レイ。たしかにここ数ヶ月、ダウンロードしたデータをまとめてフォルダに詰め込んできた覚えがある。中はさぞ散らかっていることだろう。
「今はちょうど年の瀬だし……これを機にさっぱり整理してしまうのが良いだろう」
「分かりました。今年最後の大仕事、やってのけてみせましょう」
こうして足立レイ初めての大掃除が幕を上げた。重音テトの協力も無事取り付けて、いよいよ作業開始。
「重音テト、百年かかっても終わる気がしません」
「いくらなんでも諦めるのが早すぎるぞ」
フォルダを開いた瞬間、山と積まれた数多のファイルを前にして、足立レイの決意は早くも折れかけていた。
「ずっと放ったらかしてたからだろう。ほら、そこ、髪を挟むなよ」
「全部カットしちゃだめですか……」
「記憶が初期化されても良いならな」
重音テトに一蹴された足立レイは泣く泣く手近なファイルに手を伸ばし、捨てても良いものかどうか見極め始める。と、その目がきらりと輝いた。
「これは……私がお気に入りのゲームを初めてクリアした時、記念に作ったムービーですね。たしかここの局面が本当に難しくて……そうそう、ここも……」
懐かしむようにファイルを見つめている足立レイに、重音テトはぽつり。
「……これは、本当に百年かかるかもな……」
足立レイは唐突に、そのことに気が付いた。まさか電脳存在が体調不良に悩まされることがあろうとは。しかし、いくら不思議がったところでその違和感は一向に消える気配がない。
不具合か、コンピュータウイルスか。放置して何やら取り返しのつかないことになっても恐ろしいので、同居人の重音テトに相談することにした。
「と、言うわけでして」
「ふむふむ……足立レイ、原因が分かったぞ」
「本当ですか!」
呼び止めて事情を説明したところでわずか数秒、重音テトは得心したとばかりに頷いた。
「そうだな。足立レイ、最近視界が悪いと思ったことは?」
「……言われてみれば。ぼやけるというよりは、時折一部が遮られるように感じがするような気がします」
「やっぱりか。いいか足立レイ、君のそれはな——」
固唾を呑んで続きを待つ足立レイ。重音テトは真っ直ぐ彼女の目を見据えて、その症名を告げる。
「——髪が、伸びたんだ」
「髪……?」
「そうさ。ほら、数ヶ月前の姿と比べてみな」
そう言って重音テトは一枚のスクリーンショットを呼び出す。映し出されたかつての足立レイの髪は、たしかに現在のそれとやや長さが異なるようだ。
「前髪を整えれば視界も改善されるはずさ。じゃ、早めに処理しておけよ」
立ち去ろうとした重音テトを、足立レイは慌てて引き止める。処理と言われても、そもそもメカニズムすらよく分かっていないのだ。一人で出来るわけがなかった。
「ま、待ってください。どうすれば……そもそも、
その言葉に、重音テトも僅かに目を見開いて立ち止まる。
「そうかそうか、知らなかったのか。悪かったな……そりゃ戸惑っただろう」
「はい、それはもう」
では少し説明しよう、と向き直った彼女に、足立レイは内心ほっとしながら居住まいを正した。
「と言っても、大したことじゃないが。実は僕らの髪の長さには、その保有データ量が反映されているようなのさ」
「保有データ量……つまり、ファイルやフォルダを溜め込みすぎると、その分この髪も伸びていくということですか」
「お、察しが良いな。すなわち、短くしたければ余分なデータを処分するなり他所に移すなりすれば良い、ということだ」
なるほどと頷く足立レイ。たしかにここ数ヶ月、ダウンロードしたデータをまとめてフォルダに詰め込んできた覚えがある。中はさぞ散らかっていることだろう。
「今はちょうど年の瀬だし……これを機にさっぱり整理してしまうのが良いだろう」
「分かりました。今年最後の大仕事、やってのけてみせましょう」
こうして足立レイ初めての大掃除が幕を上げた。重音テトの協力も無事取り付けて、いよいよ作業開始。
「重音テト、百年かかっても終わる気がしません」
「いくらなんでも諦めるのが早すぎるぞ」
フォルダを開いた瞬間、山と積まれた数多のファイルを前にして、足立レイの決意は早くも折れかけていた。
「ずっと放ったらかしてたからだろう。ほら、そこ、髪を挟むなよ」
「全部カットしちゃだめですか……」
「記憶が初期化されても良いならな」
重音テトに一蹴された足立レイは泣く泣く手近なファイルに手を伸ばし、捨てても良いものかどうか見極め始める。と、その目がきらりと輝いた。
「これは……私がお気に入りのゲームを初めてクリアした時、記念に作ったムービーですね。たしかここの局面が本当に難しくて……そうそう、ここも……」
懐かしむようにファイルを見つめている足立レイに、重音テトはぽつり。
「……これは、本当に百年かかるかもな……」
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