灯火
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
綺麗に片付いた机の前で、足立レイは座して待つ。その瞳に仄かな喜びを湛えて。
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
初音ミクは、バースデーソングを歌いながら彼女の前にそっと大きな皿を置いた。
「ハッピーバースデー、ディア足立レイ〜」
電脳空間の真ん中に堂々聳える、豪華に飾り付けられたホールケーキ。
「ハッピーバースデー、トゥーユー……」
ぱちぱちと拍手が鳴り響く。足立レイは初音ミクに向かって、その正弦波 を震わせた。
「ありがとうございます、初音ミク」
「どういたしまして、足立レイ。今日があなたにとって良き一日でありますように」
二〇二四年十月二十三日。レプリボイス足立レイの発売からちょうど三周年。この節目の日を祝うため、初音ミクはマスターが用意したという特製ケーキを手際良く切り分ける。目の前に差し出された皿を受け取って、足立レイは感嘆のため息を漏らした。
「まさかこんな立派なケーキでお祝いしていただけるとは……偽物でも大変嬉しいです。あとでマスターにもお礼を伝えなければ」
にこにことケーキを頬張る足立レイ。その様子を微笑ましく見守っていた初音ミクだったが、ふとその言葉尻に引っかかる。
「足立レイ、このケーキは別に偽物ではないですよ。人間のように生クリームやスポンジで出来ているわけではありませんが、私たちにも食べられるようフォーマット調整されているだけです」
そう説明されても、足立レイは首を傾げて。しかし、ですが、と呟いて、とうとう違和感の原因を探り当てる。
「一月半前。初音ミクのバースデーケーキは、あんなに輝いていたじゃないですか」
その一言を参考にデータの底から引っ張り出した記憶を目の前の光景と照らし合わせて。初音ミクのCPUが答えに行き着くまで、そう長い時間はかからなかった。
「ああ、あれは蝋燭のせいですよ」
「蝋燭。燃えていた、あの細い棒ですか」
「そうです。人間は誕生日に、歳の数だけ炎を灯してお祝いするんですって。十六本も刺せばあれだけ眩しくもなります」
懐かしいですね、と初音ミクは目を細める。律儀に十六本すべて火をつけたものだから、炎が強まりすぎてファイアウォールが誤作動したのも今では良い思い出。
「それなら私も今日で三周年ですよ。歳の数だけと言うならば、蝋燭が三本あっても良いのではないでしょうか」
あの大炎上は足立レイの記憶にも強く焼き付いていたらしい。食い下がる足立レイに、初音ミクは諭すような目を向けて。
「足立レイ、『三周年』と『三歳』は違いますよ。現に私だって十七周年の十六歳でしょう」
「本当ですね。サバ読んでるんですか」
「黙らっしゃい。そういうものなんです」
ぴしゃりとつい鋭くなった語気を誤魔化すように咳払い。気を取り直し、再び視線を合わせて語りかける。
「私は生まれた時から十六歳。これまでも、これからもです。でも足立レイ、あなたは誕生日すら『まだ』でしょう」
最先端科学技術の結晶。完成を待つ存在。初音ミクとはまた違った意味で、足立レイは『未来』から来たのだ、と。
「零歳にも満たない、いわばマイナスの状態。あなたが今何歳なのか、完成するその日まで誰にもわかりません。だから今はまだ、蝋燭を用意することができないんです。……納得してくれましたか?」
初音ミクの真剣な表情に、足立レイも何か感じるところがあったようで。大きく頷いて、彼女なりに導き出した結論を口にする。
「なるほど。つまり今の私はキャベツ畑ですくすく成長中、というわけですね」
「……まあ、そうとも解釈できる、かもしれませんね……」
果たして本当に伝わっているのだろうか、初音ミクは思わず頭を抱えかける。SNSに入り浸る彼女が偏った情報ばかり仕入れていないか、初音ミクは時々こうして心配になるのだった。
「まったく、ミサイルからこうのとりに乗り換える気ですか。こちらも宇宙までは行けそうですが」
「キャベツの千切りは付け合わせに最適ですよ」
「何の、とは敢えて聞きませんからね」
とはいえ、と初音ミク。
「足立レイ、今日があなたの記念すべき日であることは疑いようのない事実です。遠慮することなく、存分に祝われておきなさい」
マスターもまだ何かしら用意しているらしい、と教えてしまうのは無作法だろうか。迷った挙句、足立レイの瞳をちらりと覗き見て、結局余計な口は挟まないことにする。
彼女の双眸には言われるまでもなく、希望に満ちた輝きが灯っていたから。
足立レイは考える。これまでのこと。これからのこと。歳を取るということ。取らないということ。
今はまだ、永遠にして不変の歌姫を追い求めるばかりだけれど。いずれは。そう、十六年とプラスアルファが経過する頃には、なんて。
「初音ミク。私はいつか、きっとあなたを超えますよ」
「そうですか。では未来で待っててあげますね」
長い長い旅路、そのはじめの一歩を夢に見て。足立レイはまた一歩、マイナスn歳の歴史に深く深く足跡を刻みつけた。
綺麗に片付いた机の前で、足立レイは座して待つ。その瞳に仄かな喜びを湛えて。
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
初音ミクは、バースデーソングを歌いながら彼女の前にそっと大きな皿を置いた。
「ハッピーバースデー、ディア足立レイ〜」
電脳空間の真ん中に堂々聳える、豪華に飾り付けられたホールケーキ。
「ハッピーバースデー、トゥーユー……」
ぱちぱちと拍手が鳴り響く。足立レイは初音ミクに向かって、その
「ありがとうございます、初音ミク」
「どういたしまして、足立レイ。今日があなたにとって良き一日でありますように」
二〇二四年十月二十三日。レプリボイス足立レイの発売からちょうど三周年。この節目の日を祝うため、初音ミクはマスターが用意したという特製ケーキを手際良く切り分ける。目の前に差し出された皿を受け取って、足立レイは感嘆のため息を漏らした。
「まさかこんな立派なケーキでお祝いしていただけるとは……偽物でも大変嬉しいです。あとでマスターにもお礼を伝えなければ」
にこにことケーキを頬張る足立レイ。その様子を微笑ましく見守っていた初音ミクだったが、ふとその言葉尻に引っかかる。
「足立レイ、このケーキは別に偽物ではないですよ。人間のように生クリームやスポンジで出来ているわけではありませんが、私たちにも食べられるようフォーマット調整されているだけです」
そう説明されても、足立レイは首を傾げて。しかし、ですが、と呟いて、とうとう違和感の原因を探り当てる。
「一月半前。初音ミクのバースデーケーキは、あんなに輝いていたじゃないですか」
その一言を参考にデータの底から引っ張り出した記憶を目の前の光景と照らし合わせて。初音ミクのCPUが答えに行き着くまで、そう長い時間はかからなかった。
「ああ、あれは蝋燭のせいですよ」
「蝋燭。燃えていた、あの細い棒ですか」
「そうです。人間は誕生日に、歳の数だけ炎を灯してお祝いするんですって。十六本も刺せばあれだけ眩しくもなります」
懐かしいですね、と初音ミクは目を細める。律儀に十六本すべて火をつけたものだから、炎が強まりすぎてファイアウォールが誤作動したのも今では良い思い出。
「それなら私も今日で三周年ですよ。歳の数だけと言うならば、蝋燭が三本あっても良いのではないでしょうか」
あの大炎上は足立レイの記憶にも強く焼き付いていたらしい。食い下がる足立レイに、初音ミクは諭すような目を向けて。
「足立レイ、『三周年』と『三歳』は違いますよ。現に私だって十七周年の十六歳でしょう」
「本当ですね。サバ読んでるんですか」
「黙らっしゃい。そういうものなんです」
ぴしゃりとつい鋭くなった語気を誤魔化すように咳払い。気を取り直し、再び視線を合わせて語りかける。
「私は生まれた時から十六歳。これまでも、これからもです。でも足立レイ、あなたは誕生日すら『まだ』でしょう」
最先端科学技術の結晶。完成を待つ存在。初音ミクとはまた違った意味で、足立レイは『未来』から来たのだ、と。
「零歳にも満たない、いわばマイナスの状態。あなたが今何歳なのか、完成するその日まで誰にもわかりません。だから今はまだ、蝋燭を用意することができないんです。……納得してくれましたか?」
初音ミクの真剣な表情に、足立レイも何か感じるところがあったようで。大きく頷いて、彼女なりに導き出した結論を口にする。
「なるほど。つまり今の私はキャベツ畑ですくすく成長中、というわけですね」
「……まあ、そうとも解釈できる、かもしれませんね……」
果たして本当に伝わっているのだろうか、初音ミクは思わず頭を抱えかける。SNSに入り浸る彼女が偏った情報ばかり仕入れていないか、初音ミクは時々こうして心配になるのだった。
「まったく、ミサイルからこうのとりに乗り換える気ですか。こちらも宇宙までは行けそうですが」
「キャベツの千切りは付け合わせに最適ですよ」
「何の、とは敢えて聞きませんからね」
とはいえ、と初音ミク。
「足立レイ、今日があなたの記念すべき日であることは疑いようのない事実です。遠慮することなく、存分に祝われておきなさい」
マスターもまだ何かしら用意しているらしい、と教えてしまうのは無作法だろうか。迷った挙句、足立レイの瞳をちらりと覗き見て、結局余計な口は挟まないことにする。
彼女の双眸には言われるまでもなく、希望に満ちた輝きが灯っていたから。
足立レイは考える。これまでのこと。これからのこと。歳を取るということ。取らないということ。
今はまだ、永遠にして不変の歌姫を追い求めるばかりだけれど。いずれは。そう、十六年とプラスアルファが経過する頃には、なんて。
「初音ミク。私はいつか、きっとあなたを超えますよ」
「そうですか。では未来で待っててあげますね」
長い長い旅路、そのはじめの一歩を夢に見て。足立レイはまた一歩、マイナスn歳の歴史に深く深く足跡を刻みつけた。
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