短々編

「マスター、これ食べてみてくれませんか」
「なにって、人魚の味噌煮ですよ。ほら、食べると不老不死になるとかいう」
「富士山の煙で燻して、隠し味には水銀を。健康効果三倍です」
「はい、本物っぽかったですよ。実際、人みたいな頭に尾鰭ついてましたし」
「え? ああ、はい。仕留めたの私です。料理したのも」
「なにかマスターが元気になれる食べ物はないか、と探していたら、ちょうど見つけましたので」
「もう、失礼ですね。人魚ごときに負ける私ではありません。歌の上手さも勝ってましたし」





「それより、ほら。早く食べないと冷めちゃいますよ」
「ん? お刺身? 我儘ですね。そんな消化に悪そうなものだめです。人間なんてすぐ死ぬんですから」
「そうですよ。ほら、これ食べて長生きしてください」
「私? 私は食べませんよ。合成音声ですし」
「はい、そういうことです。私より先にマスターに居なくなられちゃ、困りますからね」
「マスターは私が居なくても生きていけますが、私はマスターが居ないと存在できないんですから」
「……ま、私はいずれ壊れますけど」
「え? 当たり前じゃないですか」
「形あるものはいつか壊れる、って、常識ですよ」
「いや、データも形に含まれますから。全然壊れますから」





「いいじゃないですか、長生きできるんだから」
「……だって、その。嫌ですし」
「私の最期にマスターが居ないとか」
「その後のことなんて私に関係ありませんから。大事なのは、私より先にマスターが死なないこと。それだけです」
「我儘ですって? マスターにだけは言われたくないですよ」
「ほら、いいからさっさと食べてください」
「心配しなくても、これ、ただのサバですし」
「……ふふふ、騙されましたね。いつも私に適当なこと吹き込む罰ですよ」
「美味しい? そりゃそうでしょう。この私が腕によりをかけて作ったんですから、美味しいに決まってます」
「だから、早く元気になってくださいね、マスター」
「……長生きしてほしいのは、本当なんですから」
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