てんのむし

 ロールペーパーの芯へと住処を変えて、次の朝。いつものように桑の葉を届けにきたその人間は、大量の感謝の言葉とやや高級なお菓子を置いて繭を回収していった。


 そして一週間後。


「ほら、届いたよ」

 マスターから手渡された小さな袋を、KAITOはそっと開封する。ふわりとした手触り。滑らかな光沢。
 生糸と呼ばれるもの。
 決して触れられなかった蚕の一部、だったもの。

 彼女は役目を果たした。人間のために生き抜き、そして、きっと天国へ行ったのだろう。


 それじゃ、僕も。


「学校での授業もそれなりに成功したって。KAITOも頑張ってくれたし、今度新品のUSBメモリでも買ってあげようとか……KAITO?」
 
 ふらり、生糸を握りしめたまま、KAITOはかつての育成部屋へ足を踏み入れた。机の上に無造作に放置された苺パックの中では、常に敷き詰められていたティッシュも桑の葉もとうに乾き果てている。その側には、同じく捨てそびれていた桑の葉の余りと、一緒に毟り取られたのだろう果実。
 それらすべてを部屋の隅のゴミ箱へと押し込んで、彼はパソコンを立ち上げる。コードを一本取り出して自身と接続開始、処理が終わるまで生糸をコードに巻き付けて意味もなく手遊びにふける。
 同期一〇〇%の表示が光ったところで、キーボードをパチパチと弾き始めた。一文字ずつ丁寧に、コマンドを入力していく。これが実行されれば、KAITOのプログラムは修復不可能なまでに壊れる死ぬはずだから。
 

 今行くよ。かいちゃん。蚕。天の虫。僕を天国で待っていて。人間の作り出した天国で。





 エンターキーを、押した。














































——あれ、でも。











 僕、まだ歌ってない歌が。
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