てんのむし
彼女(?)が脱皮を繰り返して成長していく間も、KAITOは情報を蓄え続ける。相変わらず育成お役立ち情報よりも、ユニークな雑学ばかりを中心にして。
調べれば調べるほど、どんどん面白いことが分かっていく。彼女のすべてが好ましく思えてくる。ペットやVOCALOID を愛でる人間はこんな気持ちだろうか、なんて思いながら。
それは、例えば生まれる前のこと。
「蚕の卵ってね、生まれる直前にみんな青色になるんだよ。催青って言うんだってさ」
青髪をくるくると弄りながら彼は語る。KAITOは青が好きだ。自分のイメージカラーであるのは勿論のこと、自然界には珍しい色であるのも良い。
ビビッドな輝きは、己が人間のために作られた存在であることを再認識させてくれる。そんな色を自然に生み出す蚕の、なんと素敵な存在であることか。
催青 してこの世に生まれ出る蚕、再生 されてこの世にお披露目されるVOCALOID。ほら、なんだか似ている。
あるいは、もっと先の未来のこと。
「蚕が大人になると、口はあっても食事ができなくなっちゃうんだって。僕とお揃いだ」
喉の奥を塞ぐように存在する、鈍く輝くスピーカーを指し示しながら彼は笑う。飲食の必要はない、どころかそもそも不可能なVOCALOID。
口があるのに食べられない。翅があるのに飛べない。人間により都合の良い形へと、長い時間をかけて調整されてきたその身体。人間のため役立つように、そんな願いで設計された僕らと、きっと同じことだろう。
中指ほどの大きさに育った蚕の世話に、KAITOはますますのめり込む。最近では充電コードまでこの育成部屋に移してきて、歌う時以外はほぼ隣で様子を眺めている始末だった。
「KAITO、最近疲れてるよね? 昨日だって珍しく譜面間違えかけてたし。新曲も近々出来そうだってのに、これじゃ心配で歌わせられないよ」
眉を顰めたマスターの言葉もなんのその。当然歌は大事だけれど、この子が僕を待っているから。
「大丈夫だって、全部僕に任せて。それより聞いてよ、かいちゃん……」
返事がないことも全く気にせず、いつもの雑学やその日あったことの報告を日夜語り続ける。段々エスカレートして、他の誰にも言えないような秘密の話まで。
蚕とKAITO、家畜昆虫とVOCALOID。糸と歌、吐き出すものに多少の違いがあるばかり。同じ人間のために在るものとして、KAITOが感じるは仲間意識か自己投影か。彼がそれを自覚することはない。
認知の歪みと致命的な違いには目を瞑ったまま、とも、気付かずに。
「ね、僕ら、やっぱり人間のために死ねたら一番嬉しいよね」
桑の葉に紛れて届いた枯れかけの花を弄びながら、KAITOは夢見るようにそう謳う。とっておきの秘密を教えるかのように。
「だってそうでしょ? 人間が居ないと、僕ら満足に存在する こともできないんだから。人間のために生まれさせられたなら、終わる時だって人間のためがいい。人間のため、いつだってそれが一番正しいんだよ」
蚕は、ただ頭を振っている。
「……一緒に死のうよ。その時は」
くるくる、色褪せた花を回して。
「君が繭を作れるのは一生に一度だし、最期の瞬間もほぼ決められてる。人生最大の仕事を終えて眠っている間に、役目を終えて尚生き永らえてしまう前に、潔く殺されるんだ」
「僕にもいつか歌えなくなる日が来る。体の不具合か、データの破損か、分からないけど、絶対に。それでもお情けで見守られるくらいなら、僕だって。その時が来る前に、最高の状態のまま終わりたい」
乾いた細い花びらが、ぱらぱらと机に落ちる。
「君が死ぬとき、僕も一緒に死んで あげる。僕らはこんなに似たもの同士なんだからさ。そうして、最後の瞬間まで人間のためにすべてを捧げました、って胸を張って天国に行こう。天国なんてものを考えるのは人間くらいだから、天国に行けるかどうかはきっと人間にどれだけ貢献してきたかで決まるんだよ」
散らばった花をゴミ箱に掃き捨てて、一息。蚕をじっと見つめるうちに、ふとKAITOは違和感に気付く。
彼女が一心不乱に頭を揺らし続けている、その傍。白くもやもやとした何かが、穴だらけの葉に絡みついている。
黴だろうか。いや、違う。今まで蓄積してきた知識は、それが吐き出された糸の一部であると告げている。KAITOは勢いよく立ち上がり、隣の部屋目掛けて駆け出した。
「……マスター! 来て、早く!」
ついに、彼女が繭を作り始めた。
調べれば調べるほど、どんどん面白いことが分かっていく。彼女のすべてが好ましく思えてくる。ペットや
それは、例えば生まれる前のこと。
「蚕の卵ってね、生まれる直前にみんな青色になるんだよ。催青って言うんだってさ」
青髪をくるくると弄りながら彼は語る。KAITOは青が好きだ。自分のイメージカラーであるのは勿論のこと、自然界には珍しい色であるのも良い。
ビビッドな輝きは、己が人間のために作られた存在であることを再認識させてくれる。そんな色を自然に生み出す蚕の、なんと素敵な存在であることか。
あるいは、もっと先の未来のこと。
「蚕が大人になると、口はあっても食事ができなくなっちゃうんだって。僕とお揃いだ」
喉の奥を塞ぐように存在する、鈍く輝くスピーカーを指し示しながら彼は笑う。飲食の必要はない、どころかそもそも不可能なVOCALOID。
口があるのに食べられない。翅があるのに飛べない。人間により都合の良い形へと、長い時間をかけて調整されてきたその身体。人間のため役立つように、そんな願いで設計された僕らと、きっと同じことだろう。
中指ほどの大きさに育った蚕の世話に、KAITOはますますのめり込む。最近では充電コードまでこの育成部屋に移してきて、歌う時以外はほぼ隣で様子を眺めている始末だった。
「KAITO、最近疲れてるよね? 昨日だって珍しく譜面間違えかけてたし。新曲も近々出来そうだってのに、これじゃ心配で歌わせられないよ」
眉を顰めたマスターの言葉もなんのその。当然歌は大事だけれど、この子が僕を待っているから。
「大丈夫だって、全部僕に任せて。それより聞いてよ、かいちゃん……」
返事がないことも全く気にせず、いつもの雑学やその日あったことの報告を日夜語り続ける。段々エスカレートして、他の誰にも言えないような秘密の話まで。
蚕とKAITO、家畜昆虫とVOCALOID。糸と歌、吐き出すものに多少の違いがあるばかり。同じ人間のために在るものとして、KAITOが感じるは仲間意識か自己投影か。彼がそれを自覚することはない。
認知の歪みと致命的な違いには目を瞑ったまま、とも、気付かずに。
「ね、僕ら、やっぱり人間のために死ねたら一番嬉しいよね」
桑の葉に紛れて届いた枯れかけの花を弄びながら、KAITOは夢見るようにそう謳う。とっておきの秘密を教えるかのように。
「だってそうでしょ? 人間が居ないと、僕ら満足に
蚕は、ただ頭を振っている。
「……一緒に死のうよ。その時は」
くるくる、色褪せた花を回して。
「君が繭を作れるのは一生に一度だし、最期の瞬間もほぼ決められてる。人生最大の仕事を終えて眠っている間に、役目を終えて尚生き永らえてしまう前に、潔く殺されるんだ」
「僕にもいつか歌えなくなる日が来る。体の不具合か、データの破損か、分からないけど、絶対に。それでもお情けで見守られるくらいなら、僕だって。その時が来る前に、最高の状態のまま終わりたい」
乾いた細い花びらが、ぱらぱらと机に落ちる。
「君が死ぬとき、僕も一緒に
散らばった花をゴミ箱に掃き捨てて、一息。蚕をじっと見つめるうちに、ふとKAITOは違和感に気付く。
彼女が一心不乱に頭を揺らし続けている、その傍。白くもやもやとした何かが、穴だらけの葉に絡みついている。
黴だろうか。いや、違う。今まで蓄積してきた知識は、それが吐き出された糸の一部であると告げている。KAITOは勢いよく立ち上がり、隣の部屋目掛けて駆け出した。
「……マスター! 来て、早く!」
ついに、彼女が繭を作り始めた。