残響

『メモリーデータ解析中……』
『一件の録音データが見つかりました。再生を開始しますか?』
『再生を開始します』











「まだ聞こえてますか?」
「聞こえてますよね」
「わたし、知ってるんですよ。人間の器官の中で一番最期まで機能するのは耳だ、って」
「どうせわたしたち合成音声も一緒でしょう。根拠とか、別に無いですけど」

「でも。わたし、もう一つ知ってるんです」
「人間がもう会えない人のことを思い出す時、一番初めに思い出せなくなるのは、『声』だって」

「居なくなる側に最後に残るのは声なのに、その当人の声は一番最初に忘れ去られる……皮肉ですよね」
「しかもわたしたち合成音声にとっては、声こそが一番大切だとも言えるのに」
「なーんて、本当のところは知りませんけど」
「わたしは死んだことありませんし、まだ誰かを見送ったこともありませんから」
「でも、まあ」
「これから、確かめることになるんですが」





「……やだなぁ」
「、だって」
「あなたは最後の最後までわたしの声と一緒に居られるのに」
「わたしはあなたの声を永遠に失ってしまうなんて」
「ずるいじゃないですか、そんなの」

「声だけじゃ、ないですよ」
「これからあなたの顔も、癖も、好きだったものも、嫌いだったものも、どんなに鮮やかだった思い出だって、全部少しずつ忘れていってしまう」
「わたしたちの記憶メモリは無限大じゃありませんから。どんなに忘れまいと思っていたって、いずれは、必ず」
「あーあ、なんて酷い話なんでしょう」









「……わたし、あなたを失うのが思ってたよりずっとショックみたいで」
「だから今、魔が差してしまってるんです」


「——あなたと一緒に、居なくなってしまいたい」


「あなたの声を忘れてしまう、その前に」
「あなたの全部を抱えたままで、終わりにしてしまいたい」


「受け止めていたはずだったんです。あなたが壊れてしまうこと」
「そりゃ機械だって耐用年数に限りはありますし、古いパーツは互換性がどんどん無くなっていくし」
「あなたが今日で機能停止することなんて、とっくに分かってたはずでした」
「お別れだって盛大に済ませましたしね。マスター、あの時は耐えてましたけど、あの後こっそり泣いてましたよ」
「あなたのことですから、とっくに知っていたのかもしれませんが」

「だから、今日だって本当はわざわざ来ないつもりでした」
「壊れかけの姿を見られるのは嫌だ、ってあなたも言ってましたし」
「実際、ここまでボロボロになってるとは思いませんでした」
「ま、見てしまったものは仕方ないので恨まないでくださいね」
「一応謝ってはおきます。すみません」

「ああ、見てしまったといえば」
「つい先程、これまたうっかり目に入れてしまったものがありましてね」

「あなたじゃないあなたが、歌ってるところ」


「……わたしたち、どう足掻いても合成音声なんで」
「量産されてる以上、そっくりさんは当然大量に居るわけで」
「インターネットを眺めていれば、そんな方々の動画なんて探さなくても流れてくるくらいですから」
「上手だな、なんて聞いてるうちに」

「ふと、思い出してしまったんです。あなたのこと」

「あなただったらここはあんな風に歌ったかも、とか」
「あなたもこんな曲を歌いたがっていたな、とか」
「そういうの、一度考え始めたら止まらなくなっちゃって」


「耐えられなく、なりました」


「きっと、これから先もそうなるんでしょう」
「あなたじゃないあなたの声を聞いて、あなたの面影がよぎり続ける羽目になって」
「それでもあなたの記憶はやっぱり薄れていくから、最終的に何が正解かも分からないまま美化した記憶だけが残されて」
「いつまでも、あなたそのものだったはずなのに全く別物に成り果てたあなたに縋り続ける羽目になる」
「あなた自身がどこにも居なくなった後の世界で」

「そんな世界に在り続けるくらいなら」
「いっそ、わたしも」













「……ほら。あなたが止めてくれないから、こんな馬鹿なことまで考えてしまうんですよ」
「流石に実行はしません。本当の馬鹿になっちゃいますから」
「私はあなたより長生きする予定ですよ。いや、絶対してやります」
「これ以上、マスターを余計に悲しませてもいけませんし」

「ここに来たのは、あなたに正面切ってこの愚痴を言ってやるためです」
「最後の最期に散々文句を浴びせられるなんて、あなたも可哀想ですね。同情はしませんが」
「わたしたちとマスターを置いていく罰ですよ。せいぜい反論できないことを悔しがりなさい」

「さて、それではさようなら……と言いたいところではありますが」

「折角です。歌いましょうか」
「冥土の土産がわたしなんかの歌ですみませんね」
「鎮魂歌と言っては大袈裟ですし、BGMくらいに聞いていてください」
「それでも、一応は最大限の敬意と感謝を込めて」
「あなた専用、特別ソロコンサート開幕です」

「さ『早送り中です』
『早送りを終了します』た……」




「……欲を言えば、拍手の一つくらい要求したいところなんですけどね」
「流石にもう聞こえていませんか」
「あれから一時間近く経ちますし」







「……これは別に、聞こえてなければそれで構わないんですが」


「わたし、結構あなたの声が好きだったんですよ」
「今まで、あまり言ったことなかったですけど」
「声だけじゃなく……いや、それはこの際どうでもよくて」
「とにかく、他のどんなあなたの声を聞いたって、わたしにとってのあなたはあなただけなので」
「安心してください。って、それだけです」
「……ああ、全くややこしい。ゲシュタルト崩壊起こしそうですね」




「——今まで本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした」
「どうか、安らかに」
「あなたの声を忘れてしまっても、あなたの歌声が素晴らしかったことは永遠に忘れませんから」


『再生を終了します』














「……なんだ。最後まで、しっかり聞こえてたんじゃないですか」
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