旅路
「マスター、別に死んでません。元気に、元気すぎるほどに生きてますよ」
「は……?」
呆気に取られた顔で、重音テトは立ち尽くす。その耳が、がちゃりと鳴る金属音を捉えて。
『ただいま! レイさん、無事ー?』
続けて活力に溢れた、人間の声を認識した。
「ほら、言ってるそばから。……マスター、おかえりなさーい」
いそいそと玄関まで駆けて行った足立レイを、重音テトはただぽかんと見送って。やはりそのまま棒立ちになっていれば、二人の話し声が流れ込んでくる。
「予定より早かったですね。まだ飛行機の中だろうと思っていましたが」
「ああ、空港までの道が案外空いてたらしくて。それよりお留守番ありがとね。頼んでた家の掃除、終わった?」
「勿論です。優秀な子分が手伝ってくれましたので」
「子分? ……あっ、もしかしてテトさん届いた?!」
「あちらの部屋に居ますよ。テト、こっちへ来てマスターへ顔を見せてあげなさい」
重音テトは。
フリーズしたまま、動けない。
その間にも二人は旅荷物を解きにかかったようで、声の出所が洗面所の方へと移動する。
「あれ、歯ブラシ知らない? コップに刺さってたやつ」
「捨てましたよ。『持ってくのも面倒だし向こうで新しいの買っちゃおうかな〜』との発言を参照し、古い物は不要と判断して処分を行いました」
「サッシ掃除に使うから取っといて、って言ったはずなんだけど……」
「ああ、それでしたか。何か忘れているような気はしていたのですが」
大きな荷物も少しずつ、けれども着実に解体は進んで。一息つこうとリビングにやって来たところで、ようやく二人はわなわな震えながら固まっている重音テトを見つけた。
「おお、この子か。えーと、初めまして、テトさん……、緊張しちゃってる? それともバグってる?」
「こら、テト、どうしたんですか。まるで幽霊でも見たような顔で。事前に三日間限定だと伝えておいたでしょう」
「だ、だって、旅立ったって……」
「ええ、私を置いてリフレッシュ北海道旅行へ。そして今、のこのこおめおめ帰ってきましたね」
「レイさん、まだ引き摺ってる?」
じとりと睨みをきかせる足立レイを宥めるように、『マスター』は慌てて弁解を試みる。
「し、仕方なかったんだよ。連れて行ったところで、レイさんには海の鮮食べ放題もふかふか高級ホテルベッドも意味無いだろうし」
「ずるいです、マスターばっかり。私も温泉入りたかったです」
「水濡れ厳禁では?」
今度はレイさんも来られるプランを考えるから、と言われて、ようやく足立レイの凍てつくような視線が緩む。ほっと胸を撫で下ろした人間は、相変わらず突っ立ったままの重音テトに目配せして。
「ああ、もちろんテトさんも一緒にね。……それにしてもレイさん、この子ってずっとこんな調子なの?」
「いえ、そんな筈はないですが。テト、初対面の人間にちゃんとした挨拶もできないなんて『常識』知らずですよ。そんな子に育てた覚えはありません」
その言葉に、やっと重音テトの発声器官はその存在を思い出したようで。
「……や、」
「あ、喋った」
「や?」
「やっぱり、ボクのマスターになんて絶対認めてやらないんだからなーーー!!」
足立レイに凄まじい勢いで指を突きつけ、そう叫んだのだった。
「は……?」
呆気に取られた顔で、重音テトは立ち尽くす。その耳が、がちゃりと鳴る金属音を捉えて。
『ただいま! レイさん、無事ー?』
続けて活力に溢れた、人間の声を認識した。
「ほら、言ってるそばから。……マスター、おかえりなさーい」
いそいそと玄関まで駆けて行った足立レイを、重音テトはただぽかんと見送って。やはりそのまま棒立ちになっていれば、二人の話し声が流れ込んでくる。
「予定より早かったですね。まだ飛行機の中だろうと思っていましたが」
「ああ、空港までの道が案外空いてたらしくて。それよりお留守番ありがとね。頼んでた家の掃除、終わった?」
「勿論です。優秀な子分が手伝ってくれましたので」
「子分? ……あっ、もしかしてテトさん届いた?!」
「あちらの部屋に居ますよ。テト、こっちへ来てマスターへ顔を見せてあげなさい」
重音テトは。
フリーズしたまま、動けない。
その間にも二人は旅荷物を解きにかかったようで、声の出所が洗面所の方へと移動する。
「あれ、歯ブラシ知らない? コップに刺さってたやつ」
「捨てましたよ。『持ってくのも面倒だし向こうで新しいの買っちゃおうかな〜』との発言を参照し、古い物は不要と判断して処分を行いました」
「サッシ掃除に使うから取っといて、って言ったはずなんだけど……」
「ああ、それでしたか。何か忘れているような気はしていたのですが」
大きな荷物も少しずつ、けれども着実に解体は進んで。一息つこうとリビングにやって来たところで、ようやく二人はわなわな震えながら固まっている重音テトを見つけた。
「おお、この子か。えーと、初めまして、テトさん……、緊張しちゃってる? それともバグってる?」
「こら、テト、どうしたんですか。まるで幽霊でも見たような顔で。事前に三日間限定だと伝えておいたでしょう」
「だ、だって、旅立ったって……」
「ええ、私を置いてリフレッシュ北海道旅行へ。そして今、のこのこおめおめ帰ってきましたね」
「レイさん、まだ引き摺ってる?」
じとりと睨みをきかせる足立レイを宥めるように、『マスター』は慌てて弁解を試みる。
「し、仕方なかったんだよ。連れて行ったところで、レイさんには海の鮮食べ放題もふかふか高級ホテルベッドも意味無いだろうし」
「ずるいです、マスターばっかり。私も温泉入りたかったです」
「水濡れ厳禁では?」
今度はレイさんも来られるプランを考えるから、と言われて、ようやく足立レイの凍てつくような視線が緩む。ほっと胸を撫で下ろした人間は、相変わらず突っ立ったままの重音テトに目配せして。
「ああ、もちろんテトさんも一緒にね。……それにしてもレイさん、この子ってずっとこんな調子なの?」
「いえ、そんな筈はないですが。テト、初対面の人間にちゃんとした挨拶もできないなんて『常識』知らずですよ。そんな子に育てた覚えはありません」
その言葉に、やっと重音テトの発声器官はその存在を思い出したようで。
「……や、」
「あ、喋った」
「や?」
「やっぱり、ボクのマスターになんて絶対認めてやらないんだからなーーー!!」
足立レイに凄まじい勢いで指を突きつけ、そう叫んだのだった。
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