我、十有五にして

「終わり、ました…………!」
「御苦労であったな」


 何はともあれ、三つの科目を一通りは『勉強』してみて。体力も気力も尽きたとばかりに机に倒れ込むマスターに、神威がくぽはやはり笑顔で労いの言葉をかける。大丈夫ですから、と起き上がり。


「……結構散々になっちゃいましたが、実際やってみてどうでした?」

 少なくともこのめでたい日、彼を祝いたいとの気持ちは確かに抱えていたマスターが申し訳なさそうに尋ねる。彼にとって、満足のいくような授業にはなっていなかっただろうから。

「満足だが? なにせ、目的は果たせた故な」

 そんな人間に、神威がくぽは極めてさらりと告げる。元より知識に困っていない彼が勉強を望んだその理由。たとえそれが、マスターにとっては当たり前すぎて理解できなかったことだとしても。


「マスター、今度は『通学』とやらに興味が湧いてきたのだが」
「満員電車の苦しみなんて絶対知らない方がいいですよ」

 明日でなくてもいい、また来年でも構わない。まだまだ彼を待ち構えているであろう、既知の、されど初めての経験を想像して、神威がくぽは一人胸を躍らせるのだった。





「ところで、マスター。もう一科目だけ、気になるものがあってな?」
「本気?」
「我はいつだって本気であるよ」

 というわけで、補習が始まる。





【補習 音楽】



 もはや説明不要、心配無用。完璧に与えられた譜面を歌いこなす神威がくぽの姿がそこに在った。

「これ必要あります?」
「理論などは知らずに歌っておるのでな」
「天才みたいなこと言いますね」

 これまで以上に所在無さげなマスターだったが、しかしスクリーンのある一点に目を止める。

「ああ、そういえば。ここの音量を調整したかったんでした」

 首を傾げる神威がくぽを横目に、慣れた手つきでマウスを操作する。サビに向けての盛り上がり、小さな音から徐々に大きく響くように。

「こう、途中から一気にぐわっと目立つようにしたいんですよ。ちょうど指数関数みたいに……すると、ここの数値の差はこれくらいになるはずだから……」

 呟きながら数値を打ち込んでいくマスター。ぱちんとエンターキーを叩いて、しかし、まだまだ気になるところはあるようで。

「ここの部分、もっと情感を表現したいですね。ほら、ここの歌詞、男の子の心情を考えるとかなりグッとくる場面になりそうじゃないですか」
「ここのヴェロシティを弄って……うわ、Error? なになに……なんだ、そんなに大したことじゃないですね。全くもう、怖がらせないでくださいよ」


 試行錯誤を繰り返しつつ、けれど楽しげに作業に打ち込むマスターの隣で、神威がくぽはぽつりと。

「……別々の過程を経た学習成果が、一つに集約されることもあるとはな」


「こんな感じで試してみましょうか……すみません、今何か話してました?」
「否。いやはや、やはり人間とは面白いものだ」

 今度はマスターの方が首を傾げる。神威がくぽは黙って首をすくめ、すぐさま更新された譜面の通り歌い始めるのだった。
3/3ページ
スキ