我、十有五にして
【一限目 数学】
「ちょっと待ってください、やっぱり無理かも」
いきなりのタイマーストップ、しかし神威がくぽは動じない。日頃の様子を見ていれば、十中八九こうなるだろうと予想はついていたから。
「マスター。我の願いを叶えてくれるのだろう?」
だから、何でもないような笑顔で。
「我はな、この世界、ひいては我そのものをも構成する数字に興味がある。どうか、教えてはくれぬか」
まっすぐな瞳で、丸め込む。
「マスターを見込んで、頼んでおるのだよ」
「……出来るとは言ってませんからね」
説得成功、かくしてタイマーは再スタートを切る。
まだ楽しめそうな方ではあるし、とマスターが用意したのは作図問題。本来であれば垂直二等分線、角の二等分線といった直線をコンパスや定規を駆使して書き込んでいくのだが。
「これで良いのか?」
「あまりにも迷いがない……」
流石は電脳存在、そんな道具に頼ることなく一発で完璧な線を描き出すことが出来て当然と喜びもしない神威がくぽ。むしろ彼にとっては、物理的に作図用の文具を手に取る方が難しいほどだろう。
これは単元を見直した方が良さそうだ。そう判断したマスターが選び直したページには、ずらりと計算問題が並んでいる。しかし、先程の手際の良さがこちらで発揮されない訳もなく。
「ではこちらの方程式、xの二乗プラスyの……」
「重解、三と八分の七であるな?」
「せめて問題は最後まで読ませてくれません?」
呆れた声を上げながらも、恐れた事態が起きることはなさそうだとひっそり安心するマスターだった。
【二限目 国語】
さて、気を取り直して次の科目。いくらVOCALOIDが高性能とはいえ、人間の心理描写を完全に読み取り理解することができるだろうか。
「まずはこの物語を読んでみてください。ちょっと長いので、時間多めに取りますね」
「読み終えたぞ」
「いくらなんでも早すぎる」
メモリの処理速度は良好、テキストデータの読み込みを一瞬で終えた神威がくぽにマスターはまたも目を見開かされる。
しかし、今や読むだけならばその辺の家電にも可能な時代、重要なのは内容理解について。数学の時間の意趣返しとしてマスターが選んだこの問題は、とある難関高校の過去問、その中でも一際目立った難易度を誇るとしてかなり話題にもなったもの。読むと同じく一瞬で解き終えてしまった神威がくぽの点数や如何に。
「……カンニング、しました?」
「我の思考は、主にインターネット上の情報を参照して組み立てられておってな。どうしようもないのだ」
一言一句模範解答と違わぬ答案データを前に、マスターは頭を抱えた。話題になった問題の答えがネットで拾えないはずがない。情報社会をいくら恨めど、しがない一人の人間に為す術は無かった。
【三限目 英語】
もう後がない、今度こそ、と挑むはとうとう最終科目。これまでの苦難を経てもはや肩で息をする様子のマスターに対して、神威がくぽは相変わらず涼やかな顔。しかし今回ばかりは、彼も容易く百点満点とはいかないようで。
「リピートアフターミー、soccer」
「さかー」
「せめて英語ライブラリがあれば……」
無いものを悔やんでも仕方ない。世には彼の歌声を用いた英語楽曲動画だって存在する。つまり、きっと努力の積み重ねで越えられる壁ではあるはず。
確かに高い壁ではあるだろう。見上げるだけで首が痛くなるような、思わず目の眩むような、そんな遥か遠い空の果てまで聳え立っていることだろう。
けれども。今まで共に歩んできた神威がくぽとなら、きっとその先の景色を知ることができるはずだ。そう信じてマスターは懸命に英語を教え込み、そして、ついに。
「ワットフード、ドゥユライク?」
「なしんぐ。あいあむ、のっと、あ、ひゅーまん」
「イズントゥイットエッグプランツ?!」
発音の良し悪しはともかくとして、意味の通じる英会話を行うことができた。それだけでも、初心者には十分立派な功績ではないだろうか。
——後日、マスターは澄んだ瞳でそう語ったと言う。
「ちょっと待ってください、やっぱり無理かも」
いきなりのタイマーストップ、しかし神威がくぽは動じない。日頃の様子を見ていれば、十中八九こうなるだろうと予想はついていたから。
「マスター。我の願いを叶えてくれるのだろう?」
だから、何でもないような笑顔で。
「我はな、この世界、ひいては我そのものをも構成する数字に興味がある。どうか、教えてはくれぬか」
まっすぐな瞳で、丸め込む。
「マスターを見込んで、頼んでおるのだよ」
「……出来るとは言ってませんからね」
説得成功、かくしてタイマーは再スタートを切る。
まだ楽しめそうな方ではあるし、とマスターが用意したのは作図問題。本来であれば垂直二等分線、角の二等分線といった直線をコンパスや定規を駆使して書き込んでいくのだが。
「これで良いのか?」
「あまりにも迷いがない……」
流石は電脳存在、そんな道具に頼ることなく一発で完璧な線を描き出すことが出来て当然と喜びもしない神威がくぽ。むしろ彼にとっては、物理的に作図用の文具を手に取る方が難しいほどだろう。
これは単元を見直した方が良さそうだ。そう判断したマスターが選び直したページには、ずらりと計算問題が並んでいる。しかし、先程の手際の良さがこちらで発揮されない訳もなく。
「ではこちらの方程式、xの二乗プラスyの……」
「重解、三と八分の七であるな?」
「せめて問題は最後まで読ませてくれません?」
呆れた声を上げながらも、恐れた事態が起きることはなさそうだとひっそり安心するマスターだった。
【二限目 国語】
さて、気を取り直して次の科目。いくらVOCALOIDが高性能とはいえ、人間の心理描写を完全に読み取り理解することができるだろうか。
「まずはこの物語を読んでみてください。ちょっと長いので、時間多めに取りますね」
「読み終えたぞ」
「いくらなんでも早すぎる」
メモリの処理速度は良好、テキストデータの読み込みを一瞬で終えた神威がくぽにマスターはまたも目を見開かされる。
しかし、今や読むだけならばその辺の家電にも可能な時代、重要なのは内容理解について。数学の時間の意趣返しとしてマスターが選んだこの問題は、とある難関高校の過去問、その中でも一際目立った難易度を誇るとしてかなり話題にもなったもの。読むと同じく一瞬で解き終えてしまった神威がくぽの点数や如何に。
「……カンニング、しました?」
「我の思考は、主にインターネット上の情報を参照して組み立てられておってな。どうしようもないのだ」
一言一句模範解答と違わぬ答案データを前に、マスターは頭を抱えた。話題になった問題の答えがネットで拾えないはずがない。情報社会をいくら恨めど、しがない一人の人間に為す術は無かった。
【三限目 英語】
もう後がない、今度こそ、と挑むはとうとう最終科目。これまでの苦難を経てもはや肩で息をする様子のマスターに対して、神威がくぽは相変わらず涼やかな顔。しかし今回ばかりは、彼も容易く百点満点とはいかないようで。
「リピートアフターミー、soccer」
「さかー」
「せめて英語ライブラリがあれば……」
無いものを悔やんでも仕方ない。世には彼の歌声を用いた英語楽曲動画だって存在する。つまり、きっと努力の積み重ねで越えられる壁ではあるはず。
確かに高い壁ではあるだろう。見上げるだけで首が痛くなるような、思わず目の眩むような、そんな遥か遠い空の果てまで聳え立っていることだろう。
けれども。今まで共に歩んできた神威がくぽとなら、きっとその先の景色を知ることができるはずだ。そう信じてマスターは懸命に英語を教え込み、そして、ついに。
「ワットフード、ドゥユライク?」
「なしんぐ。あいあむ、のっと、あ、ひゅーまん」
「イズントゥイットエッグプランツ?!」
発音の良し悪しはともかくとして、意味の通じる英会話を行うことができた。それだけでも、初心者には十分立派な功績ではないだろうか。
——後日、マスターは澄んだ瞳でそう語ったと言う。