少しだけ昔の話
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彼女の集中はすさまじく、殆ど途中から手を動かすことができなかった。検査室で体を隈なく調べられている時の感覚に少し近い、だけどもっと心地良くて、何故だかヒリヒリと胸が痛い、不思議な感覚。
彼女のイーゼルの後ろを通りがかった生徒が足を止めた。それにぶつかりかけた生徒が文句を言いかけてまた足を止めて、作り上げられて行く絵に貼り付けになる。何かの呪いか罠のよう。授業が終わる頃には生徒の大半が彼女の絵の後ろに集まっていた。
授業の終わりを告げるチャイムに、彼女ははっと我を取り戻した。キョロキョロと辺りを見廻し、狼狽えるように道具を片付けはじめる。
「出来た絵は前に提出してから帰るようにー。道具ちゃんと片付けろよー。」
美術の先生の言葉にはっとして自分の画用紙を見ると、未完成の線画に淡い色がぽつぽつと乗っているだけだった。苦笑いして、人集りの去った彼女の絵を覗き込む。
「すごい絵だな…。」
彼女が描き上げたものを見て、思わず息を飲んだ。
そこに居るのが自分だとはっきりとわかる。明暗のコントラストに何色もの色が重なりあい、顔形の向こう側にある自分の姿が写しとられているように感じた。
「あ、ねえ…!」
何を考えていたの、ここはどうやって描いたの、君から見た俺ってこんなに寂しそうかい?
色々と聞きたいことが湧いてくるのに、彼女は乱暴に絵を剥ぎ取ると、前に放り投げるように提出し、教室を飛び出した。
「待って…!」
慌てて追いかける。階段まで来てようやく腕を掴んだ。
「…どうして逃げるんだい?」
前髪の隙間から怯えたような瞳が覗いた。
「酷いじゃないか、折角友達になれたのに。」
「…。」
彼女は何も喋らない。握った腕から鼓動がトクトクと伝わってくる。
「…ごめん…急に掴んだりして。」
「…。」
「また話せる?」
手を緩めた瞬間、彼女は走って逃げていった。
***