屋上、或いは透明な壁の向こう
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何度か試みてはみたが、教室では声を掛けることが出来なかった。何だか透明な、分厚い壁でもあるようで。
ある日の昼休み。アイツの真似をして三角コーンにポールを立てた。屋上入り口の棟の上によじ登り、昼寝を決め込んでいると、ドアが開いた。
教室で何度も視界に入ったシルエット。上から見ると一層小さく見える。透明の壁の向こうに届くように、少しだけ力んで声をかけた。
「…立ち入り禁止、なんじゃけど。」
声の出どころを探してキョロキョロと見回した後、上を見上げた。視線がぶつかる。眩しそうに目を細めながら、彼女は答える。
「…著作権は私にあるけど。勝手に真似しないでよ。」
透明の壁が崩れ落ちた気がした。
予想していたよりも落ち着いた、でもどこか幼い感じがする声。
「…なんじゃ、前回俺が居たのにも気付いとったんか?」
「小さい音でも起きれる人間じゃなきゃこんな所で昼寝しないよ。」
パンの袋を引きあけるようなジェスチャーをしながら塩谷は答える。また透明な壁が出来上がらないようにと慌てて近づく俺を気にも止めず、日陰に腰を下ろして、弁当包みを開いた。手作りらしいサンドイッチだ。
「声くらい掛けてくれても良かろうに。」
「屋上には教室に居づらいヤツしか来ないのよ。」
「お前さんも?」
「もちろん。だから追い出さないで。」
「共犯ってことじゃな。」
「そういうこと。…私も君のファンに君がここにいるってことは言わないから。」
「はは…そうしてもらえると助かるのう。」
口ぶりから、どうやら俺のことを知らないわけでは無いらしい。一時的とはいえ新聞部に在籍し、跡部に記事依頼をされるくらいだから当然か。
聞いた噂の真相を尋ねるのは何となく憚られた。向こうも昼食を食べ終わり、無言の気まずい時間が流れる。
ふと、イチゴの香りがした。
顔を上げると、隣で塩谷がシャボン玉を吹いている。香り付きの、チープなイチゴの形をした、子供が首から下げるタイプのシャボン玉。ふう、と僅かな吐息が、甘い香りの小さな粒になる。
恋をする瞬間とは、こんなものだろうか。
身に覚えのない胸の高鳴りに驚きつつも、慌てて自分のポケットを漁り、ーーこっちは何の香り付もしていない普通のシャボン玉だがーー応えるように、隣で吹いた。
シャボンに気付くと、塩谷は一瞬目を見開いてから、ふにゃっと笑った。透明な分厚い壁の向こうの少女に、指先が触れたような気がした。つられて自分も笑っていた。
ただ無言で、昼休みが終わるまで、浮かんでは消えていくシャボン玉を眺め続けた。
***