消毒液のにおい
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「なぁ、あの〜」
「なぁに。」
「…あっ…ほら、あそこの雲!ソフトクリームみたいじゃの〜」
「…。」
屋上の共謀は終わった。だが今日はどうしても二人きりで話がしたくて、涼しいから上に行かんか、と適当に唆した。いざ登ってみれば、遮るもののない場所へ降り注ぐ太陽は容赦なく、ふたりで日陰に横並びに立つような格好になった。塩谷は特に怒ることもなく、澄んだ瞳でじーっとこちらを見つめてくる。
「何か言いたいことでもあるの?」
「…バレとったか。いやバレバレか。ああ…詐欺師の名が泣くのう…」
前髪をわしゃわしゃと掻いて顔を隠すが、いくらも効果はない。
「君にも言いにくい事なんてあるのね?」
「…本当に思っとることは、中々言いづらいもんじゃ。」
「…待つよ。ゆっくりで大丈夫だから。」
「そういう優しいの、逆効果なんじゃけど。」
仕方なく、その場に腰を下ろした。
「な、こっち、座って。俺と背中合わせに。」
「ん…こう?」
「うん…そう。いい感じじゃ。」
塩谷は素直に床にペタンと座る。背中に少しの湿りと体温を感じる。汗を拭くシートだか制汗剤だかの、ちょっとわざとらしいくらいの爽やかな桃の匂いが僅かに香る。
「…今度、テニスの大会があるんじゃ。関東大会。」
「うん、知ってるよ。」
「み…見に来んか…。」
「…っふふ、知らなかった。テニスの応援を誘うのって、そんなに勇気が必要だったんだ。」
「いや、お前さん、あんまりテニスには興味無さそうじゃし」
「そんなことはないよ。仁王くんが頑張ってるもののことは知りたいと思ってるよ。」
ふとした拍子に殺し文句をつらっと囁いてくる。胸の高鳴りと共に続きを促した。
「じゃあ、来てくれるか?」
「…ん…行きたいよ、すごく行きたい、けど。」
「けど?」
「気がかりで。」
「何が。」
「…幸村くんのことが。」
沈黙を風が吹き抜けて行った。いや、こんな答えが返ってくるのは分かっていたつもりだった。…命が掛かっているのだから。
「…な、野暮な質問じゃが…お前さんと幸村、付き合っとるんか?」
「それは断じて違う。」
「だけど、なら何でそこまで。」
「なんだろう、シンパシー、って、言うのかな。」
塩谷は誠実さをそのものに手繰り手繰り言葉を続けた。
「不当、って感じるの。彼の病気のこと。可哀想だとか、好きだから支えたいとか、そういう気持ちとは違って。不平等だって思うの。」
「ん…。」
「どんなに好きなことでも、ずっと向き合い続けたらしんどくなるでしょ?…私は今、幸村くんの避難所みたいなもの何だと思う。その日だけは、彼を一人にしちゃいけないって思う。そして…君たちのテニスにこれ以上立ち入っちゃいけない気がするの。…うまく、言えないけど。」
「そうか…。」
背中にぎゅっと体重を掛けた。お腹が圧迫された塩谷が、ぐえ、と声が出す。…知ってた、分かってた、だけど。
「塩谷はマジメじゃのう〜マジメ、マジメ、大真面目じゃ。」
俺にだってその優しさを分けてほしい。少しでいいから。
「そういう理由なら無理強いはせん。ウチの部長に誰かついててくれた方が、俺らとしても安心して試合ができるし。…ま、次の全国もあるしな。」
「…ごめ…ん…」
振り返ると、塩谷は泣きそうな顔をしていた。
「…何でお前さんがそんな顔しとるき?」
「な…なんでかな。」
謝るのはこっちのほうだ。こんな困らせると分かっているようなお願いをして。だけどどうしようもなく欲しかった。お前からの何かが。
気がつくと、殆ど衝動的に、唇が重なっていた。瞬間、我に返って言い訳を連ねる。
「…応援の代わりにもらっとくぜよ。今日はこれで勘弁しちゃる。」
なるべく何でもないように、ふわ、と欠伸をして誤魔化して、足早に屋上を後にした。
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