消毒液のにおい
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倒れた現場に立ち会ったから、救急車に同席することになり、あれよあれよと病院へ。密かに禁じていた「病人の幸村くんを目撃しない」という私の決心は泡沫と消えた。
「彼女さんはここで待っていてくださいね。」
「…はい?」
緊急隊員の人にそう声を掛けられた。ーーああ、そうか。恋人だと思われたから救急車にも乗れたのか。そうだよな、普通ただの同級生を同席はさせないか…でも、違うのに。嘘をついているみたいで居心地が悪い。皮張りのソファで腕組み、脚を組みしてどうしたものかと悩んでいると、お医者さんに入ってもいいよと言われた。ぞろぞろと看護師さん達を引き連れて出てくる。
「あ…幸村くんの…。」
「元気付けてあげてね。」
「気を落とさないで。」
「そばにいてあげて。」
「…はぁ。」
すれ違いざまに浴びた看護師さんのその声掛けは、明らかに私と幸村くんの関係を誤解していることが明白だった。ため息をついて部屋のドアを開ける。
「…元気? って、な訳ないか。」
「やぁ。すまない…びっくりさせてしまったね。」
「びっくりした。…救急車、はじめて乗っちゃった。」
声を潜めて打ち明けると、幸村くんはくすくすと笑った。電話口で何度も聞いた笑い声だ。
「…話せてほっとしたよ。意識が戻って安心した。」
「…すまないね。」
「謝ることないよ。だって幸村くんは悪くない。」
「君は、本当に優しいよね。」
幸村くんが手を握ってきた。冷たい手だった。
「ごめん、少しだけ。」
「うん、いいよ。気が済むまで。」
「何で君はそんなに優しいのかな?」
「普通だよ。君の役に立てることがあって嬉しい。」
「君の…そう言うところがさ…」
しばしの沈黙が訪れた。幸村くんの冷たい指先が、じわじわと私の温度と混ざっていく。
「そういえば、看護師さんに勘違いされただろう?」
「ああ…なんか、彼女だって思われたっぽい。」
「ごめんね…俺、訂正しそびれたんだよ。…なんかめんどくさくて。」
「なにそれ、酷ぉい。良くないよ、そういうの。」
「ふふ…ほんとにそうなら…いいとも思ったし。」
最後の方は小さくて聞き取れなかった。幸村くんがだんだん俯いて行く。
「今度、手術が決まったんだ。…日付は、関東大会の日。」
「そうなんだ…。」
「もし、もし良かったら…そばに居てくれないかな。」
「幸村くん…。」
声はいつもと変わらず平坦だったけれど、僅かに息が震えている。ーー怖いんだ、この人。手をぎゅっと強く握ると、俯いた顔の下に、ぽたぽたと雫が垂れた。シーツにじわりと小さな染みをつくる。静かな、静かな泣きかただった。
「…病人扱いされたくないって、見栄を切ったばっかりなのにね。」
「わかった。いいよ。その日はずっとそばにいるよ。」
「…ありがとう。」
普段は毅然とした幸村くんがこんなふうになるのだ。きっと病状はあまり良いとは言えない。私が出来ることがあるなら、それは全て叶えたい。友達の一人として。
***
「彼女さんはここで待っていてくださいね。」
「…はい?」
緊急隊員の人にそう声を掛けられた。ーーああ、そうか。恋人だと思われたから救急車にも乗れたのか。そうだよな、普通ただの同級生を同席はさせないか…でも、違うのに。嘘をついているみたいで居心地が悪い。皮張りのソファで腕組み、脚を組みしてどうしたものかと悩んでいると、お医者さんに入ってもいいよと言われた。ぞろぞろと看護師さん達を引き連れて出てくる。
「あ…幸村くんの…。」
「元気付けてあげてね。」
「気を落とさないで。」
「そばにいてあげて。」
「…はぁ。」
すれ違いざまに浴びた看護師さんのその声掛けは、明らかに私と幸村くんの関係を誤解していることが明白だった。ため息をついて部屋のドアを開ける。
「…元気? って、な訳ないか。」
「やぁ。すまない…びっくりさせてしまったね。」
「びっくりした。…救急車、はじめて乗っちゃった。」
声を潜めて打ち明けると、幸村くんはくすくすと笑った。電話口で何度も聞いた笑い声だ。
「…話せてほっとしたよ。意識が戻って安心した。」
「…すまないね。」
「謝ることないよ。だって幸村くんは悪くない。」
「君は、本当に優しいよね。」
幸村くんが手を握ってきた。冷たい手だった。
「ごめん、少しだけ。」
「うん、いいよ。気が済むまで。」
「何で君はそんなに優しいのかな?」
「普通だよ。君の役に立てることがあって嬉しい。」
「君の…そう言うところがさ…」
しばしの沈黙が訪れた。幸村くんの冷たい指先が、じわじわと私の温度と混ざっていく。
「そういえば、看護師さんに勘違いされただろう?」
「ああ…なんか、彼女だって思われたっぽい。」
「ごめんね…俺、訂正しそびれたんだよ。…なんかめんどくさくて。」
「なにそれ、酷ぉい。良くないよ、そういうの。」
「ふふ…ほんとにそうなら…いいとも思ったし。」
最後の方は小さくて聞き取れなかった。幸村くんがだんだん俯いて行く。
「今度、手術が決まったんだ。…日付は、関東大会の日。」
「そうなんだ…。」
「もし、もし良かったら…そばに居てくれないかな。」
「幸村くん…。」
声はいつもと変わらず平坦だったけれど、僅かに息が震えている。ーー怖いんだ、この人。手をぎゅっと強く握ると、俯いた顔の下に、ぽたぽたと雫が垂れた。シーツにじわりと小さな染みをつくる。静かな、静かな泣きかただった。
「…病人扱いされたくないって、見栄を切ったばっかりなのにね。」
「わかった。いいよ。その日はずっとそばにいるよ。」
「…ありがとう。」
普段は毅然とした幸村くんがこんなふうになるのだ。きっと病状はあまり良いとは言えない。私が出来ることがあるなら、それは全て叶えたい。友達の一人として。
***