動き始める物語
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『運命の人』なんてものが、この世に居るのかはさておいて、絶対に恋をすべきでない相手っていうのは実在する。それを体現したような存在が、彼、仁王雅治だ。
高名な詐欺師。甘いマスクに、人を揶揄ったような言動。どちらかと言えば低いけれど、聞き取りにくいほどではない、耳に心地いい高さの声。もちろんモテる、アホほどモテる。
そんな人が何故、私の前でポケットサイズのオセロのコマをぱたぱたとひっくり返しているのか。
「お前さんの番じゃぞ。」
「うーん…」
本物のテーブルゲームのオセロよりは随分小さいので、すぐに勝敗は決まってしまう。半ば投げやりに黒い石を置いたら、案の定次の手で鮮やかに白く染められた。
「…負けました。」
「っはは、お前さんオセロ弱いのぅ。もう一回じゃ。」
もう既に2回も私に勝っているのに、飽きないのか再び石を集め始める。教室ではみたこともない無邪気な顔。
どこのものだかハッキリしない方言。大人びているかと思えば、意外と年相応に子供みたいに笑う。あーあー、そりゃあモテるでしょうねぇ、モテるでしょうとも。
昼休みの僅かなひととき。二人とも片手にパンやサンドイッチを齧りながら、ボードゲームやトランプ。良くないなと思いつつ、彼と過ごすのが楽しくてやめられない。認めたくないけど、昼休みの時間が毎日楽しみで仕方ない。
「また俺の勝ちじゃな。」
「はいはい、私の負けですよ。」
「いかんのう、塩谷。今日のお前は俺に勝とうという気概がない。」
「オセロ苦手だもん。」
「苦手もへったくれもないじゃろ。勝つ気の無いものは一生勝てんぜよ。勝利は奪い取りんしゃい。」
「だって、勝ったって何にも無いじゃない。」
「そういうことは勝ってから言うもんじゃ。」
「じゃ、勝ったら何か頂戴?」
「いいぜよ。まずは俺に勝ってみんしゃい。」
勝つ気の無いものは勝てない。いかにも立海大のテニス部らしいセリフだ。やはり彼も曲がりなりに常勝を目指す一員なのだ。
ーーー私は一度でもそんな風に何かを強く勝ち取ろうと戦った事があっただろうか。
小さな盤上に集中を寄せると、屋上の詐欺師はニヤリと笑った。
「そうでなきゃつまらん。」
さっきより慎重に、石を運ぶ。今まで3敗を喫した経験から、彼の手癖を推察して。中盤で急激に盤上が黒くなった。
「やるのう。…勝ったら何が欲しい?」
「勝ったら…」
私が欲しいものってなんだろう。安心できる学生生活? 自分の居場所?…そんなもの要求した所で、いくらイリュージョニストでもはいはいと寄越してはくれないだろうけれど。
でも、もう少し、
あと少し、
君といられる時間が続いたらいいのに。
「負けじゃ。」
チャイムが鳴って、はっとした。盤上の石は大半が黒。私の勝ち。
「…で、お前さんは何が欲しいんじゃ?」
少し上から、猫背気味に顔を覗き込まれる。顔がどんどん近づいて…近づい…近いよ。
「じ…じゃあ…」
流れを手癖に任せた。
「とりあえずこれ、もらっておくね。」
「…いつの間に。」
彼のポケットから数個の飴を盗みだし、軽く放ってパシっと握る。
「お前さんも手癖が悪いのう。」
「詐欺師の君に言われたくない。…オセロは片付けといて。」
「…ケロケロ。」
赤面を悟られないように慌てて屋上を後にした。
***