少しだけ昔の話
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季節の花が咲き乱れる、天国みたいな場所だった。それが病院の中庭ということを除いては。どうしても直接話したくて、彼女に最寄りのバス停を伝えて来てもらった。
いつもなら、短期の入院で済む所が、今回の検査ではそうは行かなかった。
「入院、するんだ。」
頭の中で繰り返していたセリフがあった。ーーしばらくの間入院で、手術をするんだ。完治するかどうかはわからないけど、回復の見込みはあるーーー心配させないように、でも嘘はなるべくつかないように。だけど後が続かなかった。喉がぎゅっと詰まるようで、それ以上喋ったら泣き出してしまいそうだった。
「大丈夫?」
塩谷は絵を描いたあの日のように、鋭い視線で俺を射抜いた。
こんなつもりじゃなかった。部活のことはもちろんだけど、彼女のことも。自分をあんなに真っ直ぐに見てくれる相手は、部活の仲間達以外でははじめてだったから。自分の持っている才能に支配されている彼女を見ていられなかったから。
少しずつ彼女にできることをしてあげたかった。そんなに怯えなくても、誰に何と言われても、純粋にぶつかり合って切磋琢磨できる世界が、どこかにはあるんだと教えたかった。それなのに。
「俺…」
言いかけたところで細い体がゼロ距離になった。力一杯抱かれる。中学生になってからこんな風に抱きしめられたのは初めてかもしれない。彼女の淡いシャンプーの匂いがして悲しかった。女の子の体は柔らかくて、でも思っていたよりは力があるんだと知った。強く背中に回された腕は、抱擁というよりは崖に落ちる人を抱き止めるような無骨さで、溢れる涙を止められない俺には、なによりも有り難かった。
「たまに…電話しても良いかな。聞きたいんだ…学校の様子や、花壇のことや、部活の連中のこと。そして君のこと。」
「いいよ。」
彼女からほとばしるものは同情や憐憫ではなくて、ただ真摯な友情だった。下心も裏もない、対等な人間としての。それがとても嬉しかったし、辛かった。彼女のそういうところが好きだと思ったし、嫌いだと思った。
それが彼女に直接会った最後だった。
***