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短編 文スト

愛の言葉というものは聞いていてとても心地が良い。それが私に向けられたものであるなら尚のこと。それこそ何時まででも聞いていたいと思える程だ。
ただ、それにも限度というものがある。

「太宰さん今日も素敵ですね」
「太宰さん、好きです」
「また君はそうやって・・・」

私に縋り付くように言う彼女に大袈裟に溜息を吐く。執拗い、諄い。そして性懲りも無い。
私は幾度となく彼女に少しは自重するように伝えてきた。遠回しな言い方ではなくハッキリとした言葉で。なのにいつもいつも彼女は次の日には言われたことも忘れてまた同じことを繰り返すのだ。

「何度も言っているけれど、いい加減にし給え。日本人女性の慎ましさをもう一度学び直した方がいい」
「だ、だって好きな人には好きって言いたいじゃないですか!」
「頻度を減らせと言っているのだよ。一日に何回言っていると思ってるのかな」
「う・・・ごめんなさい」
「情熱的な女性は魅力的だけれど君は限度が過ぎている。言われ過ぎると何の有難みも感じなくなってしまうよ」

肩を窄めてシュンとする彼女にまた大きく溜息を吐いた。

_____________

そんな会話をしたのが昨日のこと。。彼女のことだ、また今回もいつもの様に繰り返すのだろうと思っていた。だが現実は違った。

「おはようございます、太宰さん」
「あぁ、おはよ、う」

朝の出会い頭にそれだけだ。どうした訳か今日は1度も言ってこない。それどころか私の傍に寄っても近付きもしない。仕方なく私から声を掛けても事務的に淡々と返されるのみだ。
仕事が終わった際も私が一緒に帰ろうと声を掛けるより先にさっさと退勤して行ってしまった。

「ついに愛想を尽かされたんじゃない?」

そんな私の様子を見て乱歩さんはケラケラと愉快そうに笑った。

「あの子が私に愛想を尽かす?まさか。有り得ない」
「そうかな?百年の恋も冷めると言うじゃないか。大方心当たりがあるんだろう?」
「それは・・・」

昨日の会話を思い出し押し黙った私を見て乱歩さんはまた楽しげに笑う。

「僕が見る限り、いつも彼女が一方的に太宰に好意を伝えるばかりで太宰から彼女に言っている姿を見たことがない。彼女から与えられることが当たり前だと思い上がっているんじゃないか?」
「そんなんじゃありませんよ。彼女が余りにも諄いものだから流しているだけです。乱歩さんだって見ているじゃあないですか、彼女の執拗さを」
「だから自分からは返さなくても構わないと?」
「・・・」
「成程。彼女が愛想を尽かすのも納得だ!潔くスッパりと諦めた方が良い!」

言い返すことが出来ない私に呆れたのか飽きたのか、乱歩さんはそんな捨て台詞を吐いて退社して行ってしまった。
図星だった。乱歩さんの言う通りだ。
彼女からの好意を蔑ろにしていた。それが当たり前にあって、何があろうと変わりはしないものだと思い込んでいた。
この世界にはそんな確証など何処にも無いというのに。
莫迦は私だ。きっと今まで幾度も彼女を傷付けてきたのだろう。
それでも私は・・・

_________

向かったのは彼女に宛てがわれた社員寮。そういえば私の方から彼女に会いに来たのもどれくらいぶりだろう。
ひとつ息を吐いてから意を決して呼び鈴を鳴らせば中からパタパタと足音が聞こえる。

「はーい。・・・太宰さん!?」

"誰か確認もせずに扉を開けるな"
これも何度も言ってきたことだ。本当にこの子は警戒心が足りなくて危なっかしい。だが今はそんなことはどうでもいい。
ドアを左手で掴み強引に中に入り、驚きバランスを崩した彼女を玄関の壁に押し付けた。

「だ、太宰さん・・・?どうしたんですか?」
「私が悪かった」
「え、?」
「私は自惚れていた。君の気持ちも考えずに随分と酷いことを言った。君に愛想を尽かされても仕方ないことをした」

彼女の揺らいだ瞳を見てズキンと胸が痛む。

「だけどせめて、」

声が震える。言葉を紡ぐことを体が拒否しているようだ。

「私が、嫌になったなら直接そう言い給え。じゃないと離してあげられない」

君が本当に私に愛想を尽かしたのなら、私は・・・

「な、なんの事ですか?」
「え?」

戸惑ったような彼女の言葉に顔を覗けばキョトンとした顔をしている。

「私が太宰さんが嫌になる?有り得ません!」
「え、だって君今日、私のことを避けていたじゃないか」
「あ、あれは乱歩さんが・・・!」
「乱歩さん?」
「乱歩さんに、昨日太宰さんに言われたことを話したら「それなら1度素っ気なくしてみたら?」って言ってたのでそれで・・・」

さっき見た乱歩さんの愉快そうな笑顔が脳裏を過ぎる。あぁ、そうか、全て乱歩さんの掌の上の出来事だったという訳だ。やられた。

「じゃあ私に愛想を尽かした訳ではないのだね?」
「勿論です!私は太宰さんが・・・!」
「それ、ちょっと待って」

いつもの台詞を言おうとしたのであろう彼女の唇に指を当てて制止させる。
此処で彼女から言わせては二の舞にしかならない。だから、

「君が好きだ。誰よりも愛してる。いつも言わせてばかりですまなかったね」
「っ・・・!いいえ、いいえっ!私も好き、大好きです!」

私の胸に飛び込んできた彼女をギュッと抱き締める。私はこの温もりを失くす可能性があったのかと思うとゾッとした。
愛の言葉とはやはり聞いていて心地が良い。だが私は欲深い人間なものだからそれだけでは足りないらしい。この温もりもこの笑顔も、全て含めて私の、私だけのモノで無ければ・・・
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