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短編 文スト

何が切っ掛けだったか、なんて忘れてしまった。ただ気付いた時にはもう引き返せないくらいに頭の中が彼女で埋まっていた。マフィアにいた頃の私なら彼女の意思など関係なく、力づくでモノにしようと考えても可笑しくはなかっただろう。そうしなかった理由はたったひとつ。彼女の想い人が、私の大切な友人だったからだ。

友人に向ける笑顔がとても綺麗で可愛くて、月並みだがそんな彼女のことを見るのが好きだった。だからこそ、私の身勝手な感情でその笑顔を奪うことが恐ろしかった。ポートマフィア最年少幹部ともあろう私が、1人の女性1人手に入れられなかったなんて本当にらしくない。

そして今、その友人の墓前に花を供える彼女にも私はあの頃と同じ様にただの友人としてしか接することが出来ないでいる。

「酷い人ですよね。私の想いに全く気付いてくれなかった。いつも笑って誤魔化していたんですから」

友人は好意を無下にする様な人間ではなかった。ただ単に彼女の好意がそういった類の物であると鈍い友人は気付かなかったのだろう。彼女だって、そんなことは理解している筈だ。

「織田作は鈍かったからね。私だったら喜んでその想いを受け取ったのに、残念だよ」
「もう、茶化さないでください」

織田作ではないのだよ、と心の中で呟く。自分の想いを誤魔化し、冗談の形でしか伝えられなかったのは他でもない、私だ。

「一途な女性は魅力的だけれど、そろそろ新しい恋を探してもいいんじゃないかい?君くらい素敵な女性なら引く手数多だろう?」

あぁ、本当に愚かで意気地のない男だ。こうなっても尚、"自分を選べ"と言えないのだから。すると彼女は墓前へと向けられていた体を私の方に向き直して、拗ねた様な顔を浮かべた。

「太宰さん。貴方はもう、その相手に立候補してはくれないんですか?」

告げられた予想外の言葉に思わず目を見開けば、彼女は悪戯っぽく笑って見せた。まさか、

「もしかして、気付いていたのかい?私の気持ちに」
「自分で気付いたんじゃないんですよ。教えてくれたのは織田作さんです」
「織田作が?」
「"太宰は告白してきたか?"とか"ずっとお前を見ているな"とか言われてもしかして、と。そんな筈ないと思って半信半疑だったんですけど、本当だったんですね」

少し前の自身の発言を思い出し、まさに墓穴を掘ったのだと悟った。あぁ、もう、織田作はなんて事をしてくれたんだ・・・!つまり彼女は私の想いにとっくに気付いていたのに、そうとは知らない私は軽口ばかり叩いて彼女を口説いていた訳だ。なんて滑稽だろうか。これではまるで道化師の様ではないか!

「君も存外、酷いことをするね」
「ごめんなさい。嫌になりました?こんな狡い女」
「なれたら苦労しないよ。あぁでも狡い、か・・・。なら私とお似合いじゃないか」
「お似合い、ですか?」
「私だって君の恋愛相談に乗りながら、本心では上手くいかなければいいなんて願っていたんだ。狡猾で、醜い嫉妬心を巡らせてね」
「そうだったんですか・・・。でも綺麗な恋なんてありませんよ、きっと。嫉妬も、狡さもみんな芽生える物だと思います」

そうなのかもしれない。その想いすら、彼女を愛している証になり得るのだろう。それならば、

「君が好きだ」

この言葉ひとつで想いを伝えるには充分だろう。

「君の新しい恋の相手に、私を選んでくれないか?」
「・・・はい、喜んで」
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