短編 文スト
彼女の夢は推理小説家だった。
いつか僕にも解けない程に難解で、沢山の人に読んでもらえるくらい優れた小説を書くこと。それが彼女の夢だった。
今日もまた書き上がったばかりの原稿を読みに彼女の部屋に行く。
彼女には確かに才能があった。
彼女の書く小説は一般的に見れば非常に難解で、並大抵の人間には最後まで犯人の正体を掴むことも出来ないだろう。
そこかしこに散りばめられた伏線は分かりそうで分からないもどかしさを生み出し、結末を迎えたあとにも思わず読み返したくなるほどだ。
まさに難解であるほどに意欲を掻き立てられる推理小説好きにはもってこいの作品というわけだ。
だがそんな名作も、名探偵たるこの僕には少し読み進めれば犯人を見つけ出すことは容易だった。
「犯人は彼だね。この医者の男。殺害動機は〜」
最後まで到達する前に僕の推理を伝えれば、彼女は「今回も駄目でしたか」と眉を下げて笑う。
そんな彼女に「僕は名探偵だからね」と得意気に笑えば、彼女が「次はもっと頑張ります」と笑う。
それがいつものお決まりの流れだった。
彼女と過ごす時間が好きだった。
彼女の紡ぎ出す言葉が。
・・・・彼女自身が、好きだった。
そんなことをそれからも何度も繰り返し、今日もまたいつもの様に彼女の小説を読みに部屋に向かえば、そこは今までとは様子が違っていた。
部屋は綺麗に片付けられ、普段は原稿用紙やら本やらが積み重ねられている机の上にも何も置かれていない。
そして当の本人は窓際に立ち、僕に背を向けていた。
「どうしたの?小説は?」
僕が声を掛けると彼女はゆっくりと振り返った。
「もう、小説を書くのは辞めたんです」
予想にもしなかった言葉に思わず目を見開く。
「どうして、」
「分かってしまったから。いいえ、本当は最初から分かっていたんです。私には小説家の才能は無いって。ずっと読んでくれていた乱歩さんなら分かるでしょう?」
彼女は笑っていた。
ただそれは乾いた、諦めの混じった笑顔で。
思えば僕は、今まで彼女の小説を褒めたことがあっただろうか。
いつも自己顕示欲に駆られ、犯人探しをするばかりで、彼女の気持ちを蔑ろにしていたのではないのか。
僕は、莫迦だ。
「そんなことはない。君に才能はある。相手が僕だから解けていただけで、君の書く小説は本当に良く出来てる!」
「乱歩さん・・・」
「それに、僕は・・・!」
何を言えば君の心を救える?
「僕は、君の書く文章が好きなんだよ」
選ぶ言葉のひとつひとつに、彼女を感じた。
彼女の小説を書くのが好きという想い。
真っ直ぐで、温かくて、優しくて
彼女の人柄を表すかの様なその言葉達が、その文章が。
僕は堪らなく好きで、いつだってそれが読めるのが楽しみだった。
だから例え結末が分かってしまおうと、必ず最後まで読んでいたんだ。
「君には才能がある。僕が保証する。だから・・・!」
「もう、いいんです」
「待ってよ、僕は」
「ありがとう、乱歩さん。今まで私の小説を読んでくれて」
そう言って笑った彼女を見て悟る。
僕が何を言おうと、もう彼女には届かないのだと。
僕が、君にそんな顔をさせてしまったのだと。
ありがとうなんて、そんなことを
君の夢を潰した張本人の僕に、なんで君がそんなことを言うのさ。
「僕の才能が君を殺した」
(何が名探偵だ、肝心なことは何一つ解りやしないで)
いつか僕にも解けない程に難解で、沢山の人に読んでもらえるくらい優れた小説を書くこと。それが彼女の夢だった。
今日もまた書き上がったばかりの原稿を読みに彼女の部屋に行く。
彼女には確かに才能があった。
彼女の書く小説は一般的に見れば非常に難解で、並大抵の人間には最後まで犯人の正体を掴むことも出来ないだろう。
そこかしこに散りばめられた伏線は分かりそうで分からないもどかしさを生み出し、結末を迎えたあとにも思わず読み返したくなるほどだ。
まさに難解であるほどに意欲を掻き立てられる推理小説好きにはもってこいの作品というわけだ。
だがそんな名作も、名探偵たるこの僕には少し読み進めれば犯人を見つけ出すことは容易だった。
「犯人は彼だね。この医者の男。殺害動機は〜」
最後まで到達する前に僕の推理を伝えれば、彼女は「今回も駄目でしたか」と眉を下げて笑う。
そんな彼女に「僕は名探偵だからね」と得意気に笑えば、彼女が「次はもっと頑張ります」と笑う。
それがいつものお決まりの流れだった。
彼女と過ごす時間が好きだった。
彼女の紡ぎ出す言葉が。
・・・・彼女自身が、好きだった。
そんなことをそれからも何度も繰り返し、今日もまたいつもの様に彼女の小説を読みに部屋に向かえば、そこは今までとは様子が違っていた。
部屋は綺麗に片付けられ、普段は原稿用紙やら本やらが積み重ねられている机の上にも何も置かれていない。
そして当の本人は窓際に立ち、僕に背を向けていた。
「どうしたの?小説は?」
僕が声を掛けると彼女はゆっくりと振り返った。
「もう、小説を書くのは辞めたんです」
予想にもしなかった言葉に思わず目を見開く。
「どうして、」
「分かってしまったから。いいえ、本当は最初から分かっていたんです。私には小説家の才能は無いって。ずっと読んでくれていた乱歩さんなら分かるでしょう?」
彼女は笑っていた。
ただそれは乾いた、諦めの混じった笑顔で。
思えば僕は、今まで彼女の小説を褒めたことがあっただろうか。
いつも自己顕示欲に駆られ、犯人探しをするばかりで、彼女の気持ちを蔑ろにしていたのではないのか。
僕は、莫迦だ。
「そんなことはない。君に才能はある。相手が僕だから解けていただけで、君の書く小説は本当に良く出来てる!」
「乱歩さん・・・」
「それに、僕は・・・!」
何を言えば君の心を救える?
「僕は、君の書く文章が好きなんだよ」
選ぶ言葉のひとつひとつに、彼女を感じた。
彼女の小説を書くのが好きという想い。
真っ直ぐで、温かくて、優しくて
彼女の人柄を表すかの様なその言葉達が、その文章が。
僕は堪らなく好きで、いつだってそれが読めるのが楽しみだった。
だから例え結末が分かってしまおうと、必ず最後まで読んでいたんだ。
「君には才能がある。僕が保証する。だから・・・!」
「もう、いいんです」
「待ってよ、僕は」
「ありがとう、乱歩さん。今まで私の小説を読んでくれて」
そう言って笑った彼女を見て悟る。
僕が何を言おうと、もう彼女には届かないのだと。
僕が、君にそんな顔をさせてしまったのだと。
ありがとうなんて、そんなことを
君の夢を潰した張本人の僕に、なんで君がそんなことを言うのさ。
「僕の才能が君を殺した」
(何が名探偵だ、肝心なことは何一つ解りやしないで)
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