紫苑の花を貴方に
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「今、何と言いましたか?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。その声に目の前に座る医師の男はびくりと肩を震わせながらもその口を開き同じことを告げた。
一日掛け様々な検査をした結果、彼女が重い心臓の病だということ。現時点で有効な治療法が無いこと。そして・・・彼女の残り時間がそう長くはないということ。
「そんな筈がないでしょう。もっとちゃんと調べてください」
「・・・残念ですが全てを調べた結果でのことです」
「心臓の病?それなら私が気付かない筈がない。今まで一緒にいて心拍に異常など全くなかった!」
「患っているからといっても常に症状が出る訳ではありませんから、気付くのは難しいかと」
「・・・っ!」
あまりにも受け入れ難い事実に声を荒げる私に医師は悲痛に顔を歪めながらもハッキリとした口調で話した。信じられる訳が無かった。彼女は少し前まで私の隣で元気に笑っていたのだから。何の疑いも無くこれから先も変わらず隣に居ると信じていた。
「御家族がいらしたら僕からまた説明させていただきます」
「えぇ、それがいいでしょうね。お願いします」
「はい。御本人はもう病室に入っていますがお会いになりますか?」
「そうですね・・・。会わせてください」
「分かりました」
医師が声を掛けると若い看護師が現れ誘導された。私は診察室を出る際、医師とひとつ約束を交わした。それは彼女にはこの事実を伝えないこと。彼女の家族は遠方に居るために病院に運ばれてからすぐに連絡はしたものの、まだ到着までには時間を要すだろう。だから彼女の家族の了承を得るまでは伝えずに居たほうが得策だと思った。いくら私が彼女の恋人とはいえ、やはり家族が居る安心感は凄まじい。
けれど本当は、私の口から彼女に事実を突きつけることが単に怖かっただけなのかもしれない。
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案内してくれた看護師とは病室の前で別れた。私の顔が暗いためだろうか、別れる際に酷く心配そうな顔をしていた。目の前にある扉があまりにも冷たく重く感じる。彼女に会いたい。しかし同じくらい会いたくないとも思う。こんな感情は初めてだ。私はどんな顔で彼女の前に立てばいい?何と話しかければいい?そんな思考が私の扉へ伸ばそうとする手を止める。軍警最強と謳われる猟犬の一員である私が、何と情けないことだろう。
「採菊?」
扉の先から聞こえた声に思わず息を吞む。それは紛いもなく彼女の声だ。
「採菊でしょう?そんな所に立ってないで入ってきたら?」
僅かに揶揄いを含んだ声に誘われるように、先程まであんなにも躊躇していた扉を自然な動きで開いた。そして彼女のいるベッドへゆっくりと歩みを進める。
「やっぱり採菊だ」
私を見た瞬間にクスクスと楽しそうに笑う彼女はいつもの見慣れた姿と何ら変わりない。医師の誤診なのではないかと疑ってしまう程に。
「いきなり倒れたりしてごめんね。びっくりしたでしょう?」
「・・・えぇ、本当に。周囲の人にも注目されてはた迷惑でした」
「それは悪いと思うけれど・・・私だって悪気があった訳じゃないのよ?」
「分かっていますよ。・・・思ったより元気そうで安心しました」
「お陰様でね。それで、主治医の先生何て言ってたの?まだ説明がなくて」
「それは・・・私もまだ詳しくは聞いていないので分からないですね。貴方の家族にも連絡したのでそれから説明があるのでは?」
「そうなの。皆にも心配かけちゃったなぁ・・・早く元気にならないとね」
「・・・えぇ、そうですね」
彼女には見えないように右手を強く握りしめる。悟られてはいけない。顔に陰りなど一欠けらも出ないよう隠さなければ。
「それでは私はこれで帰ります。貴方ももう休んだほうがいいでしょうし」
「んーそうね、そうさせてもらうわ。色々ありがとうね、採菊」
「えぇ。ではまた明日」
パタンと音を立て扉を閉めるとそのまま廊下に立ち尽くす。体の芯から冷えるような嫌な感覚がする。
あと何度、今日のように彼女に「また明日」と言えて、そしてそれが一体何度叶うのだろう。そんな言いようの無い恐怖が私を襲った。
もう、あの日常は訪れない。
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