紫苑の花を貴方に
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今思い返してみても何の前兆もない普通の日だった。
あの日は、そうだ、彼女が買い物に行きたいと言うものだからショッピングモールまで出掛けたのだった。お互いに軍警に所属しているということもあり、合わせて休みを取れる日はそう多くはない。だからこそ貴重なその日には必ずと言って良いほど2人で過ごしていた。と言っても特別な場所に行く訳でもなく近くの雑貨屋や喫茶店を巡る程度の簡素なものである。だがそれでも彼女にとっては特別な日に変わりないらしくいつも幼子のようにはしゃいでいた。そんな彼女に溜息をつきながら追いかける私もまた内心浮かれているのだから救いようが無い。
「採菊!早く来ないと置いて行っちゃうわよ!」
「そんなに急ぐこともないでしょうに。少しは落ち着いたらどうです?」
「駄目!今日は採菊と行きたいお店がたくさんあるんだから」
「子供ですか貴方は。はぁ・・・ならせめて」
拗ねたように騒ぐ彼女の左手に自分の手を絡ませる。はしゃいでいたからだろう、温かい体温と女性らしい柔らかな感触が心地いい。
「こうしていましょう。貴方はすぐに目移りしてふらふらと歩いて行ってしまいますからね」
「失礼な。でも、もし私が迷子になっても採菊ならすぐに見つけてくれるでしょう?私の心拍とかを聞き分けて」
この人は私の超五感をなんだと思っているのか。決して迷子を見つけるためのものではないというのに。それでも私よりも下の位置に居る彼女からの真っすぐな視線を感じてまた溜息がひとつ。
「恋人が迷子になって帰らず、更に見つけることも出来ないとなれば私の体裁に関わりますからね。非常に面倒で仕方ありませんが探して差し上げます」
「素直じゃないなぁ採菊は。でもいいわ。絶対迎えに来てね」
約束よ、と嬉しそうに繋いだ手をぎゅっと握り返される。先ほどよりも高くなっている体温は彼女が照れていることを表している。全く、素直じゃないのはどちらなのか。
彼女の買い物の目的は主に洋服や装飾品だ。正直なところ私には彼女が何を身に着けていようと変わりはないのだが、彼女は「例え見えなくても採菊の隣に居る時は綺麗な私で居たい」と言う。そんな彼女に物好きですね、と返しながらも頬が緩んだ。本心を言えば嬉しかったのだ、彼女のその気持ちが。彼女が美しく着飾る姿を私には目に出来ないことも、他の人間にはそれが可能であることも不服ではあるが自分の為なのであれば愛おしかった。
彼女も前にいる私は自分でも分かるほどに表情が柔らかかった。私の言葉には毒がある。怒りや不安、焦りを抱える相手の反応を楽しみたくて発する神経を逆なでする言葉。勿論それが通じない芸術性が皆無で腹立たしい人間もいるが。
彼女はまた違うのだ。私がどれだけの毒を贈ろうとも全く意に介さず、それどころか笑顔で私の毒を浄化してしまう。鐡腸さんとはまた違う意味で私の調子を狂わせる、
「お待たせ採菊」
「目当ての物は買えましたか?」
「えぇ。小さな花柄のワンピースがあってね、可愛かったから買っちゃった!花は薄い紫色でね、腰の部分にリボンが付いてるの」
「成程。貴方にしては美的感覚 の良いものを選びましたね」
「ふふ、でしょう?」
ほら、嫌みも意に介せやしない。それとも気付いておらず素直に褒められていると受け取っているのか。
「次のデートの時に着るね。あ、でも生地が少し厚めだから秋になってからの方がいいかな?」
「そうですね。色からしても秋の方が合うのでは?」
「採菊もそう思う?じゃあ秋のデートの時に着るね」
「私の前じゃなくとも自分の休みの時にも着ればいいでしょう」
「ううん。新しい服は採菊の前で最初に着たいの」
「・・・そうですか」
不覚にも可愛いと思ってしまった自分を恥じたい。顔が緩みそうになるのをどうにか抑える。
「では出ましょうか。まだ他にも行きたい所があるのでしょう?」
「えぇ。次はね、アクセサリーを見に行きたいの」
「分かりました」
彼女に背を向けて店の入り口へ足を進める。アクセサリーショップならこの店からそう遠くない場所に彼女の好きな店舗があった筈だ。そこに向かうのだろう。
「紫苑さん?」
突然彼女の音が遠くなった。それと同時に聞こえたのは周囲のどよめく声。背後に居る筈の彼女の気配を探ると何故か地面に近いところから感じた。転んだのか?いやそれにしては動きが鈍い。慌てて彼女の元に駆け寄ると彼女は胸を押さえて呻いていた。その心臓から聞こえた心拍は不規則で明らかに正常な音ではない。
「紫苑さん!」
「う・・・さい、ぎく・・・胸、が」
「大丈夫、分かっています。すぐに救急車を呼ぶのでそのまま動かないで」
自分の状態を伝えようと口を開く彼女を制止しながら上着から携帯電話を取り出し119番通報をする。数コールしたところで形式通りの台詞が聞こえ口を開く。女性が倒れたこと、今の状態、場所、名前。自分では落ち着いているつもりでも予想外の事態に焦っているのだろうか、いつもよりも言葉が出てこない。
「すぐに来るそうです。そのまま動かすに大人しくしていてください」
電話を切り伝えれば苦しそうにしながらも彼女はコクリと頷いた。
あの日は、そうだ、彼女が買い物に行きたいと言うものだからショッピングモールまで出掛けたのだった。お互いに軍警に所属しているということもあり、合わせて休みを取れる日はそう多くはない。だからこそ貴重なその日には必ずと言って良いほど2人で過ごしていた。と言っても特別な場所に行く訳でもなく近くの雑貨屋や喫茶店を巡る程度の簡素なものである。だがそれでも彼女にとっては特別な日に変わりないらしくいつも幼子のようにはしゃいでいた。そんな彼女に溜息をつきながら追いかける私もまた内心浮かれているのだから救いようが無い。
「採菊!早く来ないと置いて行っちゃうわよ!」
「そんなに急ぐこともないでしょうに。少しは落ち着いたらどうです?」
「駄目!今日は採菊と行きたいお店がたくさんあるんだから」
「子供ですか貴方は。はぁ・・・ならせめて」
拗ねたように騒ぐ彼女の左手に自分の手を絡ませる。はしゃいでいたからだろう、温かい体温と女性らしい柔らかな感触が心地いい。
「こうしていましょう。貴方はすぐに目移りしてふらふらと歩いて行ってしまいますからね」
「失礼な。でも、もし私が迷子になっても採菊ならすぐに見つけてくれるでしょう?私の心拍とかを聞き分けて」
この人は私の超五感をなんだと思っているのか。決して迷子を見つけるためのものではないというのに。それでも私よりも下の位置に居る彼女からの真っすぐな視線を感じてまた溜息がひとつ。
「恋人が迷子になって帰らず、更に見つけることも出来ないとなれば私の体裁に関わりますからね。非常に面倒で仕方ありませんが探して差し上げます」
「素直じゃないなぁ採菊は。でもいいわ。絶対迎えに来てね」
約束よ、と嬉しそうに繋いだ手をぎゅっと握り返される。先ほどよりも高くなっている体温は彼女が照れていることを表している。全く、素直じゃないのはどちらなのか。
彼女の買い物の目的は主に洋服や装飾品だ。正直なところ私には彼女が何を身に着けていようと変わりはないのだが、彼女は「例え見えなくても採菊の隣に居る時は綺麗な私で居たい」と言う。そんな彼女に物好きですね、と返しながらも頬が緩んだ。本心を言えば嬉しかったのだ、彼女のその気持ちが。彼女が美しく着飾る姿を私には目に出来ないことも、他の人間にはそれが可能であることも不服ではあるが自分の為なのであれば愛おしかった。
彼女も前にいる私は自分でも分かるほどに表情が柔らかかった。私の言葉には毒がある。怒りや不安、焦りを抱える相手の反応を楽しみたくて発する神経を逆なでする言葉。勿論それが通じない芸術性が皆無で腹立たしい人間もいるが。
彼女はまた違うのだ。私がどれだけの毒を贈ろうとも全く意に介さず、それどころか笑顔で私の毒を浄化してしまう。鐡腸さんとはまた違う意味で私の調子を狂わせる、
「お待たせ採菊」
「目当ての物は買えましたか?」
「えぇ。小さな花柄のワンピースがあってね、可愛かったから買っちゃった!花は薄い紫色でね、腰の部分にリボンが付いてるの」
「成程。貴方にしては
「ふふ、でしょう?」
ほら、嫌みも意に介せやしない。それとも気付いておらず素直に褒められていると受け取っているのか。
「次のデートの時に着るね。あ、でも生地が少し厚めだから秋になってからの方がいいかな?」
「そうですね。色からしても秋の方が合うのでは?」
「採菊もそう思う?じゃあ秋のデートの時に着るね」
「私の前じゃなくとも自分の休みの時にも着ればいいでしょう」
「ううん。新しい服は採菊の前で最初に着たいの」
「・・・そうですか」
不覚にも可愛いと思ってしまった自分を恥じたい。顔が緩みそうになるのをどうにか抑える。
「では出ましょうか。まだ他にも行きたい所があるのでしょう?」
「えぇ。次はね、アクセサリーを見に行きたいの」
「分かりました」
彼女に背を向けて店の入り口へ足を進める。アクセサリーショップならこの店からそう遠くない場所に彼女の好きな店舗があった筈だ。そこに向かうのだろう。
「紫苑さん?」
突然彼女の音が遠くなった。それと同時に聞こえたのは周囲のどよめく声。背後に居る筈の彼女の気配を探ると何故か地面に近いところから感じた。転んだのか?いやそれにしては動きが鈍い。慌てて彼女の元に駆け寄ると彼女は胸を押さえて呻いていた。その心臓から聞こえた心拍は不規則で明らかに正常な音ではない。
「紫苑さん!」
「う・・・さい、ぎく・・・胸、が」
「大丈夫、分かっています。すぐに救急車を呼ぶのでそのまま動かないで」
自分の状態を伝えようと口を開く彼女を制止しながら上着から携帯電話を取り出し119番通報をする。数コールしたところで形式通りの台詞が聞こえ口を開く。女性が倒れたこと、今の状態、場所、名前。自分では落ち着いているつもりでも予想外の事態に焦っているのだろうか、いつもよりも言葉が出てこない。
「すぐに来るそうです。そのまま動かすに大人しくしていてください」
電話を切り伝えれば苦しそうにしながらも彼女はコクリと頷いた。