Episode Of Bernstein ~新人メイドと白銀の魔導師~

 花を見ていると、安心するよね。
 この街には、色んな場所に緑と花が溢れてて。すぐそこには真っ青な海がある。
 学校の帰り道、弾けるような日の光に照らされた景色が、いつも笑顔にしてくれた。
 哀しい時、寂しい時。たくさんあったけど、この国がこんなに美しいのは。
 きっと色んな人が頑張って守ってくれているからだって、あの日知ったの。

 だから、私も役に立ちたい。何か力になりたいの。

 あの王子様の笑顔、ずっと見ていられるように。





「いやもう見てられないんでほんとやめてください!!!」

 世界に誇る観光名所の雰囲気を楽しむこともなく、私は手にいっぱいの薔薇を持たされていた。
 視界を塞ぐ薔薇の向こうでは、同じく薔薇をたくさん持っている室長様がいた。バランスが悪いのか、左右にふらついている。その手に持っている物干し竿みたいな魔法の杖がなければもっとちゃんと持てると思う。

「なんでこう、台車とか持ってこなかったんですか! ていうか配達してもらえばいいじゃないですか!」

「そうすると俺が城を出る理由がなくなってしまうんだよねえ」

「……今日って確か、午後から王宮魔導師様方が集まっての協議があったんじゃ」

「この薔薇は王子の頼みだから最優先なんですよねえ。協議に出れないのは胸が痛むけど王子は大事だからねえ」

 絶対嘘だ。めちゃくちゃ残念そうにしてるけど、さっきからワクワクの記号が飛んでるの分かってるんだからね!
 仕事をさぼりたいだけの室長に連れられてやってきたのは、王都ではありふれた花屋さんだった。
 けれども、実はコアな層に人気の商品を販売しているお花屋さんだ。この国には蛍みたいに光る花が咲くんだけど、そこから独自に開発した異国情緒溢れるランタンを販売している。
 仕組みは簡単で、好きなランタンを選ぶとその硝子張りの器の中に花を入れるというもの。特殊な加工を施された花は、数か月ランタンの光の中で浮かび上がるらしい。
 最近販売されたそれは、若い女性の間で人気らしく、隣国からもわざわざ買い付けにくる旅行客がいるのだとか。
 そんな花屋で、なんでこんなに大量に薔薇を購入するのかというと……。

「まあでも珍しいよねえ。こんな薄氷みたいな薔薇なんて」

 ベルンハルト室長が持っているのは、透明でとろけるような水色をした薔薇だった。花弁は透き通り、硝子細工や氷のようで。
 けど、純粋に開発した品種ではないらしい。このランタンの中でだけ映えるように、一時期だけ咲き誇る、魔法の薔薇だ。それでもあまりの美しさに、人々は足を止める。
 薔薇と、ベルンハルト室長の両方に驚いて。

「室長、まさかこれ全部ランタンに入れるんですか~?」

 少し離れて後ろを歩く私に、ベルンハルト室長が振り返る。

「ランタンの用意は出来ています。所定の場所に納品されているはずなので、お願いしマス」

「私一人でですか!?」

「あまり他に知られたくないんだよねえ。とある方のために私財で購入したとしても、人から見れば散財だし」

 どうやら、これは王子殿下がとある方の為に用意しているらしい。とある方というのは、きっとご婚約者様だろう。ああだから侍従じゃなくて室長が買いに来たんだ。前から思ってたけど、王子と室長ってなんか個人的に仲が良いのかな。

「発表された時は、白い薔薇で会場がいっぱいだったって聞きました」

「ご婚約者様はお花大好きですからねえ。そんな珍しくもないでしょうに」

「でも、お花もらうと嬉しいですよ」

「……なるほど」

 当時、凛として盛大に発表なされた話を聞いて、胸がドキドキした。そこへ以て、こんなにたくさんの希少な薔薇のプレゼント。
 いいなあ。あの王子様が、大切な人のために催すことのお手伝い出来てるんだ。
 薔薇に隠れて微笑むと、残っていた棘が、ちくりと頬を刺した。


 * * *


 夕陽が、水面を照らしていた。
 久しぶりに歩く王都の街並みは、相変わらず綺麗だった。
 夕飯の支度の音、スープの香り。腰をかけて涼む老人と、小さな子供の姿が、泣きそうなほど懐かしかった。
 女の子が、『魔法使いさまー』と無邪気に手を振ると、ベルンハルト室長は優しく微笑み返している。
 うわ、子供には優しいんだ……。案外、常識人なのかもしれない。
 薔薇を買い込んだ後は、真面目な用事に回っていた。殿下から頼まれたと思うもの、ベルンハルト室長が仕事上で必要な備品や資材の注文。
 気付いたことは、どこのお店も彼をまるで馴染みの客のように扱うことだった。
 きっといつも、この街を歩き回っているのだろう。
 お偉いさんは下を見たりしない。私たちの暮らしを見たりしない。見るふりをして、優しい握手をして帰るものなのよ。

 けど、王子殿下は違う。

 色んなものを見て聞いて、まるで家族のように接するの。
 硝子のような薔薇が、一輪零れ落ちる。拾おうと屈むベルンハルト室長に先駆けて、拾って差し上げた。

「これだけの量がありますからね。私もうっかり落としそうです」

「一輪落とすごとに減給っていうゲームをしましょうか」

「税金すら払えなくなるんでやめてください」

「……メイドってそんなに薄給ですか?」

 しまった。と思った時には遅かった。仮にも雇用主である王宮側対して叩く口じゃない。冗談として誤魔化そうとすると、銀の瞳がそれを許さなかった。

「えー、っと。ちょっと、やりたいことがあって。まああの、試験なんですけど。試験ってお金がかかるんですよね! ほら、落ちることもあるし! だから溜めてます。薄給じゃないです。ごめんなさい」

 これは怒られるか、小馬鹿にされるかのどちらかだろう。そう思って、苦笑いの準備をしていたのだけど。
 ベルンハルト室長は少し何か考えるような顔をした後、ふんと鼻を鳴らした。
 なんですかその反応。何が気に入らないんですか。石畳に立つ足に、自然と力が入る。
 眼鏡の奥のベルンハルト室長の目が細まる。この方、よくこの顔をする。
 この人、ほんとに目が悪いのかな?

「君は、この仕事が好きですか?」

「仕事って、いうか。この国が、好きなんで……」

「模範解答どうも」

 なんだそれ! 聞いてきたくせに!

「ベルンハルト室長も、……室長のお仕事が好きでやってるんじゃあ、ないでしょう?」

「どうしてそう思うんです?」

「そうでなければ、こんなにたくさん薔薇を買ったりしませんよ。適当に、それなりに、こなす筈です」

「……よく見てるねえ」

 逆光の中で、雪がほほ笑む。たぶんきっと、確かに笑っていた。
 それがどういう意味なのか分からなかったけど。
 でも、珍しくて。

 とても綺麗だと、感じた。

「さて、後は彼らに頼みましょう」

 運んだ薔薇を木箱に詰め込むと、どこからか現れた男性方がさっさと運んでいった。

「運ぶ人いたんじゃないですか!!」

「お腹が空きましたね。何か食べますか薄給メイドさん。御馳走しましょうか」

「現金でください!」

 第3話・終
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