Episode Of Bernstein ~新人メイドと白銀の魔導師~
私にとっては大迷惑。
もしこれがあの王子様相手だったら、きっと私は「あまり調子に乗ってんじゃないわよ」って裏庭に呼び出されていた筈。
そして泣きながらに言うのよ。
そんなんじゃありません。私は、ただのメイドですって。
っていうお決まりの言葉を口にすると、王子様が颯爽と助けに来てくれるのよ。
これぞ! これぞって感じの展開よね!
ねえ、誰だって一度は、夢に見たことあるでしょう?
身分違いの素敵な恋ってやつを。
「いやー……リビー気の毒にねえ」
お昼ご飯をつつきながらそう言ったのは、同期のメイドだった。
栗色のふわふわの髪を三つ編みにして、私より頭ひとつぶん背の高い美人な子だ。
御育ちはというと、王都に店を構える商人の娘。私なんかよりはよっぽど、身分の高い子。
「見てるんなら助けてよモナ! 私ほんっと迷惑してんだから!」
「あの変人……おっと、ちょっとめんどくさいことで有名な室長様の前に立ちはだかろうなんて勇気があたしにあるように思う?」
「ひっどい!」
「じゃああんたならどうよ。私が絡まれてたら助けに入る?」
「……入らない」
「ほらあ」
モナとは年が近いこともあり、こうやって色んな事を話す。
彼女自身、あまり人と群れるのが好きではないみたいだけど、私にはこうやって付き合ってくれる。
波長が合うからといえばそうだけど、モナもモナで、出自で色々言われた経験があるから……とか。
「まあそのうち飽きるんじゃない? 室長ってそんな暇じゃないでしょ」
「だといいんだけどさー。なんかさ、こうやって話してても、どこからか見張られてるような気がして……」
「あんたそれ病気だよ。さっさと食べたら?」
お皿の上で、最後の一口を待っているサーモンがしょぼんとしている。
味が分からなくなる勢いで口に放り込み、周りを睨みながら飲み込んだ。
フォークを構えて周りを見ると、あちらこちらから囁きが聞こえてきた。
『あの子がほら、あの変態の』
『たぶんほら、ここのとこ……者様の事で忙しかったから』
『こっちに被害が来なくて助かる』
なんだそれ!! 良い人ばかりだと思ってたのにみんな酷い!!
――皆が噂する室長様。ベルンハルト様がこんな風に噂されることには理由がある。
奇人変人変態。雪も恥じらうお綺麗な顔。なのに変な実験とか変わった魔導術を見つければ王様の制止も聞かずに即実行しちゃう変わった人。
こないだはなんだっけ、国中の猫の中から足が白い子だけを探す魔導術を試したんだっけ。なのに白い靴下を履いたおじさんだけが城に召喚された時は宰相閣下が半日笑いが止まらなかったらしい。
そんで国のためにちゃんと利益出してるってんだから意味わかんない。
最初はね! 私もほら、何も知らなかったから。
へーすごいなあ。お仕事の大小を選ばないんだ~って思ってたの。尊敬しかけてたの。でもうっかり尊敬しなくてよかった。
あれはただのめんどくさい変態だ。
一番怖かった噂が、王子殿下が正統なる王位継承者になったのは、彼が一枚も二枚も十枚も噛んでいるって話。
国の噂なんて、私たちに伝わってくるのは結果のみで。それまで何があったかなんて全く知らないんだけど、これだけは真実味があった。
やりかねない。だってあの人の瞳は、時々恐ろしく色を失くす。無機質な金属のように灰になったそれを見た時は、ちょっとだけ怖かった。
見据えているのは、どの景色だったんだろう。
「なんかさ、怖いんだよね。真実味がないっていうか……」
ぽつりと呟いた言葉に、モナがふうと溜息を返して来た。
「怖がる割によく見てるよ」
「見てないよ! 目に入るんだよ!」
そう、こうしていても。窓枠の外で揺れている白いブーゲンビリアが、なんだかあの雪の髪に見えてくるような気がして。
そんでそのブーゲンビリアが、ものすごい不機嫌な顔で踵を鳴らしながら近づいてきて。
手に持っている書類の束をくるくる丸めて、なんかこっちに振り下ろしそうな感じで。
ついに立ち止まって大きく振りかぶって――。
「いったああああ!!」
頭の頂上に電撃が走る。気持ちいいほどの音と共に、彼は現れた。
一瞬でざわつく周囲だけど、案の定誰も助けてはくれない。
「何するんですか!?」
私の背後に立った室長様は、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「しまった……宰相閣下に渡す魔導実験の報告書が……」
「なんでそれを使ったんですか! どうせ叩くなら手でいいじゃないですか!」
「え……」
「嫌そうに!! ちゃんと頭は洗ってますよ綺麗ですよ!」
室長様は、私の言葉を無視して書類を伸ばしている。
結局綺麗には戻らなくて、また丸めていた。
「あ、そうそう。午後から買い出しよろしくお願いしマス」
「はっ!? 何のですか?」
「俺が頼む買い物なんて大体王族絡みです。察してください」
察せれるか! 侍女も近衛もいるのにそこすっとばしてなんで室長が行くの!?
「やんごとない買い物なら侍従長様を通してください! 私は午後から洗濯物があるんです!」
「モナさんが洗濯物をするんですよね?」
「はいそうですね」
「モナーーーーッ!! あんた午後休だったでしょ!!」
抗議しても、モナは自分の皿を持ってさっさと席を立ってしまった。
なんてやつだ。友達だと思ってたのに。
これで友達がいなくなったら、この無駄に顔だけがいいマッド魔導師の責任だ。
「室長様! 私も暇じゃないんです!」
立ち上がり、胸を張る。悔しいけど身長差がかなりあるので、気持ちだけでも負けないようにしなければ。
「俺は魔導研究室室長で王宮魔導師。君はメイドで主だった仕事は掃除とか掃除。魔導研究室は秘匿性が高いものが多いので安易に雑用を頼める人がいない。で、まあ一番御しやすそうな君がいたので侍従長には話通してあるけど他に何かダメな理由とかあれば教えてもらえますか?」
御しやすそうって言ったかこいつ。
睨んでいると、書類の束で頬を突かれて、勝とうとしていた筈の気持ちがのけぞっていく。
悔しいけれど、雇われている事には違いない。お給料や有休が減らされたら本当に困る……。
「……な、なにを買ってくれば……いいんですか……」
渋々承諾すると、室長様は特に表情も変えず手を止めた。そして、丸めた書類に口をつけて、耳を貸せとジェスチャーをしてくる。
ああ、これ子供がよくやる、内緒話をする時のあれか。めんどくさ……。
「なんですか……」
恐る恐る、丸めた書類の片側に耳をつける。
「実は……」
思ったより低い声。けど、驚いたのも一瞬。
次の瞬間、耳穴に向かって吹きかけられた息に、私は悲鳴を上げた。
「きゃーー!!!!」
「え……何ですか。ちゃんと聞いてください」
「変態! 本当に変態だったんですね!!」
「半年後の有休と賞与が要らないみたいですね」
「ごめんなさい」
第2話・終
もしこれがあの王子様相手だったら、きっと私は「あまり調子に乗ってんじゃないわよ」って裏庭に呼び出されていた筈。
そして泣きながらに言うのよ。
そんなんじゃありません。私は、ただのメイドですって。
っていうお決まりの言葉を口にすると、王子様が颯爽と助けに来てくれるのよ。
これぞ! これぞって感じの展開よね!
ねえ、誰だって一度は、夢に見たことあるでしょう?
身分違いの素敵な恋ってやつを。
「いやー……リビー気の毒にねえ」
お昼ご飯をつつきながらそう言ったのは、同期のメイドだった。
栗色のふわふわの髪を三つ編みにして、私より頭ひとつぶん背の高い美人な子だ。
御育ちはというと、王都に店を構える商人の娘。私なんかよりはよっぽど、身分の高い子。
「見てるんなら助けてよモナ! 私ほんっと迷惑してんだから!」
「あの変人……おっと、ちょっとめんどくさいことで有名な室長様の前に立ちはだかろうなんて勇気があたしにあるように思う?」
「ひっどい!」
「じゃああんたならどうよ。私が絡まれてたら助けに入る?」
「……入らない」
「ほらあ」
モナとは年が近いこともあり、こうやって色んな事を話す。
彼女自身、あまり人と群れるのが好きではないみたいだけど、私にはこうやって付き合ってくれる。
波長が合うからといえばそうだけど、モナもモナで、出自で色々言われた経験があるから……とか。
「まあそのうち飽きるんじゃない? 室長ってそんな暇じゃないでしょ」
「だといいんだけどさー。なんかさ、こうやって話してても、どこからか見張られてるような気がして……」
「あんたそれ病気だよ。さっさと食べたら?」
お皿の上で、最後の一口を待っているサーモンがしょぼんとしている。
味が分からなくなる勢いで口に放り込み、周りを睨みながら飲み込んだ。
フォークを構えて周りを見ると、あちらこちらから囁きが聞こえてきた。
『あの子がほら、あの変態の』
『たぶんほら、ここのとこ……者様の事で忙しかったから』
『こっちに被害が来なくて助かる』
なんだそれ!! 良い人ばかりだと思ってたのにみんな酷い!!
――皆が噂する室長様。ベルンハルト様がこんな風に噂されることには理由がある。
奇人変人変態。雪も恥じらうお綺麗な顔。なのに変な実験とか変わった魔導術を見つければ王様の制止も聞かずに即実行しちゃう変わった人。
こないだはなんだっけ、国中の猫の中から足が白い子だけを探す魔導術を試したんだっけ。なのに白い靴下を履いたおじさんだけが城に召喚された時は宰相閣下が半日笑いが止まらなかったらしい。
そんで国のためにちゃんと利益出してるってんだから意味わかんない。
最初はね! 私もほら、何も知らなかったから。
へーすごいなあ。お仕事の大小を選ばないんだ~って思ってたの。尊敬しかけてたの。でもうっかり尊敬しなくてよかった。
あれはただのめんどくさい変態だ。
一番怖かった噂が、王子殿下が正統なる王位継承者になったのは、彼が一枚も二枚も十枚も噛んでいるって話。
国の噂なんて、私たちに伝わってくるのは結果のみで。それまで何があったかなんて全く知らないんだけど、これだけは真実味があった。
やりかねない。だってあの人の瞳は、時々恐ろしく色を失くす。無機質な金属のように灰になったそれを見た時は、ちょっとだけ怖かった。
見据えているのは、どの景色だったんだろう。
「なんかさ、怖いんだよね。真実味がないっていうか……」
ぽつりと呟いた言葉に、モナがふうと溜息を返して来た。
「怖がる割によく見てるよ」
「見てないよ! 目に入るんだよ!」
そう、こうしていても。窓枠の外で揺れている白いブーゲンビリアが、なんだかあの雪の髪に見えてくるような気がして。
そんでそのブーゲンビリアが、ものすごい不機嫌な顔で踵を鳴らしながら近づいてきて。
手に持っている書類の束をくるくる丸めて、なんかこっちに振り下ろしそうな感じで。
ついに立ち止まって大きく振りかぶって――。
「いったああああ!!」
頭の頂上に電撃が走る。気持ちいいほどの音と共に、彼は現れた。
一瞬でざわつく周囲だけど、案の定誰も助けてはくれない。
「何するんですか!?」
私の背後に立った室長様は、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「しまった……宰相閣下に渡す魔導実験の報告書が……」
「なんでそれを使ったんですか! どうせ叩くなら手でいいじゃないですか!」
「え……」
「嫌そうに!! ちゃんと頭は洗ってますよ綺麗ですよ!」
室長様は、私の言葉を無視して書類を伸ばしている。
結局綺麗には戻らなくて、また丸めていた。
「あ、そうそう。午後から買い出しよろしくお願いしマス」
「はっ!? 何のですか?」
「俺が頼む買い物なんて大体王族絡みです。察してください」
察せれるか! 侍女も近衛もいるのにそこすっとばしてなんで室長が行くの!?
「やんごとない買い物なら侍従長様を通してください! 私は午後から洗濯物があるんです!」
「モナさんが洗濯物をするんですよね?」
「はいそうですね」
「モナーーーーッ!! あんた午後休だったでしょ!!」
抗議しても、モナは自分の皿を持ってさっさと席を立ってしまった。
なんてやつだ。友達だと思ってたのに。
これで友達がいなくなったら、この無駄に顔だけがいいマッド魔導師の責任だ。
「室長様! 私も暇じゃないんです!」
立ち上がり、胸を張る。悔しいけど身長差がかなりあるので、気持ちだけでも負けないようにしなければ。
「俺は魔導研究室室長で王宮魔導師。君はメイドで主だった仕事は掃除とか掃除。魔導研究室は秘匿性が高いものが多いので安易に雑用を頼める人がいない。で、まあ一番御しやすそうな君がいたので侍従長には話通してあるけど他に何かダメな理由とかあれば教えてもらえますか?」
御しやすそうって言ったかこいつ。
睨んでいると、書類の束で頬を突かれて、勝とうとしていた筈の気持ちがのけぞっていく。
悔しいけれど、雇われている事には違いない。お給料や有休が減らされたら本当に困る……。
「……な、なにを買ってくれば……いいんですか……」
渋々承諾すると、室長様は特に表情も変えず手を止めた。そして、丸めた書類に口をつけて、耳を貸せとジェスチャーをしてくる。
ああ、これ子供がよくやる、内緒話をする時のあれか。めんどくさ……。
「なんですか……」
恐る恐る、丸めた書類の片側に耳をつける。
「実は……」
思ったより低い声。けど、驚いたのも一瞬。
次の瞬間、耳穴に向かって吹きかけられた息に、私は悲鳴を上げた。
「きゃーー!!!!」
「え……何ですか。ちゃんと聞いてください」
「変態! 本当に変態だったんですね!!」
「半年後の有休と賞与が要らないみたいですね」
「ごめんなさい」
第2話・終