Episode Of Daiansas ~再起の少女と孤独な帝王~
首都の商店街はかなり人が多い。そんな中でも、二人は埋もれること無く目立っている。片や、仰々しい剣を腰に下げたガラの悪い剣士。片や、みすぼらしいローブ一枚を羽織った幼くも美しい少女。どう見ても人買いとその商品にしか見えなかった。
道行く人は横目に彼らを見ながらも、そ知らぬ振りをして通り過ぎていく。
トエイは柔らかそうな銀の髪を揺らし首を傾げると、まるで小さな子供のようにアインの台詞の真似をした。
「逆だろー」
「俺に女の服が分かるかっつーの」
「わかり……つーの」
「真似すんなっての」
アインはトエイの頭を撫でながら、ルピナスに言われた言葉を思い出していた。
ルピナスとアインはとりあえず彼女を受け入れる態勢を整えはじめた。ルピナスが、女の子なのだからまずは衣服の確保だと言い出したので、アインはてっきり彼女がトエイと街に出かけるのだと思っていた。が、何故かルピナスは颯爽と二階に上がり掃除を始めた。
「俺がこいつと行くのかよ!?」
「当たり前よ。最近儲けたんでしょ?」
ルピナスの財布の紐は固い。それを知っているからか、アインはルピナスに逆らうことが出来なかった。渋々トエイを街に連れ出し、今に至るというわけだ。
しかしアインが困っているのは、金銭の問題ではなかった。剣が良く似合い、男くささ満点の彼に女物の服の善し悪しなど分かるわけがない。それどころか、どの店に行けばいいのかさえ分からないのだ。
「なあ、お前……どんな服が好きなんだ?」
そう聞いても、トエイはまた首を傾げるだけだった。
とりあえず、それらしき店に入ったアインとトエイだが、店員の若い女性は二人を見るなりそう言って、あからさまな疑いの目を向けた。
「ど、どういった御用でしょうか。うちは人を買う余裕は…………」
「人買いじゃねーよ…………」
アインはぐったりとうなだれると、居心地が悪そうに腕を組んだ。そしてトエイに目を向けると、やたらと目を泳がせてこう言った。
「こいつ。こいつに何か…………それっぽい服見立ててやってくれ」
「あ…………、ああ、そうでしたか。失礼いたしました」
店員はぎこちの無い笑みを浮かべ頭を下げる。アインは怒りもしない代わりに笑いもしなかった。
「何点か合わせてみますね。さ、どうぞ」
そう言って店員は、所狭しと服が並べられている店内の奥へとトエイを連れていった。トエイは意味が分からず不安げな顔をしていたが、アインが目で「行け」と言うと、素直にそれに応じた。
残されたアインは、暇だった。
暇なだけならまだいいが、ここは彼にとってかなり居心地の悪い店だ。何故なら、店内にあるのは若い女性の服や装飾品ばかり。客ももちろん女性ばかり。
そんな中に、剣を持ったいかつい男がいるもんだから、他の客たちは当然ひそひそと耳打ちをしあっていた。
トエイと店員が戻ってくる様子は無い。おそらく試着でもしているのだろう、店内に姿が見えなかった。一分がやけに長く感じながらも、アインは店の壁にもたれたまま店内をぼうっと見ていた。
「ねえ…………あれって……アイン?」
「まさかあ。あのアインが…………」
「まさかねー、あははは! 」
嫌でも耳に入ってくる女性たちの囁き声。しばらくはアインも冷静に我慢していたが、ついに限界がきた。
「おいそこの店員!」
「は、はい!?」
「金! 俺は外にいるからそれから適当に清算してくれ」
アインは近くで商品の整理をしていた店員を捕まえ、その手に小さな皮財布を渡した。
その中には、服を数枚買ってもおつりがくるほどの金額が入っていた。
「ちょ…………、ちょっとお客様」
「終わったら外に連れてきてくれ」
アインはそう言うと、さっさと店の外に出てしまった。外に出ると、いつもどおり埃っぽい空気だが、中にいるよりはずっとマシだ。アインは大きく深呼吸し、その場に足を曲げて尻を浮かした状態で座りこんだ。
「なーにが服だよ。あいつは…………」
竜じゃねえか。と、言葉に出さずに呟く。
そう、トエイは"竜"だ。アインが鍾乳洞で見つけた、竜だ。アインは何かしらの目的があってそこへ行き、そこにいる"竜"を狩るつもりだった。
だが、見つけた竜は手負いで、更に少女に変身してしまったものだから、彼は何も出来ずにそのまま連れてきてしまったのだ。
「せっかく見つけたディアナドラゴンだってのに。何してんだ俺はよ」
愚痴を言うにしては、アインの表情はそんなに曇っていなかった。長い前髪越しに渇いた地面をじっと見つめながら、彼は何故かそわそわとしていた。
「アイン」
ようやっとトエイが彼に声をかけた。アインは反射的に声がした方に目を向ける。
「できた」
「お、似合うじゃねえか」
そこには、嬉しそうに目を細めて「見て」といわんばかりに両手を広げるトエイがいた。白銀の髪によく映える濃い紫の服。前開きの、体のラインに沿った半袖のワンピース。腰にはこの地方独特の飾りがついた腰布。裾は広がり、中に重ねて履いている白いレースのスカートが可愛らしい。
「可愛い可愛い。やっぱ竜っても女の子だなお前」
アインが誉めると、トエイは益々嬉しそうな顔をして口元を隠した。
「で、つり銭は?」
笑顔でアインは手を差し出す。
トエイはこくこく頷きながら、胸ポケットから出したつり銭を、アインに手渡した。
手のひらに落ちたのは、紙幣一枚と銀貨三枚だけだった。
「…………っ、ちょ…………これだけか!?」
声を張り上げたアインに少し怯えながらも、トエイは小さく頷いた。
「ぼったくりか! なんでこんなガキの服に…………」
そう言って店の中に抗議しに行きそうになったアインだったが、ふとトエイの足下置いてあるパンパンに膨らんだ紙袋二つを見ると、その気は一気に消え失せた。
「…………や。悪い、なんでもない。行くか」
「アイン、怒った?」
辛そうにトエイが尋ねると、アインは笑って彼女の頭を撫でた。
「似合ってるから仕方ねえ」
彼はその容姿に反して、ひどく優しい口調で答えた。
アグラの街は、人は多いが、賑やかという表現が似合う街ではない。
愛らしい竜の少女と、両手に荷物を抱えたガラの悪い男は、殺伐とした街中を、どこへともなく歩きながら言葉を交わしていた。
「なあ、トエイ」
名を呼ばれ、トエイはアインに視線を向ける。買ってもらった服が余程気に入ったのか、その足取りは軽い。
「お前、他の仲間はどうしたんだ?」
「なかま?」
「あー、つまり。家族とか、親とか」
すると、トエイは急に顔を曇らせた。翡翠の瞳に影が落ちる。
「…………いわれた」
「ん?」
「言われた。この子はいらないって」
アインの顔が固まった。竜という種族は、力や生命力の弱い子供は捨てるという話は聞いたことがある。
弱ければ、弱肉強食の社会でこの先生きてはいけないと判断するからだろう。
話に聞いただけだと何とも思わなかったアインだが、いざ目の前にそのルールの犠牲になった者を突き付けられると、心中複雑だった。
「じゃあお前…………ずっとあそこにいたのか? その、一人で」
「うん、でも今はアインと一緒! アインといるの楽しい!」
無邪気に笑う顔の裏に隠された孤独を想像して、アインはゾッとした。
あの薄暗い鍾乳洞の中で、どんなに淋しかっただろうか。自力で外へ出ることも出来ただろうが、そうしなかったのは…………
いつか、仲間が戻ってくると信じていたからか。
「あっ」
ふいにトエイが声を出し、何かに引き寄せられるように走りだした。
「お、おい!」
はぐれぬよう、アインがその後を追う。と言っても子供の足なので、アインはすぐトエイに追い付いた。
「どうしたんだトエイ」
するとトエイは、少し古ぼけた本屋の前で、ぼうっと何かを見つめたまま立ち尽くしていた。
アインはその傍らに立ち、トエイの視線を追う。少し視線を下げたそこにあったのは、名も無い画家の描いた風景画の本だった。
「へー。お前、芸術に理解あんのか?」
トエイはその本の表紙をじっと見つめていた。そのうちに手に取り、食い入るようにそれを見つめている。
何にそんなに興味を持っているのかと、アインもその絵をじっと見つめた。すると、彼はあることに気付いた。
その風景画は全て、湖ばかりを題材にしたものだった。
道行く人は横目に彼らを見ながらも、そ知らぬ振りをして通り過ぎていく。
トエイは柔らかそうな銀の髪を揺らし首を傾げると、まるで小さな子供のようにアインの台詞の真似をした。
「逆だろー」
「俺に女の服が分かるかっつーの」
「わかり……つーの」
「真似すんなっての」
アインはトエイの頭を撫でながら、ルピナスに言われた言葉を思い出していた。
ルピナスとアインはとりあえず彼女を受け入れる態勢を整えはじめた。ルピナスが、女の子なのだからまずは衣服の確保だと言い出したので、アインはてっきり彼女がトエイと街に出かけるのだと思っていた。が、何故かルピナスは颯爽と二階に上がり掃除を始めた。
「俺がこいつと行くのかよ!?」
「当たり前よ。最近儲けたんでしょ?」
ルピナスの財布の紐は固い。それを知っているからか、アインはルピナスに逆らうことが出来なかった。渋々トエイを街に連れ出し、今に至るというわけだ。
しかしアインが困っているのは、金銭の問題ではなかった。剣が良く似合い、男くささ満点の彼に女物の服の善し悪しなど分かるわけがない。それどころか、どの店に行けばいいのかさえ分からないのだ。
「なあ、お前……どんな服が好きなんだ?」
そう聞いても、トエイはまた首を傾げるだけだった。
とりあえず、それらしき店に入ったアインとトエイだが、店員の若い女性は二人を見るなりそう言って、あからさまな疑いの目を向けた。
「ど、どういった御用でしょうか。うちは人を買う余裕は…………」
「人買いじゃねーよ…………」
アインはぐったりとうなだれると、居心地が悪そうに腕を組んだ。そしてトエイに目を向けると、やたらと目を泳がせてこう言った。
「こいつ。こいつに何か…………それっぽい服見立ててやってくれ」
「あ…………、ああ、そうでしたか。失礼いたしました」
店員はぎこちの無い笑みを浮かべ頭を下げる。アインは怒りもしない代わりに笑いもしなかった。
「何点か合わせてみますね。さ、どうぞ」
そう言って店員は、所狭しと服が並べられている店内の奥へとトエイを連れていった。トエイは意味が分からず不安げな顔をしていたが、アインが目で「行け」と言うと、素直にそれに応じた。
残されたアインは、暇だった。
暇なだけならまだいいが、ここは彼にとってかなり居心地の悪い店だ。何故なら、店内にあるのは若い女性の服や装飾品ばかり。客ももちろん女性ばかり。
そんな中に、剣を持ったいかつい男がいるもんだから、他の客たちは当然ひそひそと耳打ちをしあっていた。
トエイと店員が戻ってくる様子は無い。おそらく試着でもしているのだろう、店内に姿が見えなかった。一分がやけに長く感じながらも、アインは店の壁にもたれたまま店内をぼうっと見ていた。
「ねえ…………あれって……アイン?」
「まさかあ。あのアインが…………」
「まさかねー、あははは! 」
嫌でも耳に入ってくる女性たちの囁き声。しばらくはアインも冷静に我慢していたが、ついに限界がきた。
「おいそこの店員!」
「は、はい!?」
「金! 俺は外にいるからそれから適当に清算してくれ」
アインは近くで商品の整理をしていた店員を捕まえ、その手に小さな皮財布を渡した。
その中には、服を数枚買ってもおつりがくるほどの金額が入っていた。
「ちょ…………、ちょっとお客様」
「終わったら外に連れてきてくれ」
アインはそう言うと、さっさと店の外に出てしまった。外に出ると、いつもどおり埃っぽい空気だが、中にいるよりはずっとマシだ。アインは大きく深呼吸し、その場に足を曲げて尻を浮かした状態で座りこんだ。
「なーにが服だよ。あいつは…………」
竜じゃねえか。と、言葉に出さずに呟く。
そう、トエイは"竜"だ。アインが鍾乳洞で見つけた、竜だ。アインは何かしらの目的があってそこへ行き、そこにいる"竜"を狩るつもりだった。
だが、見つけた竜は手負いで、更に少女に変身してしまったものだから、彼は何も出来ずにそのまま連れてきてしまったのだ。
「せっかく見つけたディアナドラゴンだってのに。何してんだ俺はよ」
愚痴を言うにしては、アインの表情はそんなに曇っていなかった。長い前髪越しに渇いた地面をじっと見つめながら、彼は何故かそわそわとしていた。
「アイン」
ようやっとトエイが彼に声をかけた。アインは反射的に声がした方に目を向ける。
「できた」
「お、似合うじゃねえか」
そこには、嬉しそうに目を細めて「見て」といわんばかりに両手を広げるトエイがいた。白銀の髪によく映える濃い紫の服。前開きの、体のラインに沿った半袖のワンピース。腰にはこの地方独特の飾りがついた腰布。裾は広がり、中に重ねて履いている白いレースのスカートが可愛らしい。
「可愛い可愛い。やっぱ竜っても女の子だなお前」
アインが誉めると、トエイは益々嬉しそうな顔をして口元を隠した。
「で、つり銭は?」
笑顔でアインは手を差し出す。
トエイはこくこく頷きながら、胸ポケットから出したつり銭を、アインに手渡した。
手のひらに落ちたのは、紙幣一枚と銀貨三枚だけだった。
「…………っ、ちょ…………これだけか!?」
声を張り上げたアインに少し怯えながらも、トエイは小さく頷いた。
「ぼったくりか! なんでこんなガキの服に…………」
そう言って店の中に抗議しに行きそうになったアインだったが、ふとトエイの足下置いてあるパンパンに膨らんだ紙袋二つを見ると、その気は一気に消え失せた。
「…………や。悪い、なんでもない。行くか」
「アイン、怒った?」
辛そうにトエイが尋ねると、アインは笑って彼女の頭を撫でた。
「似合ってるから仕方ねえ」
彼はその容姿に反して、ひどく優しい口調で答えた。
アグラの街は、人は多いが、賑やかという表現が似合う街ではない。
愛らしい竜の少女と、両手に荷物を抱えたガラの悪い男は、殺伐とした街中を、どこへともなく歩きながら言葉を交わしていた。
「なあ、トエイ」
名を呼ばれ、トエイはアインに視線を向ける。買ってもらった服が余程気に入ったのか、その足取りは軽い。
「お前、他の仲間はどうしたんだ?」
「なかま?」
「あー、つまり。家族とか、親とか」
すると、トエイは急に顔を曇らせた。翡翠の瞳に影が落ちる。
「…………いわれた」
「ん?」
「言われた。この子はいらないって」
アインの顔が固まった。竜という種族は、力や生命力の弱い子供は捨てるという話は聞いたことがある。
弱ければ、弱肉強食の社会でこの先生きてはいけないと判断するからだろう。
話に聞いただけだと何とも思わなかったアインだが、いざ目の前にそのルールの犠牲になった者を突き付けられると、心中複雑だった。
「じゃあお前…………ずっとあそこにいたのか? その、一人で」
「うん、でも今はアインと一緒! アインといるの楽しい!」
無邪気に笑う顔の裏に隠された孤独を想像して、アインはゾッとした。
あの薄暗い鍾乳洞の中で、どんなに淋しかっただろうか。自力で外へ出ることも出来ただろうが、そうしなかったのは…………
いつか、仲間が戻ってくると信じていたからか。
「あっ」
ふいにトエイが声を出し、何かに引き寄せられるように走りだした。
「お、おい!」
はぐれぬよう、アインがその後を追う。と言っても子供の足なので、アインはすぐトエイに追い付いた。
「どうしたんだトエイ」
するとトエイは、少し古ぼけた本屋の前で、ぼうっと何かを見つめたまま立ち尽くしていた。
アインはその傍らに立ち、トエイの視線を追う。少し視線を下げたそこにあったのは、名も無い画家の描いた風景画の本だった。
「へー。お前、芸術に理解あんのか?」
トエイはその本の表紙をじっと見つめていた。そのうちに手に取り、食い入るようにそれを見つめている。
何にそんなに興味を持っているのかと、アインもその絵をじっと見つめた。すると、彼はあることに気付いた。
その風景画は全て、湖ばかりを題材にしたものだった。