歌と春風
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ついに言ってしまった。会う度に、会話を交わす度に膨れ上がるこの想いを。
初めて会ったとき、彼にとても救われた。初めてあの場所でやった路上ライブ。誰も足を止めてくれる人はいなくて、挫けそうだったときに、彼だけは足を止めてくれた。見た目は、サングラスだし、刈り上げだし、ピアス凄いし、首にタトゥー入ってるし、それはもう怖かったけれど、サングラスから僅かに透ける瞳は少年のように澄んでいて、けれど爛々と輝いていた。その瞳に恐怖も不安も拭われ、純粋に歌う事を楽しめた。話しかけてみたら、全然怖い人なんかじゃなかった。むしろ、穏やかで優しくて、でもすごく刺激的な人だった。サングラスとの間で時折見える瞳はとても鮮やかで、それはそれは綺麗だった。好きになるのに時間はかからなかった。しゃべったり、笑いあったり、もっともっと一緒に居たくて、いろんな彼を知りたくて、勢い余って告白してしまったのだけれど…。彼の返事は、YESでもNOでもなかった。けれど、穏やかに拒否された様な気がした。彼の中でわたしはまだ、意識するまでに至っていなかったのだ。早まった…。完全に早まってしまった。もう、彼から連絡が来なかったら、歌を聞きに来てくれなかったら…、そう思うと涙が出てきた。馬鹿な事をしてしまったな、と滲む天井を仰ぐ。次はいつ、会えるのかな。
あれから連絡しづらくて、メッセージ画面で数文字打ち込んでは消し、アドレス帳の電話番号と睨めっこしては携帯を放り出す日々が続いて数日、久しぶりに新宿駅のあの場所へとやってきた。ギターケースをぎゅっと握りしめて、そこへ荷物を下ろした。歌っている時は何もかも忘れてしまえる気がして、ギターを首から掛けて静かに歌い出した。家では自分でも笑ってしまうくらい、失恋ソングだとか、片思いの歌ばかりを歌ってしまうので、明るい曲をメインにセットリストを考えてきた。よし、と気合を入れて歌い出したけれど、今日はなかなか足を止めてくれる人がいない。明るい曲を歌っていると自然と笑顔になるけれど、どうやら今ばかりはそうもいかないようだ。MCをしようと思っていた場所で一息つく。はぁ、とため息が出て、急いでそれを吸い込んだ。
「今日は、元気ないね」
大丈夫?、と覗き込んできたのは、ずっとずっと頭から離れない彼だった。
「ウ、ウタさん…!?どうして…」
今日ここにいる事は教えていないのに。慌てて沈んでいた顔に笑顔を貼り付けた。正直、泣きそうだ。
「若葉ちゃんの声が聞こえたから、来たんだよ」
これだ。彼のこう言うのがその気にさせるのだ。単純なわたしは、すぐに引っかかってしまう。けれど、彼にその気はないのだ。それはわかってる。とても、よくわかってる。
「ね、少しコーヒーでも飲みに行かない?」
すぐ近くのコーヒーショップを指さして、ね、と首を傾ける彼。こう言う少年っぽい可愛さとか、見た目とのギャップとか、色々なものがわたしを引き付けて離さない。惚れた弱味、と言うやつだろうか。こんな風にされたら、断れるわけが無い。こくり、と1つ頷くと、その場を片付けてコーヒーショップへと向かった。
「ごめんね、早く止めさせちゃって」
「いえ、大丈夫です」
ウタさんはコーヒーを、わたしはカフェラテを頼んで、隅っこの席に座った。
「それで、元気がないのは僕のせい?」
「えっ」
そんな直球にくるとは思わなくてたじろいでしまう。これでは、そうです、とでも言っているようだ。それはまずい。
「そんな事ないですよ!その…仕事でミスしちゃって」
苦し紛れに絞り出した誤魔化し。ふうん、と小さく零して、サングラス越しに見詰められる。わたしは居た堪れなくてカフェラテへと視線を落としてしまった。我ながら、嘘をつくのが下手過ぎる。
「じゃあ僕は、これからも会いに来ていいの?」
この濃い色のサングラスの向こうには今、きっとわたしの知らない瞳があるんだと、そう思った。いつでも飄々としていて、優しく穏やかな彼が、わたしの目の前で揺らいで見える。でも、彼のその言葉は、友人としてなのか、それとももっと深い意味があるのか、わたしには分からなかった。わたしはどうしたいかなんて、そんなの考えなくたって答えは出ているのだから簡単な話なのかもしれない。
「わたしは…何も変わらないですよ」
上手く笑えたかな。彼の言葉の意味が、例え前者だったとしても、わたしの想いは変わらないのだ。彼の優しさも、穏やかさも、時折見せる少年の心も、鮮やかな瞳も、全てが尊くて愛しい。この先、どう交わるのか分からないベクトルだけれど、共に寄り添っていられるなら、今のままでも良いのかな、なんて。本当に、笑ってしまうほど単純だ。先程までもやもやと重い空気に包まれていた心が、すっと軽くなったような気がする。彼が、そっか、とあまりにも穏やかに笑うものだから、自然と顔が綻んだ。
「仲直りだね」
差し出された手は、男の人のものとは思えないほど白くて、けれど真っ黒い模様が沢山描かれた、コントラストの綺麗なそれだった。力を入れたら壊れてしまいそうなそれは思いの外大きく、骨ばっていた。きゅっと握り返された力が男の人のそれその物で、ドキリと心臓が跳ねた。頬が熱い。
「もうこんな時間だね、家まで送るよ」
そう言って、今日もマンションの前まで送ってくれた。いつもみたいに、またね、と言う彼に、今日は心から笑って手が振れた。おやすみなさい。今日、最後に言葉を交わしたのが彼だった事実が嬉しくて、頭に流れるハッピーエンドのラブソングを口遊ながら部屋に向かった。
初めて会ったとき、彼にとても救われた。初めてあの場所でやった路上ライブ。誰も足を止めてくれる人はいなくて、挫けそうだったときに、彼だけは足を止めてくれた。見た目は、サングラスだし、刈り上げだし、ピアス凄いし、首にタトゥー入ってるし、それはもう怖かったけれど、サングラスから僅かに透ける瞳は少年のように澄んでいて、けれど爛々と輝いていた。その瞳に恐怖も不安も拭われ、純粋に歌う事を楽しめた。話しかけてみたら、全然怖い人なんかじゃなかった。むしろ、穏やかで優しくて、でもすごく刺激的な人だった。サングラスとの間で時折見える瞳はとても鮮やかで、それはそれは綺麗だった。好きになるのに時間はかからなかった。しゃべったり、笑いあったり、もっともっと一緒に居たくて、いろんな彼を知りたくて、勢い余って告白してしまったのだけれど…。彼の返事は、YESでもNOでもなかった。けれど、穏やかに拒否された様な気がした。彼の中でわたしはまだ、意識するまでに至っていなかったのだ。早まった…。完全に早まってしまった。もう、彼から連絡が来なかったら、歌を聞きに来てくれなかったら…、そう思うと涙が出てきた。馬鹿な事をしてしまったな、と滲む天井を仰ぐ。次はいつ、会えるのかな。
あれから連絡しづらくて、メッセージ画面で数文字打ち込んでは消し、アドレス帳の電話番号と睨めっこしては携帯を放り出す日々が続いて数日、久しぶりに新宿駅のあの場所へとやってきた。ギターケースをぎゅっと握りしめて、そこへ荷物を下ろした。歌っている時は何もかも忘れてしまえる気がして、ギターを首から掛けて静かに歌い出した。家では自分でも笑ってしまうくらい、失恋ソングだとか、片思いの歌ばかりを歌ってしまうので、明るい曲をメインにセットリストを考えてきた。よし、と気合を入れて歌い出したけれど、今日はなかなか足を止めてくれる人がいない。明るい曲を歌っていると自然と笑顔になるけれど、どうやら今ばかりはそうもいかないようだ。MCをしようと思っていた場所で一息つく。はぁ、とため息が出て、急いでそれを吸い込んだ。
「今日は、元気ないね」
大丈夫?、と覗き込んできたのは、ずっとずっと頭から離れない彼だった。
「ウ、ウタさん…!?どうして…」
今日ここにいる事は教えていないのに。慌てて沈んでいた顔に笑顔を貼り付けた。正直、泣きそうだ。
「若葉ちゃんの声が聞こえたから、来たんだよ」
これだ。彼のこう言うのがその気にさせるのだ。単純なわたしは、すぐに引っかかってしまう。けれど、彼にその気はないのだ。それはわかってる。とても、よくわかってる。
「ね、少しコーヒーでも飲みに行かない?」
すぐ近くのコーヒーショップを指さして、ね、と首を傾ける彼。こう言う少年っぽい可愛さとか、見た目とのギャップとか、色々なものがわたしを引き付けて離さない。惚れた弱味、と言うやつだろうか。こんな風にされたら、断れるわけが無い。こくり、と1つ頷くと、その場を片付けてコーヒーショップへと向かった。
「ごめんね、早く止めさせちゃって」
「いえ、大丈夫です」
ウタさんはコーヒーを、わたしはカフェラテを頼んで、隅っこの席に座った。
「それで、元気がないのは僕のせい?」
「えっ」
そんな直球にくるとは思わなくてたじろいでしまう。これでは、そうです、とでも言っているようだ。それはまずい。
「そんな事ないですよ!その…仕事でミスしちゃって」
苦し紛れに絞り出した誤魔化し。ふうん、と小さく零して、サングラス越しに見詰められる。わたしは居た堪れなくてカフェラテへと視線を落としてしまった。我ながら、嘘をつくのが下手過ぎる。
「じゃあ僕は、これからも会いに来ていいの?」
この濃い色のサングラスの向こうには今、きっとわたしの知らない瞳があるんだと、そう思った。いつでも飄々としていて、優しく穏やかな彼が、わたしの目の前で揺らいで見える。でも、彼のその言葉は、友人としてなのか、それとももっと深い意味があるのか、わたしには分からなかった。わたしはどうしたいかなんて、そんなの考えなくたって答えは出ているのだから簡単な話なのかもしれない。
「わたしは…何も変わらないですよ」
上手く笑えたかな。彼の言葉の意味が、例え前者だったとしても、わたしの想いは変わらないのだ。彼の優しさも、穏やかさも、時折見せる少年の心も、鮮やかな瞳も、全てが尊くて愛しい。この先、どう交わるのか分からないベクトルだけれど、共に寄り添っていられるなら、今のままでも良いのかな、なんて。本当に、笑ってしまうほど単純だ。先程までもやもやと重い空気に包まれていた心が、すっと軽くなったような気がする。彼が、そっか、とあまりにも穏やかに笑うものだから、自然と顔が綻んだ。
「仲直りだね」
差し出された手は、男の人のものとは思えないほど白くて、けれど真っ黒い模様が沢山描かれた、コントラストの綺麗なそれだった。力を入れたら壊れてしまいそうなそれは思いの外大きく、骨ばっていた。きゅっと握り返された力が男の人のそれその物で、ドキリと心臓が跳ねた。頬が熱い。
「もうこんな時間だね、家まで送るよ」
そう言って、今日もマンションの前まで送ってくれた。いつもみたいに、またね、と言う彼に、今日は心から笑って手が振れた。おやすみなさい。今日、最後に言葉を交わしたのが彼だった事実が嬉しくて、頭に流れるハッピーエンドのラブソングを口遊ながら部屋に向かった。