歌と春風
名前変換
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さっきまで曲を考えながら、そばに居る彼の存在に幸せを噛み締めて微睡んでいたはずなのに、腕に走るギリギリとした痛みで目が覚めた。思いの外鋭い痛みで息を飲んだけれど、目の前の彼はそんな痛みと比べ物にならないくらい苦しそうに表情を歪めている。目は血走り、口からは涎が滴っている。人間の、ましてや女の腕なんて、喰種の彼がその気になれば一瞬で折れてしまうのに、そうなっていないのは、つまりはそういう事なのだ。おそらく、彼は今まさに喰種の本能と戦っている。
「すこしだけ、だめだ、スコシ、ダメ、ダメだよ」
そうブツブツと言う彼は焦点の合わない目でわたしを見ている。
「ウタさん、ウタさん!!」
必死に名前を呼んでも、彼の耳には届かない。涙と涎と唇を噛んでほんの少しだけ流れ出した血液でキレイな顔がぐちゃぐちゃになっている。掴まれていない方の手で彼の涙を拭ってやる。
「ウタさん...」
辛そうな彼を、見ていることしか出来ない自分が無力でちっぽけで情けなくて、こっちまで涙が出てくる。
「ウタさん...ごめんなさい...」
口元の血を拭う。いつもの優しく穏やかな笑顔が頭を過ぎる。暖かい手も、壊れ物を扱うように抱く腕も、全部、全部この身体に覚えている。
「わたし、なんにもしてあげられない...」
頬に触れて、身を起こそうと腕に力を入れた瞬間、プツリと彼の爪が皮膚を破った。それを切欠に、壁へと打ち付けられ、肩口に彼がかぶりついた。痛みで顔が歪む。それでも彼は肩の肉を食い千切ろうとしないのだ。ゔゔゔ、と苦しそうに呻いている。
「わたし、ウタさんに食べられるなら本望です」
ぎゅっと彼を抱き締めて、頭を撫でる。
「でも...でも、もう少し 貴方といたい...」
涙声でそう呟いた時、焦点の合わなかった目が確かに合った気がした。はっと息を飲むのとほぼ同時に、バリンと勢いよく窓ガラスが割れた。その音に驚いたのか、わたしの事をほんの少しでも認識できたのか、めり込んでいた歯が抜けた。窓を破って現れたのは彼の昔馴染みだった。泣きながら抱きしめるわたしと、泣きながらも笑う彼。彼の友人は、やっぱりな、と言わんばかりの顔をしていた。
「ウタ、それ以上やったらお前が後悔するぞ」
そう言ってわたしから引き剥がした彼を床に組み敷くと、頭を思い切り強打して動きの鈍った彼の口に何かを突っ込んだ。それを咀嚼し飲み込むと、四方さんが手に持っていたモノを貪る。わたしは、そんな彼の姿を呆然と見つめる事しかできなかった。
「幻滅したか?」
「...え?」
「喰種は餓えるとこうなる。大事な人の見境も無くなる。」
ごくりと息を飲み込む。目の前の彼は自分の知っているものとはかけ離れていて、いつも彼が守ってくれているそれだった。わたしは、喰種全てを疑えない馬鹿じゃない。怖いものは怖いと思う。けれど彼は違うと知っているのだ。優しく触れるその手は暖かいし、名前を呼ぶ声も、赫眼の瞳も、いつも穏やかだ。
「四方さん...わたしはやっぱり、ウタさんの事を嫌いになったりできないです」
だって、こんなにも守ってあげたい。烏滸がましいのは分かっている。けれど、彼のために何かしてあげたいと思うのだ。貪っていた手を止め、背を向けて震え出す彼を放っておくなんてできない。背中で息をする彼の正面へと回り込み顔を覗くと、思っていた通り、目を見開いて涙と血でぐちゃぐちゃになっていた。
「ウタさん」
名前を呼んでも彼は反応しない。あぁ、と言いながら取り乱しているばかりだった。おそらくわたしが目の前にいる事にも気付いていないのだろう。ぎゅっとその頭を抱き締めると彼の身体がビクリと跳ねた。
「若葉ちゃん...。ダメだよ、近付いちゃ」
触れないように力なく呟く。彼のこんな弱々しい姿は初めて見る。頭頂部に鼻を埋めて、そっと背中を摩る。
「わたし、ウタさんと一緒にいたいんです」
わたしの知っている普段の彼も、今初めて見た様々な彼も、全ては彼を構築する一部だと思う。人も喰種も陽があれば陰もある。だから、全てを知った上で対策を立てればいいと思うのだ。でも...と挟んでくる彼の言葉を、大丈夫です、と遮り目を合わせる。
「ちゃんとご飯を食べましょう?わたしの前で食事をしてもらっていいです。たまには、2人で外食とかしましょう?ほら、わたしもついつい忘れがちだから...」
困った笑顔を浮かべると漸く視線が絡んだ。
「それに、ウタさんは必死に守ってくれてましたよ。」
ほら、と言って肩口を見せる。歯の形に血は出ていても、肉を抉られたり骨が折れたりはしていない。これなら自然に治る。ちょっと犬に噛まれた様なものだ。
「これなら人間でもちゃんと治ります」
だから大丈夫、と言って笑む。そして頭を抱いて撫でていると、漸く腰に手が回った。
「ごめんね、ありがとう」
「いいえ」
「すこしだけ、だめだ、スコシ、ダメ、ダメだよ」
そうブツブツと言う彼は焦点の合わない目でわたしを見ている。
「ウタさん、ウタさん!!」
必死に名前を呼んでも、彼の耳には届かない。涙と涎と唇を噛んでほんの少しだけ流れ出した血液でキレイな顔がぐちゃぐちゃになっている。掴まれていない方の手で彼の涙を拭ってやる。
「ウタさん...」
辛そうな彼を、見ていることしか出来ない自分が無力でちっぽけで情けなくて、こっちまで涙が出てくる。
「ウタさん...ごめんなさい...」
口元の血を拭う。いつもの優しく穏やかな笑顔が頭を過ぎる。暖かい手も、壊れ物を扱うように抱く腕も、全部、全部この身体に覚えている。
「わたし、なんにもしてあげられない...」
頬に触れて、身を起こそうと腕に力を入れた瞬間、プツリと彼の爪が皮膚を破った。それを切欠に、壁へと打ち付けられ、肩口に彼がかぶりついた。痛みで顔が歪む。それでも彼は肩の肉を食い千切ろうとしないのだ。ゔゔゔ、と苦しそうに呻いている。
「わたし、ウタさんに食べられるなら本望です」
ぎゅっと彼を抱き締めて、頭を撫でる。
「でも...でも、もう少し 貴方といたい...」
涙声でそう呟いた時、焦点の合わなかった目が確かに合った気がした。はっと息を飲むのとほぼ同時に、バリンと勢いよく窓ガラスが割れた。その音に驚いたのか、わたしの事をほんの少しでも認識できたのか、めり込んでいた歯が抜けた。窓を破って現れたのは彼の昔馴染みだった。泣きながら抱きしめるわたしと、泣きながらも笑う彼。彼の友人は、やっぱりな、と言わんばかりの顔をしていた。
「ウタ、それ以上やったらお前が後悔するぞ」
そう言ってわたしから引き剥がした彼を床に組み敷くと、頭を思い切り強打して動きの鈍った彼の口に何かを突っ込んだ。それを咀嚼し飲み込むと、四方さんが手に持っていたモノを貪る。わたしは、そんな彼の姿を呆然と見つめる事しかできなかった。
「幻滅したか?」
「...え?」
「喰種は餓えるとこうなる。大事な人の見境も無くなる。」
ごくりと息を飲み込む。目の前の彼は自分の知っているものとはかけ離れていて、いつも彼が守ってくれているそれだった。わたしは、喰種全てを疑えない馬鹿じゃない。怖いものは怖いと思う。けれど彼は違うと知っているのだ。優しく触れるその手は暖かいし、名前を呼ぶ声も、赫眼の瞳も、いつも穏やかだ。
「四方さん...わたしはやっぱり、ウタさんの事を嫌いになったりできないです」
だって、こんなにも守ってあげたい。烏滸がましいのは分かっている。けれど、彼のために何かしてあげたいと思うのだ。貪っていた手を止め、背を向けて震え出す彼を放っておくなんてできない。背中で息をする彼の正面へと回り込み顔を覗くと、思っていた通り、目を見開いて涙と血でぐちゃぐちゃになっていた。
「ウタさん」
名前を呼んでも彼は反応しない。あぁ、と言いながら取り乱しているばかりだった。おそらくわたしが目の前にいる事にも気付いていないのだろう。ぎゅっとその頭を抱き締めると彼の身体がビクリと跳ねた。
「若葉ちゃん...。ダメだよ、近付いちゃ」
触れないように力なく呟く。彼のこんな弱々しい姿は初めて見る。頭頂部に鼻を埋めて、そっと背中を摩る。
「わたし、ウタさんと一緒にいたいんです」
わたしの知っている普段の彼も、今初めて見た様々な彼も、全ては彼を構築する一部だと思う。人も喰種も陽があれば陰もある。だから、全てを知った上で対策を立てればいいと思うのだ。でも...と挟んでくる彼の言葉を、大丈夫です、と遮り目を合わせる。
「ちゃんとご飯を食べましょう?わたしの前で食事をしてもらっていいです。たまには、2人で外食とかしましょう?ほら、わたしもついつい忘れがちだから...」
困った笑顔を浮かべると漸く視線が絡んだ。
「それに、ウタさんは必死に守ってくれてましたよ。」
ほら、と言って肩口を見せる。歯の形に血は出ていても、肉を抉られたり骨が折れたりはしていない。これなら自然に治る。ちょっと犬に噛まれた様なものだ。
「これなら人間でもちゃんと治ります」
だから大丈夫、と言って笑む。そして頭を抱いて撫でていると、漸く腰に手が回った。
「ごめんね、ありがとう」
「いいえ」