歌と春風
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付き合い始めて数日がたった頃。彼の家かわたしの家で会った事しかなかったのだけれど、初めて会う場所を指定された。仕事中にメッセージが届いて、仕事が終わったらここに来て、と住所が添付されていた。ネットで検索してみるも、大した情報はでてこず、首を傾げるばかりだった。14区の、それも自宅から差程遠くはない距離の場所。いったい何があるのか、期待と不安とが入り交じる。一度自宅に寄って、荷物を置いたり軽く身支度を整えてから目的地へ向かった。ドキドキと高鳴る胸を撫で付けて添付された住所の前に立った。大きく息を吸って、吐こうとした瞬間、お店のドアが急に開き中から彼が顔を覗かせた。息を吐くのも忘れ、出る声も出ず、ただ目を丸くする。
「いらっしゃい」
ニコリと笑う彼。いつもの笑顔に漸く頭が働き始め、息苦しさに気付いた。はー、と息を吐く事で身体の力が抜けた。ええと、彼の店は4区にあるはずだけれど。いらっしゃいとは?
「紹介するね、僕の友達だよ」
そう言って身体を翻す彼の先には、お洒落なバーが広がった。なかなかこんな所に来る機会なんてないから、また胸が高鳴り始めた。突っ立ったままでいるわたしの手を引いて彼は店の奥へと促した。カウンターの一番奥のイスにわたしを座らせ、その隣に彼が座った。
「イトリさんと、」
カウンターの向こうにいる女性がヒラヒラと手を振って、イトリでーす、と笑う。
「四方蓮示くん」
彼の奥に座っていた男性がチラリとこちらを見たが、直ぐにフイっと正面を向いてしまった。あれ、わたし、嫌われてる...?
「は、初めまして。三上若葉です」
先程からの急な展開にまだまだ付いて行けていない頭を無理やりに働かせる。えっと、この二人は彼の友人で、ここは彼等の行き付けのお店...と言うことで合っているだろうか。
「あれ、ウーさんここの事言ってなかったの?若葉っち固まっちゃってんじゃん」
「あれ?言ってなかったっけ?」
こくこくと頷くと、ごめんね、と彼は軽く笑いながら謝罪を零した。
「二人が若葉ちゃんに会いたいって言うからさ」
「おい、俺は言ってないぞ」
「ホントは思ってるクセに」
「思ってない。」
はいはい、と適当に流す彼は、何だかいつも一緒にいる彼とは少し違っていて新鮮だ。時折見え隠れしていた少年の一面が惜しげも無く晒されている。何だか微笑ましい光景に口元が緩む。
「いやぁ、ほんっとに人間なんだねぇ」
その声の主へと顔を向けると、まじまじと見詰めてくる瞳があった。この発言、やっぱりこの二人も喰種なんだなぁ。人間となんら変わりのないこの人達が、こうやって店を開いているこの人物達が、喰種だなんて。改めて如何に喰種が人間と隣り合わせで生きているのかがよく分かる。
「凄く美味しそうな匂いだけど、絶対に食べちゃダメだよ」
「ウーさんの彼女を取って食おうなんて思わないわよ。それに、言うほど絶品な匂いでもないから。若い人間の女の子ならこんなもんじゃない?」
彼は、そう?、と首を傾げてわたしとは逆隣を見遣った。その相手は、ふん、と鼻息だけを返して珈琲を啜る。彼もまた珈琲に口をつけた。
「若葉ちゃんてお酒飲めるの?」
「一応飲めますよ」
急に降ってきた質問に少々驚きつつ頷くと、好きなの飲みなよ、と促された。
「ウタさんは飲まないんですか?...と言うか、喰種用のお酒ってあるんですか?」
そう首を傾げると、彼よりも先にカウンターの向こうからずいっと顔が出てきた。
「もちろん喰種用のお酒もあるわよ!これk...」
「イトリさん、僕、今日は飲まないから」
つまんなーい、と唇を尖らせるイトリさん。彼女が手にしている赤い液体はおそらく人間の何かで、それを言わせまいと口を挟んだ彼の心遣いにぎゅっと心臓が弾んだ。何飲む?、と言う彼の問に、イトリさんを見て甘いお酒を頼んだ。この場に馴染むのに、少しくらいお酒の力を借りてもいいだろう。
いい感じにお酒が回ってきた頃、共に飲んでいたイトリさんもまた同じように酔いが回ってきた様だった。質問をされたり、したり、笑ったり困ったり、時々彼が間に入ってきたり。思いの外会話は弾んだ。
「またなんでウーさんにしたのよ、若葉っちー。ホントにウーさんでいいのー?」
途中からわたしよりもお酒のペースが早くなったイトリさんは、だいぶ酔っ払ってきた所でそんな話題が登った。見た目こんなんだし、我が道しかいかないし、と散々に言っていく。イトリさんの中のウタさんってどんなんなんだろう...?チラリと彼を見ると、何とも思ってないのか普段と何ら変わらない表情で珈琲を啜っている。その間にも、イトリさんは彼の特徴を3つ4つと上げていく。そして、それに、と言って急に空気が変わった。
「それに、喰種だし。」
笑っているのにヒヤリと身体が竦みそうになる。一瞬、ほんの一瞬だけ沈黙が走った。
「まぁ、人間にこんな人はいないとは思うけどねぇ〜」
そう言うイトリさんは今までの気作な雰囲気に戻っていて、彼も四方さんも何も変わらないから、さっきのは気の所為だったのかとさえ思ってしまう。わたしの中でだけつかえていた。グラスを握る手をじっと見ながら心を整理する。
「優しくて、暖かくて、余裕で...そんな"ウタさん"っていう存在を好きになったから...喰種とか人間とか、あんまり関係なかったです」
人間だとか、喰種だとか、そういう事ではないのだ。彼が人間だったら好きにならなかったなんて、そんなはずは無い。喰種でも人間でも、彼に出会っていたら、きっとわたしは同じように恋に落ちたと思う。誰かとこんな恋話みたいな話をするなんていつ以来だろう。顔に熱が集まっていくのがわかる。照れ隠しに、グラスに付いた水滴で濡れた指先を合わせて鼻と口を隠した。目が泳ぐ。
「ウタさんに食べられるなら本望かなって思えるくらいには...好きですよ」
わたしも酔っ払っているのか、ポロリと零してしまった本音にハッとする。会ったばかりの彼の友人にする話ではない。3人からの視線が集まるのを見て、いよいよ顔の火照りがピークへと昇っていく。穴があったら入りたい。なんならカウンターの下に潜りたいくらいだ。
「若葉っち、意外と大胆ね」
「僕、すっごい思われてるね。ね、蓮示くん」
「.....」
「何で俺に振るんだーって顔してるー!にしても、ウーさん愛されてる〜」
「い、今のは忘れてください...」
そこまで酔っているつもりはなかったのだけれど、この雰囲気と久しぶりの恋話に当てられたって事にしよう。しばらくはこれでいじられるのかなぁ。なんて、少し馴染めたような気はしたから良しとしよう。
それからイトリさんが酔い潰れた事でこの会はお開きになった。例のごとく、彼はわたしの事を家まで送ると言ってオートロックの前まで手を引いてくれた。彼は飲んでいないし、わたしも足が覚束無くなる程は酔っていないけれど、ゆっくりと、まだ終わらなければいいのにと、時間をかけて歩いた。いつもは部屋に上がっていくのに、今日はそこで足を止めた彼に、どうしたのかと振り返ると、とても真剣な眼差しに貫かれる。心臓が大きく跳ね上がるのと同時に息を吸う音がヒュッと出てしまった。
「ねえ、若葉ちゃん」
驚きに言葉を失っていると、人差し指で鎖骨の辺りを押され、自動ドアへと背中を預ける形になった。顔の両脇に置かれた手と今にもくっつきそうな位に屈められた顔に、ドキドキと心臓が律動する。絡む視線がどうしても離せない。
「本当に食べていいの?」
耳元で囁かれた言葉は、数時間前に自分が言った言葉だった。意味合いが少し違うような気はするけれど。ドキドキと暴れる胸をぎゅっと掴んで、深呼吸を大きく一つすると、漸く少しだけ落ち着いてきた。
「いい、ですよ」
そっと首の後ろに手を回すと、噛み付くように首にキスをされた。チリッと走る弱い痛みにピクリと身体を震わせると、彼に抱き抱えられて部屋へと向かった。
「いただきます」
「...優しくしてくださいね?」
ふふっと笑う彼は、やっぱり優しくて暖かくて余裕がある。さっき、彼は愛されてると言っていたけれど、わたしの方が沢山の愛をもらっていると思う。頬を撫でる手も、キスを落とす唇も、わたしを貫く瞳も、脳を溶かす声も、全てからそれが伝わってくるのだ。
「ウタさん、だいすき」
「うん、僕も。」
貰った分だけ愛を返していって、いつか返し終わったら、今度はわたしが同じようにしてあげられたらいいな。
「いらっしゃい」
ニコリと笑う彼。いつもの笑顔に漸く頭が働き始め、息苦しさに気付いた。はー、と息を吐く事で身体の力が抜けた。ええと、彼の店は4区にあるはずだけれど。いらっしゃいとは?
「紹介するね、僕の友達だよ」
そう言って身体を翻す彼の先には、お洒落なバーが広がった。なかなかこんな所に来る機会なんてないから、また胸が高鳴り始めた。突っ立ったままでいるわたしの手を引いて彼は店の奥へと促した。カウンターの一番奥のイスにわたしを座らせ、その隣に彼が座った。
「イトリさんと、」
カウンターの向こうにいる女性がヒラヒラと手を振って、イトリでーす、と笑う。
「四方蓮示くん」
彼の奥に座っていた男性がチラリとこちらを見たが、直ぐにフイっと正面を向いてしまった。あれ、わたし、嫌われてる...?
「は、初めまして。三上若葉です」
先程からの急な展開にまだまだ付いて行けていない頭を無理やりに働かせる。えっと、この二人は彼の友人で、ここは彼等の行き付けのお店...と言うことで合っているだろうか。
「あれ、ウーさんここの事言ってなかったの?若葉っち固まっちゃってんじゃん」
「あれ?言ってなかったっけ?」
こくこくと頷くと、ごめんね、と彼は軽く笑いながら謝罪を零した。
「二人が若葉ちゃんに会いたいって言うからさ」
「おい、俺は言ってないぞ」
「ホントは思ってるクセに」
「思ってない。」
はいはい、と適当に流す彼は、何だかいつも一緒にいる彼とは少し違っていて新鮮だ。時折見え隠れしていた少年の一面が惜しげも無く晒されている。何だか微笑ましい光景に口元が緩む。
「いやぁ、ほんっとに人間なんだねぇ」
その声の主へと顔を向けると、まじまじと見詰めてくる瞳があった。この発言、やっぱりこの二人も喰種なんだなぁ。人間となんら変わりのないこの人達が、こうやって店を開いているこの人物達が、喰種だなんて。改めて如何に喰種が人間と隣り合わせで生きているのかがよく分かる。
「凄く美味しそうな匂いだけど、絶対に食べちゃダメだよ」
「ウーさんの彼女を取って食おうなんて思わないわよ。それに、言うほど絶品な匂いでもないから。若い人間の女の子ならこんなもんじゃない?」
彼は、そう?、と首を傾げてわたしとは逆隣を見遣った。その相手は、ふん、と鼻息だけを返して珈琲を啜る。彼もまた珈琲に口をつけた。
「若葉ちゃんてお酒飲めるの?」
「一応飲めますよ」
急に降ってきた質問に少々驚きつつ頷くと、好きなの飲みなよ、と促された。
「ウタさんは飲まないんですか?...と言うか、喰種用のお酒ってあるんですか?」
そう首を傾げると、彼よりも先にカウンターの向こうからずいっと顔が出てきた。
「もちろん喰種用のお酒もあるわよ!これk...」
「イトリさん、僕、今日は飲まないから」
つまんなーい、と唇を尖らせるイトリさん。彼女が手にしている赤い液体はおそらく人間の何かで、それを言わせまいと口を挟んだ彼の心遣いにぎゅっと心臓が弾んだ。何飲む?、と言う彼の問に、イトリさんを見て甘いお酒を頼んだ。この場に馴染むのに、少しくらいお酒の力を借りてもいいだろう。
いい感じにお酒が回ってきた頃、共に飲んでいたイトリさんもまた同じように酔いが回ってきた様だった。質問をされたり、したり、笑ったり困ったり、時々彼が間に入ってきたり。思いの外会話は弾んだ。
「またなんでウーさんにしたのよ、若葉っちー。ホントにウーさんでいいのー?」
途中からわたしよりもお酒のペースが早くなったイトリさんは、だいぶ酔っ払ってきた所でそんな話題が登った。見た目こんなんだし、我が道しかいかないし、と散々に言っていく。イトリさんの中のウタさんってどんなんなんだろう...?チラリと彼を見ると、何とも思ってないのか普段と何ら変わらない表情で珈琲を啜っている。その間にも、イトリさんは彼の特徴を3つ4つと上げていく。そして、それに、と言って急に空気が変わった。
「それに、喰種だし。」
笑っているのにヒヤリと身体が竦みそうになる。一瞬、ほんの一瞬だけ沈黙が走った。
「まぁ、人間にこんな人はいないとは思うけどねぇ〜」
そう言うイトリさんは今までの気作な雰囲気に戻っていて、彼も四方さんも何も変わらないから、さっきのは気の所為だったのかとさえ思ってしまう。わたしの中でだけつかえていた。グラスを握る手をじっと見ながら心を整理する。
「優しくて、暖かくて、余裕で...そんな"ウタさん"っていう存在を好きになったから...喰種とか人間とか、あんまり関係なかったです」
人間だとか、喰種だとか、そういう事ではないのだ。彼が人間だったら好きにならなかったなんて、そんなはずは無い。喰種でも人間でも、彼に出会っていたら、きっとわたしは同じように恋に落ちたと思う。誰かとこんな恋話みたいな話をするなんていつ以来だろう。顔に熱が集まっていくのがわかる。照れ隠しに、グラスに付いた水滴で濡れた指先を合わせて鼻と口を隠した。目が泳ぐ。
「ウタさんに食べられるなら本望かなって思えるくらいには...好きですよ」
わたしも酔っ払っているのか、ポロリと零してしまった本音にハッとする。会ったばかりの彼の友人にする話ではない。3人からの視線が集まるのを見て、いよいよ顔の火照りがピークへと昇っていく。穴があったら入りたい。なんならカウンターの下に潜りたいくらいだ。
「若葉っち、意外と大胆ね」
「僕、すっごい思われてるね。ね、蓮示くん」
「.....」
「何で俺に振るんだーって顔してるー!にしても、ウーさん愛されてる〜」
「い、今のは忘れてください...」
そこまで酔っているつもりはなかったのだけれど、この雰囲気と久しぶりの恋話に当てられたって事にしよう。しばらくはこれでいじられるのかなぁ。なんて、少し馴染めたような気はしたから良しとしよう。
それからイトリさんが酔い潰れた事でこの会はお開きになった。例のごとく、彼はわたしの事を家まで送ると言ってオートロックの前まで手を引いてくれた。彼は飲んでいないし、わたしも足が覚束無くなる程は酔っていないけれど、ゆっくりと、まだ終わらなければいいのにと、時間をかけて歩いた。いつもは部屋に上がっていくのに、今日はそこで足を止めた彼に、どうしたのかと振り返ると、とても真剣な眼差しに貫かれる。心臓が大きく跳ね上がるのと同時に息を吸う音がヒュッと出てしまった。
「ねえ、若葉ちゃん」
驚きに言葉を失っていると、人差し指で鎖骨の辺りを押され、自動ドアへと背中を預ける形になった。顔の両脇に置かれた手と今にもくっつきそうな位に屈められた顔に、ドキドキと心臓が律動する。絡む視線がどうしても離せない。
「本当に食べていいの?」
耳元で囁かれた言葉は、数時間前に自分が言った言葉だった。意味合いが少し違うような気はするけれど。ドキドキと暴れる胸をぎゅっと掴んで、深呼吸を大きく一つすると、漸く少しだけ落ち着いてきた。
「いい、ですよ」
そっと首の後ろに手を回すと、噛み付くように首にキスをされた。チリッと走る弱い痛みにピクリと身体を震わせると、彼に抱き抱えられて部屋へと向かった。
「いただきます」
「...優しくしてくださいね?」
ふふっと笑う彼は、やっぱり優しくて暖かくて余裕がある。さっき、彼は愛されてると言っていたけれど、わたしの方が沢山の愛をもらっていると思う。頬を撫でる手も、キスを落とす唇も、わたしを貫く瞳も、脳を溶かす声も、全てからそれが伝わってくるのだ。
「ウタさん、だいすき」
「うん、僕も。」
貰った分だけ愛を返していって、いつか返し終わったら、今度はわたしが同じようにしてあげられたらいいな。