歌と春風
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月がとても綺麗に浮かぶ夜だった。日が落ちてからまだそんなに経っていない頃。フラっと消耗品を買いに出た時。賑やかな駅前、行き交う人々、飛び交う情報。そんな雑踏に紛れて小さなメロディが微かに、けれどはっきりと届いた。そこは、日々沢山のメロディが飛び交う場所で、日常茶飯事に聞こえてくるそれ。普段なら気にも止めないのだけれど、その日は、その時は、なぜだか耳に響いた。とても柔らかい、春風の様な暖かい歌声は、ギターの音と共に流れる。道行く人は通りがかりにチラチラと視線を寄越して過ぎて行った。僕は彼女の前にしゃがみ込んで、じっと彼女を見つめた。少女にも女性にも見える顔だけれど、服装や髪型、持ち物に貼られたステッカーやチャームからして、大学生くらいだろうか。どんな子だろう。歌声や見た目の雰囲気からふんわりとした子そうだ。なんて、観察をしているとパチリと視線が絡んだ。ふわりと笑んで間もなくしてギターの音が止んだ。ぺこりとお辞儀をすると、迷いなくこちらへと視線を寄越した彼女はニコニコ笑みを絶やさない。目の前にぴょこんとしゃがむと、ふわりと香水でも石鹸でもない甘い匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。あぁ、美味しそうな匂い。
「お兄さん、リクエストとかありませんか?」
そろそろ最後の時間だから、と言って首を傾ける彼女はとても人懐っこそうだ。動く度に香る美味しそうな匂いに食欲を刺激される。何も答えずにそれと格闘していると、お兄さん?、と顔の前で手を振る彼女に、リクエストかぁ、と何事も無かったかのように振舞った。
「じゃあ、キミの1番好きな曲」
ニッコリと笑って立ち上がった彼女はギターを首から下げ、メロディを奏で始めた。楽しそうに、終始笑顔で歌い切った彼女の前には、変わらず僕だけがしゃがんでいた。アンプの前には"若葉"と書いてある厚紙が掲げてある。ぺこりとお辞儀をする彼女を見て、よいしょ、と立ち上がると、それまで忘れていた本来の目的を思い出した。
「お兄さん、また聞きに来てくださいね!」
屈託のない笑顔で手を振る彼女。さらに先にある目的地を思うと、急に足が重くなった。
「ウタだよ」
きょとんとする彼女に、名前、と付け足すと、あぁ、と顔をパッと明るくさせた。
「…ウタ、さん!」
「またね、若葉ちゃん」
くるりと踵を返すと、後ろ手に手を振って店へと歩き出す。買い出しはまた明日でいいや。今はこの美味しそうな匂いに酔いしれよう。次に会った時には味見でもしてみようか。それとも全部美味しく食べてしまおうか。再会に思いを馳せると鼻歌が漏れた。
「お兄さん、リクエストとかありませんか?」
そろそろ最後の時間だから、と言って首を傾ける彼女はとても人懐っこそうだ。動く度に香る美味しそうな匂いに食欲を刺激される。何も答えずにそれと格闘していると、お兄さん?、と顔の前で手を振る彼女に、リクエストかぁ、と何事も無かったかのように振舞った。
「じゃあ、キミの1番好きな曲」
ニッコリと笑って立ち上がった彼女はギターを首から下げ、メロディを奏で始めた。楽しそうに、終始笑顔で歌い切った彼女の前には、変わらず僕だけがしゃがんでいた。アンプの前には"若葉"と書いてある厚紙が掲げてある。ぺこりとお辞儀をする彼女を見て、よいしょ、と立ち上がると、それまで忘れていた本来の目的を思い出した。
「お兄さん、また聞きに来てくださいね!」
屈託のない笑顔で手を振る彼女。さらに先にある目的地を思うと、急に足が重くなった。
「ウタだよ」
きょとんとする彼女に、名前、と付け足すと、あぁ、と顔をパッと明るくさせた。
「…ウタ、さん!」
「またね、若葉ちゃん」
くるりと踵を返すと、後ろ手に手を振って店へと歩き出す。買い出しはまた明日でいいや。今はこの美味しそうな匂いに酔いしれよう。次に会った時には味見でもしてみようか。それとも全部美味しく食べてしまおうか。再会に思いを馳せると鼻歌が漏れた。
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