このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二次log

 これは、私がバイト先でお世話になっている先輩と、常連客の真っ白さんについてのお話だ。とはいえ、いきなり話し始めても二人の人となりであったり状況であったりが掴めないと思うので、少し、前置きを入れておこうと思う。少し。そう、少しだ。少しになるよう、頑張って纏める努力はする。
 私がバイトをしているコンビニには、とてもかっこいい先輩がいる。それが、私の研修を担当して下さった粟田口先輩だ。先輩に会うために来店される女性客は多いに違いない。私だったらかっこいい店員さんに会うために常連客になってしまうし、少なくとも私の友人はそんな「かっこいい店員目当てに来店する常連客」である。先輩の居る時間帯は女性の常連客が増えたということは店長がポロリと漏らしていたから、きっとこの予想は真実なのだ。
 粟田口先輩は現在大学四年生。就活で少々抜けてしまった時間帯はあるけれど、どうやら無事に就職先が見つかったらしく従来の週五勤務に戻ってきた。そう、先輩は週五勤務なのだ。勤務は火曜日と水曜日、金曜日と土曜日の18時から22時。そして日曜日は14時から22時のロングタイム。更に噂では、同じオーナーの経営している別店舗にも月曜日と木曜日の18時から22時にヘルプで入っていた時期もあるとのことで、私は先輩のことを密かに「社畜」と呼んでいる。一時期とはいえ、毎日働いていたのだ。これを社畜と呼ばずして何と呼ぶのか。なんてことを当の粟田口先輩本人に知られてしまった時には「一日四時間だけで社畜を名乗るだなんて、本当の社畜の方々に申し訳ない」なんて、どうも見当違いの言葉を返されてしまった。あれ、そうだ。社畜と呼んでいることはばれてしまっていた。申し訳ないので今後は呼ばないように、という言葉を無視して、密かに社畜と呼び続けている、というのが正しいか。
 さて、コンビニには様々なお客様がいらっしゃる。常連になってくるとポイントカードに記載された名前などをこちらが覚え、相手もこちらの名札を見て名前を覚えてくださるので名前で呼び合うこともしばしばだ。とはいえポイントカードに名前を書かない常連様、そもそもポイントカードを持っていらっしゃらない常連様だって来店される。後者についてはぜひとも作っていただきたいところだ。ほぼ毎日のようにご利用されているうちのすこしだけでも、還元されたらきっとお得だろうに。まあ、ポイントを使用できるようにするために登録しなければならない個人情報は、関連企業間で共有されるビッグデータの一部となるのだから仕方がないのかもしれない。性別、年齢、住所に加えて買ったものの情報が蓄積される。商品開発を行う人間にしてみれば、顧客のニーズを知るための大切な情報源だろう、というのは少し前に粟田口先輩が話していたことだ。それまで深く考えずにポイントカードを作りまわってきた私にとって、耳の痛いお話だった。それでも先輩は笑顔で「ポイントカードをお作りになりませんか」とセールストークを続けている。本音と建前は別物、ということだろう。
 話を戻そう。コンビニには本当に様々なお客様がいらっしゃり、私たち店員はポイントカードから、或いは一緒に来店される方との会話の中から、少しずつ常連のお客様の情報を手に入れている。その最たるものが名前であるのだが、ぶっちゃけ、名前を覚えているお客様の数なんてそんなに多くない。それよりも常連のお客様を識別するために圧倒的に多く活用されている手法は、いつも買って行かれる商品のパターンである。この煙草の人、いつもこのジュースを買う人。自然と頭に入ってくるようになるそれらの情報は、客商売においてとにかく大切なものなのだと思う。そうやって私たち店員はお客様について様々な方法で識別し、よりよいサービスを提供できるようにと努力しているのだ。そんな中、異彩を放つ呼ばれ方をしているのが最初にお話しした「真っ白さん」である。ああ、前置きが長くなりすぎてしまった。これでようやく、真っ白さんについて話すことができる。
 真っ白さん、と誰が呼び始めたのかは分からない。分からないけれど、きっと口には出さないだけで誰もが同じように考えていたに違いない。不安になるほどに透き通った白い肌、きらきらと光を反射している白い髪。店内の電灯などではなく、日の下でそれらを眺めていたいと思わせるその造形は、整った顔立ちと合わさってとにかく人目を集めていた。それだけでも十分に「真っ白」なのに、彼はコートであったりズボンであったり、とにかく身に着けているものに白色を取り入れたコーディネートを好んでいた。故に、彼の呼び名はいつも買って行く商品の名前ではなく、真っ白さん、なのだ。因みに、彼はポイントカードを持っていない。持っていないくせして大量買いをしていく常連さんなので、勿体ないことをしていると思う。
 真っ白さんは一年前、私がここでバイトを始めた前後に初めて来店したらしい。正確な年齢は誰も知らないけれど、外見年齢から察するに新入社員として、或いは初めての人事異動で近隣のどこかの会社へ勤務し始めるようになったのではないかというのが私たちの勝手な推察だ。
 そんな新規の常連さんである真っ白さんと最も親しいのが粟田口先輩。理由は簡単。先輩は週に五日、18時から22時の間に働いている。そしてその時間帯にほぼ毎日、真っ白さんは来店するからだ。四年生になって大学へはゼミ以外に行かないという先輩にとって、下手をすれば友人よりも頻繁に顔を合わせているかもしれないらしい真っ白さん。ほぼ毎日顔を合わせている歳が近い同性ということもあってか、二人はすぐに意気投合していたようだ。ようだ、と少し曖昧な表現になってしまうのは許してほしい。先輩が社畜らしく週五勤務をされているのに対して、私は週に三日だけ。そのうち、先輩と被るのが土曜日と日曜日の勤務だけなのだ。とある日曜日には「まだ少し距離を測りかねている店員と常連さん」だったのが、次の週の土曜日、次に二人を目撃した際には「長い付き合いになった店員と常連さん」にレベルアップしていた。脅威のスピードは、二人の歳が近かったからだ。何があったのかは分からないけれど、とにかく、二人は私の知らないところで仲良くなっていたらしかった。
 非常に長くなってしまい申し訳ない。ここまでが前置きだ。長い長い前置きだった。本題はここから。今日、真っ白さんはポイントカードを作った。一年通い続けてようやくだ。その時にあったことが衝撃的で、私の胸の内に秘めておくべき事柄であることは分かっているのだけれど、それでも、吐き出したいという己の欲に忠実に生きたいと思う。大丈夫。ばれなければいいのだ。そう、ばれなければ。

 今日の真っ白さんは、20時過ぎに来店した。夕飯時のピークが少し過ぎ、客足が落ち着く時間帯だ。どうやら今夜は野菜のスムージーのパックとサラダ、そこに焼き鮭のおにぎりと明太子のおにぎりという「どこのOLだ」と突っ込みたくなるような夕食らしかった。先輩は勤続7年目ということもあって、これだけの量なら手伝いに入る必要は無い。けれど、他にお客さんもおらず暇をしていた私は、すかさず手伝いに入った。見目麗しい二人を間近で見ていたいという邪心が無かったわけではないが、そこら辺は笑顔で覆い隠しておいた。
 いつもならばすぐに会計を済ませ、少しばかり先輩とお喋りをして帰る真っ白さん。しかし、今日はすぐに財布からお金を取り出すことをせず、じっとレジカウンターの一点を見つめていた。新規ポイントカード会員募集のPOPである。まだ新人の私はそこで声を掛けるかどうか悩んでしまい、結局は取り逃してしまうのだけれど先輩は違った。
「これだけ多く来られてますし、カードを作った方がお得だと思いますよ」
「うーん、どうしたもんかと悩んでてな」
 あともうひと押しすれば落とせそうだ、ということくらいは私にも分かった。でも、どう誘導すれば良いのかまでは分からない。先輩はどうするのか、と様子を伺ってみると、ポケットからとある冊子を取り出した。ポイントと引き換えることの出来る商品が掲載されている、私も何度かお世話になっているものだ。少し待ってくださいね、と声を掛けてからパラパラとページを捲る。そして。
「ほら、これとか、前に興味があるっておっしゃってた商品じゃないですか?」
「ああなるほど、ポイントと引き換えも出来るのか」
「現金を出して味の冒険をするよりも、まだ気楽にできますよ」
「ふむ」
 先輩が示していたのは、とある人気商品のシリーズが出した、ちょっとした味の冒険が楽しめる商品だ。スナック菓子で炭酸飲料の味が楽しめる、らしいのだが私もお金を払って購入する勇気が持てなかった。売れ行きについては、まあ、察してほしい。
 まだ踏ん切りがつけられずにいるらしい真っ白さんに、先輩は止めの一言を口にした。
「今なら入会特典で100ポイント付与されますよ。それで、すぐに商品の引き換えができますけど」
「よし、作ろう」
 特典パワーは凄いと思った。ポイントを使用するためには個人情報の登録が必要であることも伝え、了解を取る。先にカードを通して今回のレジの分のポイントを付けつつ、先に会計を済ませてしまう。そうしてから、個人情報の登録だ。実はこの個人情報の登録、店舗ごとの実績に大きく関わっている。どこの店舗でどれだけの新規ポイントカード会員がカードを作ったか。これは全て本部に情報が送信されていて、ノルマがあったりなかったりするらしい。この辺りのことは下っ端である私にはよく分からない世界なのだけれど、以前、バックヤードに紙が貼ってあった気がする。
 店内には私と粟田口先輩と真っ白さんだけ。ということで、先輩と真っ白さんは個人情報登録のため、レジ横に設置されている機械の前へ移動する。折角なので、レジの近くでごそごそと作業を開始して聞き耳を立てることにした。やることなんて、探せばいくらでも見つかるのだ。意地でも見つけ出して、二人の会話を盗み聞き。かっこいい人は声までかっこいいのだからこれもきっと、仕方のないこと。
「では、この機械で登録を進めていきますね」
「了解した。初めて触るな」
「引換券もこれで出せますよ。まあ、分からなかったらその都度呼んでもらえたら」
「ああ、粟田口くんが居たら頼もしい」
 なるほど。真っ白さんは困ったら真っ先に先輩を呼ぶつもりらしい。まあ、先輩は週の殆どで勤務しているし、その時間帯は真っ白さんが来店する時間帯と合致している。それならば仕方がない、のだろうか。私を頼られたとしても、ただでさえ内心では真っ白さんよりもかっこいい人なんて存在しないとまで思っている私なので、テンパってしまう未来が見える。先輩を頼るので正解だ。因みに、先輩はかっこいいと言うよりは美人さんだ。私の中では。少しばかりベクトルが違い、二人ともがそれぞれの分野における不動の一位である。
 小さな画面を二人で見ながら操作を行っていく。何となく、ありがとうございます、と言いたい。誰に対してと言うわけでも無いが、強いて言うならば空気を読んで来店しない他のお客様に。誰かがレジへ来たとしたら、先輩が真っ白さんと二人三脚で初めての共同作業を行っている以上、私が対応しなければならない。対応自体が嫌なのではないが、その間、二人の状況を盗み見て聞き耳を立てることができないというのが何となく悔しい。
「まずはお名前の入力をお願いします」
 はい、ここからはハイパー無言タイム、店員側としては「これ、傍に居る意味あるのかな」タイムである。画面の指示に従って個人情報の数々を入力していくだけなので、若い世代になればなるほど店員の助けは不要になる。むしろ、名前のみならず住所や電話番号の入力が行われるので画面を覗きこんでいるわけにもいかない。手持無沙汰な時間なのだ。
 面白いことなんてなさそうだなぁ、もっと喋ってほしいなぁ、なんて内心で思っていたら、真っ白さんが「なあ」と先輩に呼びかけた。レジ袋の整理をしながら、こっそりとガッツポーズ。
「何か分からないことでも?」
「シャンプーどこの使ってる?」
「……はい?」
「だから、シャンプー」
 思わず、がっつりと二人の方を向いてしまった。真っ白さんは画面に目を向けて操作を続けていて、その半歩後ろ辺りに控えていた先輩は驚いた表情。そりゃそうだ。突然「シャンプー何?」なんて、誰だって驚く。助けを求めるように先輩がこちらに目を向けてくる気がしたので、慌てて私は知らんぷり。ええ、何も聞いてませんよ。シャンプーのことなんて何も知らない。私はせっせとレジ袋の整理整頓という職務に励んでいます。
 目は逸らしたけれど、耳はしっかりと二人に注意を向けている。助けが見込めないことを悟ったらしい先輩は、すごく戸惑った様子で理由を問うていた。
「その、突然どうしたんですか」
「前々から良い匂いだと思ってたんだが、近付くと余計にな」
「はあ」
「そろそろ、俺が普段使ってるものが切れそうだから次を選ぶ参考にしようかと」
 あら嫌だ真っ白さんったら変態さん、と思ったけれど、特大のブーメランとなって私自身に返ってくる気がしたので真っ白さんと変態さんをイコールで結ぶことは止めておいた。一緒に働いていると擦れ違うことも多くなる。その際、ふわりと香るのは柔軟剤か、或いは香水の類を薄らと付けているものだとばかり。シャンプーだと断じた真っ白さんはやはり変態なのかもしれないけれど、私は変態ではないはずだ。
 そういえば、男の人ってシャンプーとかに拘りはないものだとばかり思っていた。我が家では家族全員が同じものを使っているけれど、選別の際に父が口を出すことはない。あるものを使う、とは以前に口にしていた言葉。強いて言うならば、香りが強すぎるものはちょっと、という程度なのだ。先輩にしても、真っ白さんにしても、イケメンはシャンプーにまで気を遣うらしい。
 会話を続けながらも手は休めていなかったようで、手続きは順調に終わったらしい。引換券はどうやって出すんだ、という真っ白さんの問いかけに、先輩が動く。真っ白さんに近付く。ふわりと風に髪が舞って。
「うん、やっぱり好きな匂いなんだよなぁ」
「商品! 先に取ってきますね!」
 思わず口に出てしまったらしい真っ白さんの言葉に、先輩の顔は可愛そうなくらいに真っ赤になっていた。眼福……いや、本当に可愛そう、可哀想だ。レジ袋の整理整頓は粗方終わってしまったけれど、こんなに面白いイベント、そうそう転がっていないのでもう少しレジ回りの仕事で粘ってみることにする。そうだ。レジ内の千円札をまとめておこう。お客さんが多すぎるとただただ突っ込むだけになってしまうが、十枚ごとにまとめておくと後で数えやすいし、何より、おつりを返す時に取りやすい。時間があるときにせっせとやっておくと、それなりに快適な職場環境になるプチ気遣いだ。これは先輩を見て覚えた。
 本当は手早くできるのだけれど、わざとゆっくり、丁寧にお仕事を進めていく。雑であってはいけない。誰にも見られていなくたって、所作は丁寧に、仕事は丁寧に、だ。真っ白さんはお目当ての引換券を発券し終えたらしく、画面に表示されている他の引換券一覧を眺めている。そして、そんな真っ白さんの元へと戻ってきた先輩の手にはお菓子、と、シャンプー。そう、シャンプー。店内で売っている、赤い椿さん。足音で先輩の帰還を察知したらしい真っ白さんが、振り返って手中のそれを見て驚いている。そりゃそうだ。私も驚いた。
「えーと、それは」
「我が家ではこれです。似合わんのは承知してます」
 どこか投げやりに商品がカウンターへ置かれたことについては、突っ込まない。一時期に熱心に行われていたCMが影響しているだけなのかもしれないけれど、どうしてもそれには女性的なイメージがある。先輩にも真っ白さんにも何となく似合ってしまうからかっこいいって便利。
「似合わないとは言ってないだろう」
「弟が、ちょっと煩くてですね」
 弟。初めてその存在を耳にした。先輩がお兄ちゃん。羨ましい。羨ましいぞ、顔も知らない弟くんよ。学校でもさぞや鼻が高いだろう。こんなかっこいいお兄ちゃんだもんな!
「弟がいるのか。二人兄弟か?」
「いえ、十五人です」
「え」
「十五人兄弟の長男です」
「……お疲れ様」
「ありがとうございます」
 衝撃の、数字だった。十五人兄弟。そこにご両親で十七人家族。恐ろしい数字だ。そういえばつい最近も大家族に密着したテレビ番組があった。世の中には家族が多すぎて大変な家庭もあるのだなぁと思ったけれど、意外と身近に大家族がいた。思わず二人の方に目を向けてしまって、ばっちりと先輩と目が合ってしまった。何となく気まずいのだけれど、先輩にはそんな気まずさなど無いらしい。話したことなかったかな、とか、そんな、大家族だなんてびっくり情報、一度聞いたら絶対に忘れない。
 真っ白さんも「こりゃ驚いたな」と目を丸くしている。ただシャンプーについて尋ねただけで驚きの情報提供である。世の中、何がどう転がるかなんて誰にも分からない。
「ええと、その煩い弟、というのは」
「六男ですな。手を抜いて済ませると、ほら、これ、匂いが強いせいですぐにばれてしまって風呂場に戻されるんです。何度も繰り返すうちに、諦めました」
 困ったように笑っているけれど、先輩は本当に弟さんの、いや、弟さんたちのことが好きなんだろうなぁと思った。そんな笑い方だった。
 空気を読んでいるのか読んでいないのか、そのタイミングで新規のお客様がご来店。煙草を求めてやってくる常連様で、運悪く今いる場所とは反対側にいつもの煙草は置いてある。仕方がないからその場を離れてしまったせいで先輩と真っ白さんの会話は盗み聞きすることができなくなってしまったのだけれど、どうやら、真っ白さんは念願のお菓子と粟田口家御用達のシャンプー、コンディショナーを購入されたようだった。
1/27ページ
    スキ