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二次log

 一体どこでどう手に入れたのか、なんてもう問い詰めたら負けであると思っているのだけれども、同じクラスの灰谷蘭とその弟である灰谷竜胆とは「メル友」というやつである。私の携帯電話は、祖父母が「遅くまでバイトをしていて不安だから」と持たせてくれたものだ。弟にも「夜遅くまで元気なのはいいけど、心配だから」と渡されている。お金の出所が母だろうが祖父母だろうが、多少なりとも社会の荒波を垣間見た身としてはどうにも気が引けてしまう。ただ、携帯電話については諸々の感情を飲み込むことにした。だがしかし学費、テメェはダメだ。
 体育などで教室を離れている間に抜き取ったのかな、とか、クラスメイトの誰かに教えてもらったのかな、とは思っている。前者については、登校したなら授業受けろや、とか、パスワードどうやって解除した、とか、色々と考えてしまうので後者であってほしいところである。いや、それもどうかとは思うが。ここで問題になるのはメールアドレスを教えてしまったクラスメイトではなく、教えてほしいというお願いから実際に教えるまでの経緯である。どう考えても、穏便ではない。
 メールの内容は多岐に渡る。
 ――今日、課題プリント
 ――代わりに受け取っといて
 ――知らん
 ――(好みの服の写真)
 ――明日、いつもの場所
 学校に来る頻度がそれほど高くない兄弟のための伝書鳩となる、そんな、学生らしいもの。
 ――(ペペロンチーノの写真)
 ――(カレーライスの写真)
 ――(ミートスパゲッティの写真)
 ――(お好み焼きの写真)
 ――(坦々麺の写真)
 ――麺ばっかかよ
 ――炭水化物仲間に言われたくねー
 今日の夕飯、という件名で始まったにも関わらず、朝昼夜問わず、何ならデザート含めて送りつけ合うもの。様々となった。気が向いたらぽんとメールを送り、その話題に返信する形でやり取りを続ける。そんなやり方をするものだから、飯テロ画像メールを作成中に同じ相手から「明日暇?」なんてメールが届くのだ。おかげさまで、受信フォルダを見られると少々困る。なにせ、メールのやり取りなんて家族か職場か灰谷兄弟としかやらない。話題ごとに新規メールが作成され、以前のメールへの返信という形でのやりとりもかなり長く続くので、フォルダが奴らの名前に圧迫されすぎているのだ。字面の圧迫感がやばいな、と思ったので「らん」「りん」と登録してはみたが、どう登録したところで、ムカついた。二人で私の携帯電話の容量を圧迫しすぎ。
「だから電話してみたんだけども話題無かった上に掛けた方に金掛かるじゃん? 切るわ」
「鬼電すんぞ、竜胆が」
 オレかよ、と少し遠くからの声が入っている。スピーカーモードにしているのだろう。今日も兄弟仲はよろしいようで。文句を言いつつも楽しそうな様子に、少しそわそわとする。我が家の可愛い弟くんとの仲は、それこそ同世代、同じく姉弟のメンバーと比較すればかなり良い方だと思うのだけれど、やっぱり、同性には負けてしまう。負けっぱなしでは悔しいので、今度、好きなおかずをお弁当に多めに入れてやることにする。餌付け? それの何が悪い。
 最早、灰谷兄弟専用の端末となりつつある機械を片手に、ぱさりとファッション誌を捲る。近所の美容院で、古くなった号をたまに譲ってもらうのだ。時代の最先端を紙面で知ることができずとも、生活には困らない。それでも、これが好き、これが好き、と見て楽しむのは自由なのだ。
「あ」
「どした?」
「今のはめちゃくちゃ好みの服見つけたけどめっちゃ高かった絶望の声っぽい」
「キモ」
「当たりだって、良かったな兄ちゃん」
「この素晴らしき理解者に『キモ』とかダメだろー? 買ってやんねぇぞ?」
「……ちょっと待って。言葉を取り消すメリットと、何で買ってもらえるのか分からなさすぎて怖い理性とが大乱闘だわ」
 今ならフルコーデセットしてやるけど、と楽しそうな声が届いたことが追い討ちとなった。理性、敗北の瞬間。
「蘭様大好き」
「蘭様のお財布が、だろ」
「そうとも言う」
「そうとしか言わねえわ」
 いや、でもそれにしたって何でお財布提供されるのかが分からないのが怖い。
「あー、実はそこに竜胆様のお財布も加わるんだけどさ」
「あぁ待って怖すぎる」
「東卍の奴らとちょっと遊んだお礼、みたいな?」
「お詫びの間違いだろ日本語正しく使えや高校生共」
 弟の所属するチームと「遊んだ」ので、その「お礼」だとか。灰谷兄弟も我が家の弟もやんちゃ坊主であることは分かりきったことであったので、まあいつかはどこかでぶつかることもあるんだろうなぁ、とは思っていた。一応は拠点とするエリアから大きく外れて活動をしないので、そうそうぶつかることもないとは思っていたのだけれど認識が甘かったのかもしれない。もっとも、今回は獲物を取り逃がして六本木にまで逃げ込まれ、そこで乱闘騒ぎを起こした弟たちの自業自得なのだろう。そもそも、その獲物もまた外来種であったようなので。
 とはいえ、流石に病院のお世話になるような怪我をしていれば嫌でも耳に入ってくるはずだ。治療費やらなんやらの連絡は、弟が未成年である以上、必ず家族の誰かに掛かってくる。仮に身元を証明するものがなく、仮に意識を失っていたって、お仲間たちと一緒であるので誰か一人くらいは弟が「羽宮一虎」であることを知っている。直接は家族につながる番号を知らなくたって、どの学校に通っているのか、くらいは知っている子もいるだろう。そこから辿れば、ほら、連絡ができる。それがないということは、自力で何とかできる程度の怪我に留まったということだ。それが良かったのかどうかはさておいて。
 ただ、それならばどうして「お礼」に繋がるのかと不安が再び顔を出す。弟に大怪我をさせてしまったから、だったらまだ分かるのだが、どうにも違うようなので。言っていないことがあるな、と問い詰めると素直に白状した。曰く。
「弟くんに気安く話振ったせいで六本木の女みたいになった姉ちゃんのご機嫌取り、みたいな?」
「ごめんな姉ちゃん」
 活動拠点が違うせいで、写真でしか見たことのなかった弟くん。あれ、そうじゃないか、と気がついた瞬間にはテンションがぶち上がり、一方的に知っている気分になって声をかけてしまったのだとか。
 昨日のカフェどうだった? 次の登校日訊いといてくんね? 好きそうな店見つけたんだけどさ。
 カフェは、割引クーポンの出処が竜胆だった。蘭は自分でスケジュール管理をするのが面倒だったので私に全てを押し付けやがった。兄弟揃って、スケジュール管理のお礼にと気紛れに店を教えてくれていたり、割引券を分けてくれたり。
 ただただそれだけの関係だったのだけれども、まあ何も知らなかったら変な誤解を招きそうな話題を選んだ兄弟の失態であった。場所と内容が悪かった。それに尽きる。一応の火消しは試みたのだけれども、まあ、広まった層がそういう話題にときめく年齢のお子ちゃまたちであったので、尾鰭に背鰭をたくさんつけて噂話は瞬く間に泳ぎ回ることとなったらしい。燃えたのか、泳いだのか、果たしてどっちに統一するべきかと考える、そんな現実逃避は許してほしい。
「人の噂って何日? 四十九日?」
「殺すな。七十五日」
「誤差だろ誤差。まあ、迷惑かけるかもだし、オレらが悪いし、ご機嫌取りしとこっかなってさ」
「……それで二人に買ってもらったりコーディネートしてもらったりした服を着るとか、火に油でしかないやつ」
「いっそ燃やし尽くすのも手だろ」
「二人だけで爆散しろ」
 広まってしまったのは仕方がないので、これはもう楽しむべきでは、との結論に至ったらしい兄弟の思考回路をどうすれば弄ってやれるのか。結局のところ、単独で勝手に悠々と泳ぎ始めている噂話をそのままに、勝手に死に絶えるのを待つ方が良いのか、せっかく多少の罪悪感は持ち合わせているらしい二人からの申し出に乗って庇護下に入り、余計な火花は払ってもらう方が良いのか、の二択なのだ。どちらのメリットの方が大きいのか、を考えたならば結果は自ずと出てくるというもので。
「六本木に近付かないから財布送って」
 バイク便でなー、という言葉に嫌な予感はしたものの、合わせて届いた動くし喋る附属品から「返品不可でーす」と軽く言われたことには腹が立ったので、附属品共にそれぞれ攻撃を仕掛けてやった。――いつの間にやらただの兄弟のじゃれあいが始まってしまって私が蚊帳の外に放り出されてしまったので、何やら悔しい心地になったのはここだけの話である。


◇灰谷蘭(高一の姿)
電話帳の登録名は「弟」と「姉」
たまに気分で「竜胆」と「羽宮」

◇灰谷竜胆(高一の姿)
電話帳の登録名は「兄貴」と「姉貴」
たまに気分で「兄ちゃん」と「姉ちゃん」

◇羽宮一蝶(高一の姿)
電話帳の登録名は「らん」と「りん」
たまに気分で「R」と「L」……にしていたら違うだろと怒られたので「蘭」と「竜胆」
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