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五悠ワンドロ

 回らないお寿司が食べたい、だとか、焼肉食べ放題がしたい、だとか、そんなことは遠慮なくどんどん口にするくせに。
「ほら悠仁、早く言いなよ。まだ間に合うから」
 言わせたい五条と言いたくない虎杖との攻防は、平行線のまま日付を跨ごうとしている。「まだ間に合う」の言葉は事実だけれど、少しずつタイムリミットが近付いてきていることもまた、事実であった。
 こじんまりとまとまった部屋の主人は虎杖で、彼がそこでどのように過ごし、振る舞おうが自由であろう。ただし、それは一人きりの場合に限る。恩師たる、そして恋人たる五条が同じ空間にいると言うのに、ベッドの上で毛布を体に巻きつけて、くるりとまぁるくなっている。頭まですっぽりと覆われているものだから、五条がその顔を見たのはかれこれ十五分ほど前のことになるだろうか。その時はまだ普通であったはずなのに、ごそごそと蠢いたと思ったら悠仁饅頭ができあがっていた。面白がって様子を見ていたのは、悪手だったのかもしれない。ただ、下手に手を出す方がまずかったのかもしれない。時間を巻き戻すことができない以上、どちらも憶測でしかないのだけれど、今回は後者であって欲しい、と願っている。
 悠仁が丸くなったきっかけは分かっている。テーマパークだ。
 上京してきたものの、いわゆるネズミーランドへと遊びに行くことが許されるような環境ではなかった虎杖に、次の休みにデートで行こうか、という話をし始めた頃はまだ普通だった。ただ、そこから虎杖がごそごそと毛布を身にまとい始めるまでにそれほど時間はかかっておらず、部屋が寒いのか、なんて呑気に考えていた過去の己を殴り飛ばしてやりたいところである。
 入場制限もあり、チケット争奪戦、なんて呼ばれるイベントをくぐり抜けることのできたラッキーな人たちだけが入ることの許される夢の国。五条の名を使えば、ツテやら金の力やらでどうとでもできることではあるのだけれど、それでは悠仁があまり良い顔をしないので控えるようになったのは、割と早い段階だった。あくまでも「控える」であるし、本人に気付かれさえしなければノーカンだと思っていることは、きっとまだバレていないはずである。とはいえ、今回は「争奪戦に負けたらこっちな」と虎杖が提示した代替案がある。従って、何の小細工もなく正々堂々と争奪戦に挑むつもり、だったのだ。
 行ったことがない、という言葉を拾い上げてここまで道を作ってきたのは確かに五条だ。しかし、そこを歩いてきたのは虎杖の意思だった、と自信を持って言えるのか。あのエリアに行きたい、これに乗りたい、という話をし出した頃は明るかった声も、反応が徐々に浮ついてきて、そして今の無言へと。急転直下すぎて、戸惑いの方が大きかった。
 どうかしたのか、と声をかけても明確な答えは返ってこず、かと言って行きたくないのかと問えば、そうではないとはっきり返ってくる。チケットは少し待ってくれと言われたのが饅頭化してすぐのことで、おとなしく待ちの姿勢でいた五条が焦れてきたのはタイムリミットのせいだった。二人の休みが重なる日程のチケット販売開始まで残り数分。人気のテーマパークであるため、開始と同時にページを開こうとしたところで入れるかどうかがまずは最初のふるいだろう。ここで出遅れてしまうと、希望の日程を買うことのできる確率はぐっと下がることになる。故に、五条は虎杖に決断を迫っていた。勝手に買ってしまうことも考えないわけではなかったが、それは、何だか違うような気がして。
「ゆーうーじー、どうする? 次にする?」
「…………いく」
「ふふ、おっけ。最強の力、見せてあげるから」
 日付の変わる一分前。早速ページの更新ボタンを連打して待機しつつ、五条は蠢く虎杖に目を向ける。もぞり、と出てきた顔はほんのりと赤い。遅れて出てきた手にはスマホが握られていて、指の動きからして虎杖も更新ボタン連打待機を始めたようだ。
 じぃ、と画面に視線を落としたまま虎杖はぼそぼそと話しだす。
「ごめん。なんか、急に恥ずかしくなっちゃって」
「恥ずかしく? デートなんて、これまでにもしてきたでしょ」
「そう、だけどさぁ。ほら、こう、分かりやすくデートスポットじゃん?」
 これまでがそうじゃないってわけじゃないけど、と続ける虎杖に、まあ言いたいニュアンスは伝わってきたので先を促す。
「んー、だから、デートってのが今更ながらにじわじわ来た。あと、」
 あと、と呟いたところで画面上部にゼロが四つ並ぶ。途端に更新されたページは白くなり、更新バーは中途半端な位置で動きを止めた。
「あー、もう……んで、あと、俺ら二人で行くの、大丈夫かなって、ちょっと、急に、不安になった、です」
「なったですか」
「なったですよ」
 言葉の気恥ずかしさか、思うように繋がらないサイトへのもどかしさか、或いはいまだに残る不安からか、うー、と唸る虎杖の頭に軽く手を乗せる。
「大丈夫だって。みんな自分たちのことだけで精一杯だし」
 なにより、夢の国なんだから。
 言い放った直後、サイトに繋がる。幸先が良い。視界の端に捉える虎杖はダメだったようだが、五条の様子から察したのか期待に満ちた視線が向けられている。
「な、一緒にカチューシャ付けよ。耳のやつ」
「えー? どうしよっかなぁ」
「俺に需要があるから、お願い!」
 形ばかりの言葉に、大袈裟なほどのおねだり。腹を括ったというか、整理がついたらしい虎杖の目前に、ずいと決済完了画面を突き出してやる。
「何をつけるか、悠仁の分も選んであげるね」
 交渉成立と喜ぶ虎杖に、等価交換だとかチケット争奪戦勝者の御褒美だとか、そんな名目でおそろコーデをねだってみるのも悪くないか、と五条は思考を巡らせていた。
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